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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
March
11/23

ティーパーティーのお誘い




 


 次の日、窓際には気持ちのいい日差しが入り込んでいた。

 窓から見える空は、青がくっきりと映えて爽やかだ。



 ……気持ちいい空……



 のはずなのに、私の気持ちは反比例するように深く沈んでいた。


 カラッとした空を見れば、気持ちが少しは晴れるかと思ったけど、逆だった。

 ため息をつきたくなってしまう。


 理由はもちろん、【昨日の優ちゃん】だ。




 夜、何で一人で起きていたのだろう。

 寝付けなかっただけ?

 でも、それならどうして――あんな風に寂しげな表情をしていたのだろう。 


 聞いても大丈夫なことなのか。

 言っても大丈夫なことなのか。

 聞かれたくないから一人でいたんじゃないか。

 

 そう思う度、心が深く沈んで言葉が詰まる。

 

 私はまた一つため息をつきながら、鞄を肩にかけて外にでた。




 


「ずいぶんと、朝からぼんやりしてない?」

 横を歩いていた優ちゃんがこちらを向く。アシンメトリーのピアスが揺れて、猫目のようなアーモンド型の目が私を映す。

「え? あ、そう、かな」

 ぼんやりしてることに身に覚えがありすぎて、不自然に表情が固くなる。寮から学園へ向かうわずかな時間、私と優ちゃんは一緒に歩いていた。

「そうそう。深月はポーカーフェイス出来なすぎ。なぁに、変な夢でも見た訳?」

「…………うん……」

 変な夢だったのかな……。

 日差しが温かいのに、風が少し冷たい。

 一度合った視線を、私から逸らしてしまう。


 言葉が宙を彷徨(さまよ)う。

 気持ちだけ、前のめりだ。

 

 本当、たった一言を聞くのがこんなに怖いなんて、自分で自分が嫌になる。


 

 怖い。

 

 昔、ママは言った。

『知り合いの家へ行くの』

 知り合いって何だろう。知り合いって、今ここに私を置いて行ってしまうほど大事なものなんだろうか。

『どこへ行くの?』

 そう、私は聞きたくて聞いた。

 ――でも思った。




【聞かなければ良かった】




 ざわりと、自分の中で濁った何かが膨れ上がった気がして、思わず優ちゃんの腕の裾をつかむ。

「……何か話したいなら言ってごらん?」

 私の些細な引きとめに、優ちゃんは立ち止まってくれた。

 だから呼吸を落ち着けて、きちんと顔をあげる。

 声にする。

 

「えーと……優ちゃんは、元気?」

「……それは、まぁ、見ての通り、問題は無いけど?」



 ――――違う。そういうことを聞きたいんじゃない。違う。そもそも私の聞き方が違うんだ。

 元気が無さそうな人に元気? て、聞いたって大体『元気』って返される。

 わかっているはずなのに、聞いてしまった。

 そうじゃない、そうじゃなくて……

「違うのっ。あの、夜……一人で起きてたでしょう? 珍しいから、だから元気なのかなって気になって」

「あぁ……。深月は普段ぐっすり寝てて少しも起きないクセに、変なときに起きるよね」

 優ちゃんの滑らかな指先が頭をなでて、軽く耳元をなぞった。

「起こして悪かったね。ちょっと寝付けなかっただけだよ。気にすることじゃない」

 クスリと笑うその微笑みに何でだろう。気持ちがざわつく。

 大丈夫、と言われているのに、落ち着かない。

 また、その腕に手を伸ばしたくなる。

「ほら、行くよ?」

 腕をとられて歩き出す。

 人混みに紛れていく。


 ……寝付けなかっただけって、本当?

 その笑顔に影がかかっているように見えたのは、私の目の錯覚?

 

 繋がれた手。

 なのに、不安が(ぬぐ)えない。

 空の青さに、尚も心がざわつく。

 その気持ちをひきずったまま、私は優ちゃんにならって歩き出した。










 私は、それからぼんやりと一日を過ごしてた思う。


 気がかりがあると、ひきずってしまう。ひきずったって、どうにもならないのに。


 チャイムが鳴って、授業が終わった。日直の指示に従って、習慣化された挨拶が終わると、また席に座り込む。

 お昼だ。

 けど、温室に行くのが少し気が重い。

 優ちゃんとどんな顔をして会えばいいのか、よくわからない。

 気持ちが顔に出るってわかってるなら、出さないように振る舞えばいいんだろうけど、それができない。

 例えば嬉しいことがあったのを秘密にしようとしても、口元が自然と緩んでいるみたいで『何ニヤニヤしてるの』と言われてしまう。


 チャイムの音をなんとなく聞き流して、ぼんやり席に座りっぱなしでいる。周りが席を立って教室を出て行く。

 ずっとここにいる訳にもいかないよね……。

 今日何度目かのため息をついて、席を立とうとする。その時、唐突に視界が真っ暗になった。

「!」

 正確には、誰かの手で目隠しされてる……!

