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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
March
10/23

みたらし団子ホワイトデー






 今、私は大好きなみたらし団子を前にして、思いっきりためらっている。






 お腹がいっぱいだから、とかダイエット中だから、とかそういうことじゃない。好きな物を目の前に置かれたら、普通に食べたい。



 ……けど、みたらし団子を『はい、あーん』とされたら……どうだろう……。



『ヴァレンタインデーのお返し』と言ってたのに、何で、みたらし団子は優ちゃんの手にあって私にないのだろう。


「あの、優ちゃん、これヴァレンタインデーのお礼だよね? ホワイトデーだよね? 何で、素直に渡してもらえないんですかね?」

「いいじゃない。優にも少し分けてよ」

 分けてって……『ヴァレンタインデーで毎回みたらし団子は嫌だ』って、言ったのは優ちゃんだったよね?

 

 思いながら、私は寮部屋の椅子に座って、優ちゃんと向かい合っている。今は、二人とも制服姿だ。

放課後、帰宅して一息ついた頃に『そういえば、ヴァレンタインデーのお礼まだだったね』と、優ちゃんがみたらし団子を出してきたのだ。


 それはいい。そこまではいい。むしろ、そこはどうでもいい。

 問題は、今目の前にあるこの状況だと思う。

 

 優ちゃんは当然のように団子の串を私の口に傾けたまま、きれいな笑顔を浮かべている。

「――と、あぁ、ほら、早くしないから垂れてきた」

 傾けたままのみたらしの(みつ)が、優ちゃんの指を伝っていく。

 優ちゃんは、軽く息を吐いてみたらし団子をトレーに置くと、自分の指先の密を舐めた。

「…………普通に食べるほうがキレイにおいしく食べれると思います」

「んー確かに。もう汚れたから、いいや」

 優ちゃんはそう呟くと、串に刺さっていた団子を取った。



 ……手で取った!



 私がぎょっとしている間に、優ちゃんはそのみたらし団子を、私の口元に寄せてきた。

「食べる?」

 甘い匂い。

 本当に、何でだろう。

 指先のどろりとした艶と、首を傾げる姿が、子猫がじゃれついて甘えているように思えて気持ちがぐらつく。

「ほら、また(こぼ)れるから。早く」

 その(ひそ)めく声にすら、心地よさを感じるなんてどうかしている。

 急かすように指先を口元まで寄せられる。

 どろっとした密が、また指を伝っていく。

「~~~~~~っ」 

 私は、結局、優ちゃんの指を意識しないようにして、口に含んだ。

 (ほの)かに焦がした蜜が、甘い。

 甘い、けど……それより何より、舌で感じ取った優ちゃんの指先の感触が、頭から離れない。

 甘さを味わうどころじゃない。

 

「ねぇ、残りも舐めて?」


 もうこれだけで容量オーバーしているのに、優ちゃんは指に残る艶やかな密を差し出してくる。

「な、舐めない……!」

 もういい、もうこれ以上はいらない。ぶんぶんと首を振ると、

「ふぅん。深月は、いつも意地を張ってくるよね」

 と、肩を竦めると、自分の指に残った蜜を舌で(すく)っていく。

「意地とかそういう問題じゃ無いと思う……!」

「そう? でも、深月のそういう所も嫌いじゃ無いよ?」

 くすくす笑う優ちゃんは、とても楽しそうだ。

 

 私は……こんな心臓が持たなくなるようなお返しは、もう遠慮したい。

 つま先から全部、優ちゃんに浸食されていくような感覚は、私の身がもたない。


 振り回された熱が消えなくて、『あとは、ご自由に』と渡されたみたらし団子を口に詰めこむ。

 夕飯前だから控えようと思ったのに、もうそれもどうでもよくなる。

 優ちゃんのせいだ。

 私はむすっとしてるのに、優ちゃんは機嫌が良さそうだ。

 

 ――でも、

 それでもきっと嫌にならないし、嫌いにはなれない。


 それどころか……ハマり込んでいるような気さえ、した。





 

 その日の夜だった。




 


 

 ふいに、私は目を覚ました。


 

 真夜中だったと思う。

 なのに、辺りはうっすら明るく見えた。

 肩がすぅっと冷えた気がして、寝返りをうちながら掛け布団をかぶる。

 真っ白い天井が見える。

 それを見つめながら、うつらうつらと微睡(まどろ)んだところで、視界の中、(かす)かに光が揺れた気がした。

うっすらと影が差し、溶けるように青白い光に戻る。流れるように、波の満ち引きのように、それが何度も繰り返される。

 

「……?」


 それが気になって、目を見開く。その光景は、絶えず繰り返される。

 不思議に思って身体を起こせば、部屋に静かな仄明るい光が差しこんでいた。



 見下ろした先――




 優ちゃんがいた。




 淡い月明かりを受けて、窓脇にたたずんでいる。

 満月なんだろうか、静かな青白い光はくっきりと優ちゃんを映し出していた。


 伏せた(まつげ)が、何かを(うれ)いているように窓の外を見つめ続けている。


 窓を少し開けているのかも知れない。

 舞い込んだ風が、優ちゃんのふわりとした髪をなびかせる。

 側のカーテンも風を抱き込んで、さらさら揺れる。

 あぁ、そうか。

 さっき、天井に見えたのはカーテンの影だ。風に揺れてるから変な動きをしてたのか……。影の正体を知って、ホッとする。同時に、今度は優ちゃんが気になり始める。


 ……どうして、そんなところに一人でいるのだろう。

 

 優ちゃんは、少しも動かずに外を見つめ続けている。

 痛いくらいシンとした静寂の中、じっと立ち尽くす。



 

 それはとてもキレイで、とても――もの寂しく思えた。


  


 何を思って、一人でそこにいるんだろう?



 聞きたい。

 でも、どう聞き出したらいいのか……わからない。

 

 隙間から入り込んだ風は、寝起きの私の頬にも届く。春先の少し冷たい風に、軽く背筋を震わせる。

 私が声をかければ、たぶん優ちゃんはいつものように笑う。


 この景色が、幻だと言うように。

 私が寝ぼけていたんだと、きっと言う。



 違う。

 私はそんなことが聞きたいんじゃない。

 

 どう言ったら、優ちゃんの心の奥深くに届くのだろう。



 どの言葉もどんな声も、今の私では優ちゃんに届かない気がして――





 

 私は結局その日、優ちゃんに声をかけることはなかった。

 


















 3月は、 

「みたらし団子ホワイトデー」

「ティーパーティーのお誘い」

「不可思議なお茶会」

「仮面を捨てた、似たもの女王様」

「鳥かごの中の二人」

 の順で掲載していきます。よろしくお願いします。

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