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聖夜に咲く流れ星

作者: 希彗まゆ

●“みずな”でいい


まともな流れ星を、あたしはまだ見たことがない。


流星群の時なんかも、絶対に眠くなっちゃって

いつもみんなより先に寝ちゃって、起きた時には消えてるんだ。


だけど、だからこそ憧れは強い。


この目で流れ星を見たその時には

絶対に、絶対に

願い事を叶えてもらうんだ。



「ピザまんおいしー!」


クリスマスも近い12月の深夜

あたしは親友のエリカの頼みで、家を抜け出してきていた。


あたしたちの通っている西野にしの高校には、ちょっとした伝説がある。


深夜0時、誰にも見られずに中庭の噴水に

自分が一番大切にしているものを投げ入れたら、願い事が叶うのだという。


占いとか大好きなエリカは、憧れの先輩とお近づきになりたいがために

この伝説を使うという、最後の手段に出た。


まあ、伝説っていっても知ってる人もそんなにいなくて廃れちゃってるんだけどね。

家を出た寒さに耐えかねたあたしは、コンビニに寄ってピザまんをゲットしてきたわけなのだ。


「わけなのだじゃないわよっあたしこの寒空の下でずっと待ってたんだからねっ!?」


先に来ていたエリカが門を開けておいてくれたので、入るのに苦労はしなかったけど

ピザまんをくわえているあたしに、エリカはぷんぷん怒っている。


「だってあったまるよ? エリカのぶんもあるよ?」

「色気のかけらもないの? 水海みなみって。まあ……ピザまんはもらっておいてあげる」


そんなツンデレなエリカも好きだよ。

ふたりでピザまんをもふもふ食べながら、すっかり薄汚れた噴水を見つめる。


「もうすぐ0時だね」

「そうね」

「何投げ入れるか、決めた?」

「うん……先祖代々受け継がれてきた貝の杯」

「……それってエリカが大切にしてるものじゃないよね、ただの家宝だよね」

「いーのよこの際! 家宝ならなんだか願いが叶いそうな気がするんだもの!」


確かに伝説と家宝、ふたつの単語を並べてみると似た雰囲気はあるかもしれないけど……。


「というか、アンタらふたりで来てる自体で願い事は叶わねーよな。お互いが見てるんだから」


あ、そうか。それは盲点だった──って。え?

第三者のいきなりの声に、あたしとエリカは同時に振り返る。


冷たい月のもと、照らされた茶髪はサラサラで

甘いマスクに似合わないほど、凍てついたような黒い瞳。


この男の人……この高校のイケメン双子のうちの片割れ、伝馬流里てんま・るりだっ!


「え、え、えーっ!? なんで伝馬先輩がいるんですかこんなところにっ!? そのクールな声色からして流里先輩のほうですよねっ!?」


自分の憧れの先輩以外にも、イケメンには目がないエリカが興奮に身体をくねらせる。

流里先輩……実は、あたしの好きな人でもある。


イケメン双子の兄、杜里とり先輩と彼との決定的な違いは

杜里先輩は誰にでも優しくて温厚でにこにこしているのに、流里先輩は常に鉄面皮だっていうところ。


だけど……ふとした瞬間にその凍てついた瞳が、淋しさを訴えているようで

気づけば、惹かれてしまっていたんだ。


「漫画雑誌買いにコンビニまで行く途中、門が開いてたから。不審者でもいるんじゃねーかと思って入ったんだ。まさか今時噴水の伝説なんか信じてる奴がいるとはな」


流里先輩は、淡々と答える。


「先輩も、噴水の伝説のこと知ってるんですね」


あたしの言葉に、先輩は苦虫を噛み潰したような表情になる。


「……ま、一応な」

「先輩は願い事、ないんですか?」


すると、ふっと先輩は目を伏せて煙草を取り出す。

えっ……先輩煙草吸う人だったの?

てか、まだ先輩未成年だよね? 駄目だよ煙草っ!


「お前……1年の、大原水海おおはら・みずなだろ」


え……いや、おもっきし間違ってますけど。


「あたしの名前……水の海って書いてみなみって読むんですけど」


訂正すると、流里先輩は目に見えて機嫌が悪くなった。

いや、あたし何も悪いこと言ってないよね?