「な、何!?」

 慌てて振り返ると、思ったより簡単に手の(こう)(そく)は解けた。

 そこにいたのは――



「また、優様のことでも考えてたの?」



 綾乃ちゃんだった。

 

 大和撫子、という言葉がぴったりあいそうな、穏やかな笑顔と目が合う。

「綾乃ちゃん……」

 思わずほっと胸をなで下ろすと、綾乃ちゃんに「大丈夫?」と声をかけられた。

「もうお昼よ? 温室に行くんでしょう?」

「うん、そうだね」

 そう、もうお昼だ。お腹は……すいてる。お腹が鳴りそうなのを、何度か気合いでこらえた位。

 とりあえず、温室に行かなきゃと席を立って、ふと気づく

「あれ、綾乃ちゃん。今日は和風弁当いいの?」

 そうだ、いつもならお昼はダッシュしていないことが多いはず。でも今日は、周りが動き出しても綾乃ちゃんが動く気配がない。

「今日は、15品目のお弁当はないって事前に聞いてたから。それならもう何でも良いから、遅くても平気よ」

 綾乃ちゃんは少し不満げに肩を竦めた。

「それで? 何で今日はまた、温室行くのそんな乗り気じゃないの?」

「え? えぇと、別にそんなこと、ないよ」

「嘘つき。顔に書いてあるわよ。温室行きたくないって」

「……あはは」

 もう乾いた笑いしかでてこない。上手く誤魔化すこともできなくて、とりあえず苦笑いになってしまう

 すると、綾乃ちゃんが心配そうに顔を覗きこんできた。

「いつも仲よさげにみえるけど……何がそんなに不安なの?」

 じっ、と綾乃ちゃんに見られて……言うか言わないか迷う。言ってどうにかなることじゃない。でも、大丈夫? と優しく声をかけられれば素直に甘えたくもなる。

「……ちょっと、優ちゃん元気なさそうだから心配だなって……。聞いても『大丈夫』で終わっちゃうから」

「大丈夫って言われても、心配なの?」

「うん……。そう言ってる割に元気なさそうだし。でも、大丈夫って言われてるからそれ以上何も聞けないし、聞かれたくないのかな? とか気になっちゃって…………」

 綾乃ちゃんが、相づちをうってくれている。

 ただ少し話すだけで、気持ちが落ちついてくる。ほっと一息つけば、クラス内は私と綾乃ちゃんしかいないのに気づく。

 あまり遅くなると、綾乃ちゃんの食べる時間もなくなってしまう。 

「あ、時間とってごめんね、綾乃ちゃんのおかげでちょっと気持ち楽になったかも。ありがとう。……私も温室行ってくる」

 切り替え、切り替え。

 ポーカーフェイスになんてきっとなれないけど、でもせっかくのお昼時間だし楽しく過ごしたい、と思う。

 私は綾乃ちゃんに手を振って、教室を出ようとする。

「みーちゃん」

 それを、綾乃ちゃんに引き留められた。

「優様って、今週末出かけるって言ってなかった?」

「え?」

 そして予想斜め上の話をされた。

 一瞬、何を言ってるのか判らなかったけれど、一つ思い当たることがあった。

「え、あー……そういえば、今週は実家に帰るっていってたかもしれない……けど、何で……」


「週末、一緒にティーパーティーに行かない?」


 唐突すぎる話に、私は目を瞬かせた。

 綾乃ちゃんとは、休日に遊びに出かけたことはある。

 だから、それはいいのだけど……ティーパーティー?


 それに何で優ちゃんが今週実家に帰る、なんて聞いてきたんだろう?

 

 よくわからなくて、反射的に首を傾げる。

「私は予定ないし、大丈夫だけど……何で?」



「みーちゃんの気分転換に」



綾乃ちゃんはやさしく微笑むと、内緒話でもするように耳元まで顔を寄せてきた。






「優様のご実家に行きましょうか?」

「…………えぇ?」

 


 ――そのとき、何でだろう。

 にっこりと笑みは浮かべる綾乃ちゃんが、似ても似つかないはずの優ちゃんの笑顔と重なって見えた。







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