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魔女シリーズ

愛し方を教えてくれたのは ~魔女と人の子 番外篇~

作者: 不知火 初子





おれには、生みの親がいない。


男親も女親も、おれが産まれる前に死んだらしいということを、奴隷商人であるオヤジから罵声の如く浴びせられて知った。



父はともかく、母体が死んでから産まれるということが、当時の幼いおれにだって妙な話だと思うくらいには不可解な内容だ。



けれど、その後直ぐに、おれがどんな状態でこの世に生を受けたのか知ることになる。




奴隷として少年期を過ごした為に怪我や痣は絶えなかったが、それでも大きな病気を患うことなく健康に恵まれていた。




奴隷を買いに来た煌びやかな服をきたおっさんが、おれの最初で最後の主人だ。


そいつと商人のオヤジが話していた。



数年前、魔女狩りが廃れてからも魔力のある者を発見すると個人で粛清していた当時、内戦で荒れに荒れた町のなかで魔女を見つけたそうだ。



オヤジの銃で命を散らした魔女が大事そうに抱えていた赤ん坊が、おれだった。



死にかけていたおれの命は、魔女の手で掬われたらしい。




目を背けたくなるほど燦然と輝く太陽の下、顔を覗いてきた魔女に出逢ったおれが思い浮かべたのは、そんな自分の出生に纏わる話だった。




おれを拾った魔女は言った。



おれを、ひとりの男として愛してると。



おれの言葉に応えるように言って、そのまま尽きてしまった。




確かめたいことはまだまだあったのだ。



ミートソースオムレツの他に作れるものがどんどん増えていって、おれの料理で表情を柔らかくする魔女に伝えたいことがたくさんあった。





勝てると踏んで容赦なく攻め込む敵軍を払うために、魔女の亡骸をゆっくりと横たえさせその場から離れるとき、おれの心と体を誰かに引き千切って欲しいと思った。



元々、主要騎士たちは後方から弓矢や投石で支援するだけで、前線は槍や剣、盾の基本的な使い方を知ったばかりの市民だったために、その戦争には負けてしまった。




国から外れたところにある城が一応の最後の砦とされ、そこに騎士団長が構え作戦を立てていた。



しかし、おれたちの迎撃を掻い潜って騎士団長に剣先を向けた数人の敵によって砦は陥落し、隣国同士の魔女を巻き込んだ争いが終わる。




愛しい恩人の体は探しても見当たらず、一緒に訓練してきた農民のおっさん数人が見つけてくれた蔦の巻きついた杖を持って帰ったおれは、それを墓に見立てて毎日花を飾り挨拶を送っている。




愛を囁くことだけはしない。



応えのないその行為に意味を見出すことは、おれにはまだ出来そうになかった。



通じ合えたと感じたのはあの一瞬だけで、でも応えてくれた言葉でさえ自分を安心させるための偽りなんじゃないかと、おれは疑ってしまっている。



だからこそ、この家に2人で帰ってきたかった。


そして言葉を確かめ合い、互いの体温を感じ合って、自分の腕の中にある存在がちゃんと生きてると安堵したかった。




魔女がずっと隠し事をしているのは知っていた。



それが魔力に関することだということも。




でもまさか、使った分だけ命を消費してしまうなんて。


大気中の魔力を新しく取り入れることが出来ない体質だったなんて、ただの人の子が知るわけもなかった。







魔女が大切にしていた薬草畑に水をやっていると、森の茂みから人が現れた。



おれが首を傾げて見上げるほど背の高い杖を持つ小柄な女性は、おれを見て顰めっ面を不慣れな笑みに変えた。





「あなたが、カレーヌの伴侶?」


「カレーヌ?」


「あら、名前教えてもらってないのね。あなた、お名前は?」


「ない。奴隷の生まれだ」




彼女もおれのことを、“あなた” や “君” と呼んでいた。


出逢って暫くの間は “童” 呼びだったことを考えたら、関係性はずっと進歩したほうだ。





「そう。それでカレーヌはいつ?」




もうこの世に彼女がいないことは知っているようで、わずか疲労したように覇気のない声で尋ねてくる。




「2年前の隣国との戦争で」


「そうなの。長く生きられたのね」



良かったわ、などと話すから、おれは思わず顔を顰めて靴先についた泥を見つめた。




「ああ、ごめんなさい。あなたからすれば、早い別れよね。でもね、カレーヌは元々体質の問題で長くは生きられないはずだったの」



「教えてもらったわけではないが、何となく知っていた」




本当は魔女が死ぬ前に知らされたのだが、今この場で自分の口からそれを言葉にするのは苦痛だった。




「そうなのね。カレーヌは大事なことは秘密にしたがるから。でも、あなたがそばにいてくれたのなら、きっと幸せだったのでしょう」



「どうして分かるんだ?」



「だって、あなたからカレーヌの魔力を感じるもの」



「?」



「カレーヌは、あなたに何か言い残したかしら?」




愛してると。しかし声には出せなかった。



まだ、口にすることはできない。


彼女からもらった言葉を口にしてしまったら、体外へ出たそれが二度と自分のなかへ戻らないと思うと、どうしても出来ないのだ。




「いいの、言わなくても分かるわ。分かってしまうのよ。ただ確認したかっただけなの。でも、その反応を見ただけで良く分かるわ」




愛を貰ったのね。




小さく呟く声に合わせて、おれはどうにか頷く。




「あのね、あなたを愛せて幸せだったから、カレーヌは長く生きられたのよ。人の身では計り知れないほど長い刻でも、いつか終わりがくる。彼女は20年前に亡くなるはずだった」




