みたらし団子ホワイトデー
今、私は大好きなみたらし団子を前にして、思いっきりためらっている。
お腹がいっぱいだから、とかダイエット中だから、とかそういうことじゃない。好きな物を目の前に置かれたら、普通に食べたい。
……けど、みたらし団子を『はい、あーん』とされたら……どうだろう……。
『ヴァレンタインデーのお返し』と言ってたのに、何で、みたらし団子は優ちゃんの手にあって私にないのだろう。
「あの、優ちゃん、これヴァレンタインデーのお礼だよね? ホワイトデーだよね? 何で、素直に渡してもらえないんですかね?」
「いいじゃない。優にも少し分けてよ」
分けてって……『ヴァレンタインデーで毎回みたらし団子は嫌だ』って、言ったのは優ちゃんだったよね?
思いながら、私は寮部屋の椅子に座って、優ちゃんと向かい合っている。今は、二人とも制服姿だ。
放課後、帰宅して一息ついた頃に『そういえば、ヴァレンタインデーのお礼まだだったね』と、優ちゃんがみたらし団子を出してきたのだ。
それはいい。そこまではいい。むしろ、そこはどうでもいい。
問題は、今目の前にあるこの状況だと思う。
優ちゃんは当然のように団子の串を私の口に傾けたまま、きれいな笑顔を浮かべている。
「――と、あぁ、ほら、早くしないから垂れてきた」
傾けたままのみたらしの密が、優ちゃんの指を伝っていく。
優ちゃんは、軽く息を吐いてみたらし団子をトレーに置くと、自分の指先の密を舐めた。
「…………普通に食べるほうがキレイにおいしく食べれると思います」
「んー確かに。もう汚れたから、いいや」
優ちゃんはそう呟くと、串に刺さっていた団子を取った。
……手で取った!
私がぎょっとしている間に、優ちゃんはそのみたらし団子を、私の口元に寄せてきた。
「食べる?」
甘い匂い。
本当に、何でだろう。
指先のどろりとした艶と、首を傾げる姿が、子猫がじゃれついて甘えているように思えて気持ちがぐらつく。
「ほら、また零れるから。早く」
その密めく声にすら、心地よさを感じるなんてどうかしている。
急かすように指先を口元まで寄せられる。
どろっとした密が、また指を伝っていく。
「~~~~~~っ」
私は、結局、優ちゃんの指を意識しないようにして、口に含んだ。
仄かに焦がした蜜が、甘い。
甘い、けど……それより何より、舌で感じ取った優ちゃんの指先の感触が、頭から離れない。
甘さを味わうどころじゃない。
「ねぇ、残りも舐めて?」
もうこれだけで容量オーバーしているのに、優ちゃんは指に残る艶やかな密を差し出してくる。
「な、舐めない……!」
もういい、もうこれ以上はいらない。ぶんぶんと首を振ると、
「ふぅん。深月は、いつも意地を張ってくるよね」
と、肩を竦めると、自分の指に残った蜜を舌で掬っていく。
「意地とかそういう問題じゃ無いと思う……!」
「そう? でも、深月のそういう所も嫌いじゃ無いよ?」
くすくす笑う優ちゃんは、とても楽しそうだ。
私は……こんな心臓が持たなくなるようなお返しは、もう遠慮したい。
つま先から全部、優ちゃんに浸食されていくような感覚は、私の身がもたない。
振り回された熱が消えなくて、『あとは、ご自由に』と渡されたみたらし団子を口に詰めこむ。
夕飯前だから控えようと思ったのに、もうそれもどうでもよくなる。
優ちゃんのせいだ。
私はむすっとしてるのに、優ちゃんは機嫌が良さそうだ。
――でも、
それでもきっと嫌にならないし、嫌いにはなれない。
それどころか……ハマり込んでいるような気さえ、した。
その日の夜だった。
ふいに、私は目を覚ました。
真夜中だったと思う。
なのに、辺りはうっすら明るく見えた。
肩がすぅっと冷えた気がして、寝返りをうちながら掛け布団をかぶる。
真っ白い天井が見える。
それを見つめながら、うつらうつらと微睡んだところで、視界の中、微かに光が揺れた気がした。
うっすらと影が差し、溶けるように青白い光に戻る。流れるように、波の満ち引きのように、それが何度も繰り返される。
「……?」
それが気になって、目を見開く。その光景は、絶えず繰り返される。
不思議に思って身体を起こせば、部屋に静かな仄明るい光が差しこんでいた。
見下ろした先――
優ちゃんがいた。
淡い月明かりを受けて、窓脇にたたずんでいる。
満月なんだろうか、静かな青白い光はくっきりと優ちゃんを映し出していた。
伏せた睫が、何かを憂いているように窓の外を見つめ続けている。
窓を少し開けているのかも知れない。
舞い込んだ風が、優ちゃんのふわりとした髪をなびかせる。
側のカーテンも風を抱き込んで、さらさら揺れる。
あぁ、そうか。
さっき、天井に見えたのはカーテンの影だ。風に揺れてるから変な動きをしてたのか……。影の正体を知って、ホッとする。同時に、今度は優ちゃんが気になり始める。
……どうして、そんなところに一人でいるのだろう。
優ちゃんは、少しも動かずに外を見つめ続けている。
痛いくらいシンとした静寂の中、じっと立ち尽くす。
それはとてもキレイで、とても――もの寂しく思えた。
何を思って、一人でそこにいるんだろう?
聞きたい。
でも、どう聞き出したらいいのか……わからない。
隙間から入り込んだ風は、寝起きの私の頬にも届く。春先の少し冷たい風に、軽く背筋を震わせる。
私が声をかければ、たぶん優ちゃんはいつものように笑う。
この景色が、幻だと言うように。
私が寝ぼけていたんだと、きっと言う。
違う。
私はそんなことが聞きたいんじゃない。
どう言ったら、優ちゃんの心の奥深くに届くのだろう。
どの言葉もどんな声も、今の私では優ちゃんに届かない気がして――
私は結局その日、優ちゃんに声をかけることはなかった。
3月は、
「みたらし団子ホワイトデー」
「ティーパーティーのお誘い」
「不可思議なお茶会」
「仮面を捨てた、似たもの女王様」
「鳥かごの中の二人」
の順で掲載していきます。よろしくお願いします。