ティーパーティーのお誘い
次の日、窓際には気持ちのいい日差しが入り込んでいた。
窓から見える空は、青がくっきりと映えて爽やかだ。
……気持ちいい空……
のはずなのに、私の気持ちは反比例するように深く沈んでいた。
カラッとした空を見れば、気持ちが少しは晴れるかと思ったけど、逆だった。
ため息をつきたくなってしまう。
理由はもちろん、【昨日の優ちゃん】だ。
夜、何で一人で起きていたのだろう。
寝付けなかっただけ?
でも、それならどうして――あんな風に寂しげな表情をしていたのだろう。
聞いても大丈夫なことなのか。
言っても大丈夫なことなのか。
聞かれたくないから一人でいたんじゃないか。
そう思う度、心が深く沈んで言葉が詰まる。
私はまた一つため息をつきながら、鞄を肩にかけて外にでた。
「ずいぶんと、朝からぼんやりしてない?」
横を歩いていた優ちゃんがこちらを向く。アシンメトリーのピアスが揺れて、猫目のようなアーモンド型の目が私を映す。
「え? あ、そう、かな」
ぼんやりしてることに身に覚えがありすぎて、不自然に表情が固くなる。寮から学園へ向かうわずかな時間、私と優ちゃんは一緒に歩いていた。
「そうそう。深月はポーカーフェイス出来なすぎ。なぁに、変な夢でも見た訳?」
「…………うん……」
変な夢だったのかな……。
日差しが温かいのに、風が少し冷たい。
一度合った視線を、私から逸らしてしまう。
言葉が宙を彷徨う。
気持ちだけ、前のめりだ。
本当、たった一言を聞くのがこんなに怖いなんて、自分で自分が嫌になる。
怖い。
昔、ママは言った。
『知り合いの家へ行くの』
知り合いって何だろう。知り合いって、今ここに私を置いて行ってしまうほど大事なものなんだろうか。
『どこへ行くの?』
そう、私は聞きたくて聞いた。
――でも思った。
【聞かなければ良かった】
ざわりと、自分の中で濁った何かが膨れ上がった気がして、思わず優ちゃんの腕の裾をつかむ。
「……何か話したいなら言ってごらん?」
私の些細な引きとめに、優ちゃんは立ち止まってくれた。
だから呼吸を落ち着けて、きちんと顔をあげる。
声にする。
「えーと……優ちゃんは、元気?」
「……それは、まぁ、見ての通り、問題は無いけど?」
――――違う。そういうことを聞きたいんじゃない。違う。そもそも私の聞き方が違うんだ。
元気が無さそうな人に元気? て、聞いたって大体『元気』って返される。
わかっているはずなのに、聞いてしまった。
そうじゃない、そうじゃなくて……
「違うのっ。あの、夜……一人で起きてたでしょう? 珍しいから、だから元気なのかなって気になって」
「あぁ……。深月は普段ぐっすり寝てて少しも起きないクセに、変なときに起きるよね」
優ちゃんの滑らかな指先が頭をなでて、軽く耳元をなぞった。
「起こして悪かったね。ちょっと寝付けなかっただけだよ。気にすることじゃない」
クスリと笑うその微笑みに何でだろう。気持ちがざわつく。
大丈夫、と言われているのに、落ち着かない。
また、その腕に手を伸ばしたくなる。
「ほら、行くよ?」
腕をとられて歩き出す。
人混みに紛れていく。
……寝付けなかっただけって、本当?
その笑顔に影がかかっているように見えたのは、私の目の錯覚?
繋がれた手。
なのに、不安が拭えない。
空の青さに、尚も心がざわつく。
その気持ちをひきずったまま、私は優ちゃんにならって歩き出した。
私は、それからぼんやりと一日を過ごしてた思う。
気がかりがあると、ひきずってしまう。ひきずったって、どうにもならないのに。
チャイムが鳴って、授業が終わった。日直の指示に従って、習慣化された挨拶が終わると、また席に座り込む。
お昼だ。
けど、温室に行くのが少し気が重い。
優ちゃんとどんな顔をして会えばいいのか、よくわからない。
気持ちが顔に出るってわかってるなら、出さないように振る舞えばいいんだろうけど、それができない。
例えば嬉しいことがあったのを秘密にしようとしても、口元が自然と緩んでいるみたいで『何ニヤニヤしてるの』と言われてしまう。
チャイムの音をなんとなく聞き流して、ぼんやり席に座りっぱなしでいる。周りが席を立って教室を出て行く。
ずっとここにいる訳にもいかないよね……。
今日何度目かのため息をついて、席を立とうとする。その時、唐突に視界が真っ暗になった。
「!」
正確には、誰かの手で目隠しされてる……!