20年前といえば、おれを拾って直ぐの頃だ。




「あなたが現れたことで、きっとカレーヌに芽生えたものが、彼女の命の灯を少しだけ長く燃えさせたの」




これは昔、まだ魔女狩りが横行する遥か以前に言い伝えられていた話だそうだ。



魔法を使い、魔力を備えた人間が天上の神々たちをも凌ぐ勢いで力を発揮するさまをみて、神様が代償をお与えになった。



魔力を消費すると同時に、大気から補給するに足らぬ大魔法を使った場合は命が削られる。



そうして魔法を使えるものと使えないものとの間にある差異をなくし、平等な人の社会にしようとしたそうだ。



魔法を使えるもの達だけで集まった当時の彼らは次第に数を減らすことになったが、ある世代を境に長く生きる者たちが増えたのだという。



それは、魔法を使えることを驕らず、誰かのために魔力や命を消費することを厭わぬ者だったのだそうで。



彼らは魔法を使えぬ人間たちを心から敬い、時に教授し、そして愛した。






「わたし達は愛することができる。何故って親同士の愛の下に生まれ落ち、両親や親族、友人や愛する人に愛されることを知ることになるんだもの」






魔法が使える者たちの間に伝わる話をした相手は、初見時と違って自然に見える微笑みを浮かべる。





「そりゃあ意に沿わない相手だっているわよ。魔力があるだけで人の子と変わりはないもの。でも、自分が誰かを愛せることを知っているのよ」






おれを愛したから、彼女は20年近くも生き延びたのだと相手は言う。



それを愛された証明とするには、まだ少しだけ自分に自信が持てない。


そんなに物事が単純でないことも、簡単でないことも知ってしまっているのだ。





「ねえ、カレーヌの杖持ってるかしら?」


「ああ、持ってこようか?」




彼女と親しい人の手に渡るのなら、あの魔女だって嫌な顔はしないだろう。



けれど相手は首を振っておれの申し出を断った。




「それより、わたしが帰ったあとでもいいから、杖を見てみなさい。ちゃんと確かめるのよ?」






そう言い残して、大きな杖を持ったその人は帰っていった。





言われるままに杖を手に取る。



わんさかと巻かれたままの蔦は所々が枯れているが、まだ生気が残っている部分もある。



これのどこをどう確かめろと言うのだろうか。



自分には何も分からないと呆れて杖を持ったまま腕を下ろすと、ぽろっと色褪せた蔦の一部が落ちた。



それを拾い上げようと屈むと、杖から次々と蔦が落ちてしまい、しまいにはまだ生きている蔦まで落ちてしまう。



すると丸裸にされた杖は寒さを感じたのか、ぶるりとひとりでに震え…………。




震え?




驚きで手を離したはずが、杖はそのままおれの目の前にまで浮き上がると書簡の巻物のようにひらく。



両端にくるりと巻いたあとが残るそこには、文字が書かれていた。




魔女に散々煩く言われながら、必死に覚えた文字だ。






【愛しいカロルド。



あたしの可愛い人の子。


あなたから与えられた愛が、少しでも返せていることを願うわ。本当に愛してる。



魔女カレーヌ】






おれに宛てられた文だった。



おれに当てられた名だった。





あの人は知っていたのだ。


杖が彼女の想いを残していることを。


こうして形に残していることを、あの人は知っていた。





「おれも、おれだって……おれだって、愛してるっ……」





最後の声は震えていた。



自分の中から抜け出してしまうと考えていた想いは、吐き出してもまだ鳩尾を締め付けるように刺激してくる。



嗚咽が止まらず息を忘れても、胸の痛みはその苦しみを更に上回っておれの声を奪った。





この家には、魔女の──カレーヌの面影がありすぎる。



どこに視線を移しても、彼女の姿を探している自分がいた。



でも、その一瞬だけ本物に感じたのだ。



おれの背を優しく撫でる愛する女性の手つきが、鳩尾の辺りに巣食っていたこれまでの重苦しい感情を、取り払ってくれている気がした。




彼女が、出逢った日に言っていたことを思い出す。



自分が取り除くことができるのは、愛の裏返しの感情だけなのだと。



彼女は愛以外の感情なら何でも取り除けるようだ。



払われたあと、おれの胸中に残っていたのはひたすらに愛する彼女を想う、爽やかな気持ちだった。



カレーヌの美しい瞳と同じ月の、その光で魔力を宿す薬草畑に吹く爽やかで暖かいそよ風のような。



彼女の杖だった文書に触れる。



20年前から、2人で大切に育ててきた庭の匂いが仄かに香った。





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