「いいんだよ、お前は“みずな”で。今から“みずな”に改名しろ」

「無理ですって! あたしは生まれた時からずっと“みなみ”だったんですから!」

「いいから“みずな”にしとけ! いいこといっぱい待ってんぞ? 嫌ってほどいいことばっか降りかかってくんぞ?」

「え、ほんとですか!? じゃあみずなにします!」

「ちょっ……あんたたち、何くだらないことで喧嘩してんのよ水海もなに納得してんのよ!」


今まで呆然とあたしたちのやり取りを見ていたエリカが、仲裁に入る。


「もう……噴水の伝説の条件って、誰にも見られないでってことだったのに無駄になっちゃったし……流れ星にでも願い事叶えてもらうから、いいわ」


まあ……それを言うならエリカがあたしを呼んだ時点で、無駄になってるんだけどね。

すると流里先輩は、ライターで煙草に火をつけてすうっと吸い込むと、ふっと皮肉げに笑った。

そんな笑みでも美しく見えてしまうのだから、美形ってお得だと思う。


「流れ星? フン……願い事なんて、言い終わった時には流れ星は消えてるんだぜ」


冷たい声色……でも、どこか淋しそうな……瞳。

たまらなかった。

放っておくなんて、できなかった。

だって、あたしの大好きな人だったから。


「先輩!」


大好きな人には、笑っていてほしいから。


「先輩……あたしとつきあってくれたら、流れ星見せてあげますよ!」


流れ星のひとつくらい、根性で祈って流してやる。

そして流里先輩の願い事、叶えてもらうんだ!


●イケメン双子の事情


だからって、「つきあってくれたら」なんて言っちゃったあたしには確かに欲があったんだと思う。


だけど、驚いたような顔をしていた流里先輩が

まさか、「了承するなんて思わなくて──。


きょとんとしていた流里先輩は、そのあとすぐにくすくす笑って


「面白ぇ。いいぜ、つきあっても。そのかわり、絶対見せろよ」


って答えたんだ。

期待はしてたけど、まさかこんなに簡単にOKが出ると思っていなかったあたしは逆に驚いちゃって、


「ほらケー番交換すんぞ」


スマホを取り出す流里先輩と、あわあわしながら赤外線でSNS、アドレスと携帯番号を交換した。

流里先輩はそれで帰って行ったけど、呆然と見ていたエリカとそのあと盛り上がっちゃって。

噴水の伝説のことなんか、もう頭の隅っこにいってしまったらしいエリカとマックで深夜3時まで恋バナに花を咲かせた。


次の日が学校休みでほんとによかった。

うちは放任主義だけど、さすがに深夜3時すぎに帰ったあたしにお父さんもお母さんも心配してくれていて。


少しのお説教のあと


「今度から遅くなる時は連絡くらい入れなさいね」


とやわらかく言われて、終わった。


それで少し頭が冷えて、パジャマに着替えてベッドに入ってから考えた。

流れ星見せるって決めたのはいいけど、どうやって見せよう?

流星群を待つのがやっぱり妥当かな。


だけど……今年のめぼしい流星群はもう終わっちゃったし、あんまり時間があくのも嫌だしな……。

それこそ噴水に願い事しようかな。

流れ星、流してくださいって──。


そんなことを考えているうちに、眠っちゃったみたい。


「……なみ。水海。もうこの子は……ごめんなさいね、水海起きないわ」


お母さんの声が聞こえてきた時には、まだあたしは半分夢の中で流里先輩とオシャレなカフェで一緒にパフェをつついてた。


「いいですよ、待たせてもらいますから」

「本当に、ごめんなさいね。今お茶持ってきますから」


パタパタとお母さんの足音が遠ざかっていく。

今、何時なのかな?


「ケータイケータイ……」


もそもそ布団の中から手を出して、ケータイを探すあたしの手に


「はい、ケータイはここだよ」


誰かがスマホを持たせてくれた。

この声……なんだか、流里先輩に似てる……。

あたし、まだ夢見てるのかな?

寝ぼけ眼でスマホを見ると、午後1時過ぎをさしている。

うわ、すごい寝坊。


「おはよう、大原さん」


爽やかなその声に、あたしは今度こそはっきりと頭が冴えた。

流里先輩とそっくりの、でもこの人懐っこい声の主は──!