「な、何!?」
慌てて振り返ると、思ったより簡単に手の拘束は解けた。
そこにいたのは――
「また、優様のことでも考えてたの?」
綾乃ちゃんだった。
大和撫子、という言葉がぴったりあいそうな、穏やかな笑顔と目が合う。
「綾乃ちゃん……」
思わずほっと胸をなで下ろすと、綾乃ちゃんに「大丈夫?」と声をかけられた。
「もうお昼よ? 温室に行くんでしょう?」
「うん、そうだね」
そう、もうお昼だ。お腹は……すいてる。お腹が鳴りそうなのを、何度か気合いでこらえた位。
とりあえず、温室に行かなきゃと席を立って、ふと気づく
「あれ、綾乃ちゃん。今日は和風弁当いいの?」
そうだ、いつもならお昼はダッシュしていないことが多いはず。でも今日は、周りが動き出しても綾乃ちゃんが動く気配がない。
「今日は、15品目のお弁当はないって事前に聞いてたから。それならもう何でも良いから、遅くても平気よ」
綾乃ちゃんは少し不満げに肩を竦めた。
「それで? 何で今日はまた、温室行くのそんな乗り気じゃないの?」
「え? えぇと、別にそんなこと、ないよ」
「嘘つき。顔に書いてあるわよ。温室行きたくないって」
「……あはは」
もう乾いた笑いしかでてこない。上手く誤魔化すこともできなくて、とりあえず苦笑いになってしまう
すると、綾乃ちゃんが心配そうに顔を覗きこんできた。
「いつも仲よさげにみえるけど……何がそんなに不安なの?」
じっ、と綾乃ちゃんに見られて……言うか言わないか迷う。言ってどうにかなることじゃない。でも、大丈夫? と優しく声をかけられれば素直に甘えたくもなる。
「……ちょっと、優ちゃん元気なさそうだから心配だなって……。聞いても『大丈夫』で終わっちゃうから」
「大丈夫って言われても、心配なの?」
「うん……。そう言ってる割に元気なさそうだし。でも、大丈夫って言われてるからそれ以上何も聞けないし、聞かれたくないのかな? とか気になっちゃって…………」
綾乃ちゃんが、相づちをうってくれている。
ただ少し話すだけで、気持ちが落ちついてくる。ほっと一息つけば、クラス内は私と綾乃ちゃんしかいないのに気づく。
あまり遅くなると、綾乃ちゃんの食べる時間もなくなってしまう。
「あ、時間とってごめんね、綾乃ちゃんのおかげでちょっと気持ち楽になったかも。ありがとう。……私も温室行ってくる」
切り替え、切り替え。
ポーカーフェイスになんてきっとなれないけど、でもせっかくのお昼時間だし楽しく過ごしたい、と思う。
私は綾乃ちゃんに手を振って、教室を出ようとする。
「みーちゃん」
それを、綾乃ちゃんに引き留められた。
「優様って、今週末出かけるって言ってなかった?」
「え?」
そして予想斜め上の話をされた。
一瞬、何を言ってるのか判らなかったけれど、一つ思い当たることがあった。
「え、あー……そういえば、今週は実家に帰るっていってたかもしれない……けど、何で……」
「週末、一緒にティーパーティーに行かない?」
唐突すぎる話に、私は目を瞬かせた。
綾乃ちゃんとは、休日に遊びに出かけたことはある。
だから、それはいいのだけど……ティーパーティー?
それに何で優ちゃんが今週実家に帰る、なんて聞いてきたんだろう?
よくわからなくて、反射的に首を傾げる。
「私は予定ないし、大丈夫だけど……何で?」
「みーちゃんの気分転換に」
綾乃ちゃんはやさしく微笑むと、内緒話でもするように耳元まで顔を寄せてきた。
「優様のご実家に行きましょうか?」
「…………えぇ?」
――そのとき、何でだろう。
にっこりと笑みは浮かべる綾乃ちゃんが、似ても似つかないはずの優ちゃんの笑顔と重なって見えた。