がばっと上半身を起こす。

目の前に、にこにこ笑顔の杜里先輩がいた。


「とっとっと──杜里先輩っ!? どうしてここに──!」


どうして流里先輩のお兄さんの杜里先輩が、あたしの家になんかいるの!?


「ごめんね、家を調べたりなんかして」

「あ、い、いえ……」


ってかあたし、パジャマだ!

しかもうさぎ柄なんてめちゃくちゃ子供っぽいパジャマ!

いくら好きな人じゃないとはいえ、男の人の前でこの格好は恥ずかしいよ!

慌てて布団で身体を隠すと、杜里先輩は言った。


「気にしなくていいよ、そのままで。用件はすぐに終わるから」

「あ、は、はい……」

「流里に、つきあってくれたら流れ星を見せるって言ったそうだね」

「は、はい」

「それで、流里とつきあうことになったって聞いたけど」

「その通りです」

「流里と、すぐに別れてもらえないかな?」

「──え?」


一瞬何を言われたのか分からなくて、あたしは杜里先輩を見つめる。

その時、ドアがガチャッと開いてお盆の上に紅茶とクッキーを乗せたお母さんが入ってきた。


「お待たせ、伝馬……くんだったわよね。あら、水海も起きたの? ご飯食べる?」

「う、ううん、後でいい」

「ぼくもすぐに帰りますから」


杜里先輩の言葉に、お母さんは「そう?」と小首を傾げる。


「水海のことなら気にしないで、ゆっくりしていってね」


お母さんはそう言って、ドアを閉めて出て行った。


「せっかくだから、紅茶いただくね」


杜里先輩は、カップを持ち上げる。


「あ、ど、どうぞ……」


あたしはまだ呆然としながらも、うなずく。


紅茶を一口、二口とすすった杜里先輩は


「美味しい……ぼく、レモンティー大好きなんだ」


と言って一気に飲んでしまった。


「ごちそうさまでした」


にこっと笑ってカップを置くと、一転して真顔になる。


「流里と別れろって急に言われても納得がいかないだろうから、少し事情を話すよ」

「お願いします」


一体どんな事情なんだろう。

あたしも気を引き締めて、ぎゅっと布団を握りしめた。

杜里先輩は、少しずつ話し始めた。



ぼくの家はぼくたちが小さな頃に両親が亡くなって、7歳年上の姉が親代わりだった。

ぼくと流里の他に、下にも双子の弟がいる。

弟を4人も抱えて、姉は高校に通いながら世話をしてくれていた。


その姉も、ぼくと流里が小学校4年生の時に事故で亡くなってね。

それからは遠い親戚に引き取られることになって、今はそこで暮らしている。

親戚はぼくたちにはあまり干渉しないし、自由を与えてくれる。

そのかわり、特別愛があるわけでもない。

もちろん、それなりの情はあるからこそ食べさせてくれているし、お小遣いもくれているんだろうけれどね。

お小遣いをくれたりするのも、まあ家がお金をたくさん持っているっていう理由もあるんだろうけど。


ぼくたち4人にとって、姉の存在は偉大だった。

姉を尊敬していたし、みんな姉のことが大好きだった。

その姉が夢見ていたのが、好きな人と結婚して子供をたくさん持つことでね。

子供の名前も決めていた。

女の子なら水の海と書いて「みずな」ってつけようって。

そう、漢字だけなら大原さん、きみの名前と同じだ。


流里は高校2年になってから、きみが入学した時すぐにきみに目をつけた。

なにしろ、大好きな姉がつけようとしていた子供の名前と同じ名前だったからね。

流里は昔からなんでも悟ってしまうような子で、だから今は全部抱え込むことができなくなってあんなに冷めてしまったけれど。

それでも、きみという存在に対しては特別な感情を持っているんだと思う。

恋とはまた違う、もっと大切な……愛情を持っているんだと思う。


流里ときみがつきあうことになったのは、いい。

でも、きみの気持ちはたぶん流里の気持ちよりも軽い。

もしもきみがこの先、流里に飽きたりして捨てることがあったら

たぶん、流里はどん底まで落ちるだろう。

そんな流里を見たくはないんだ。


流里には、ぼくがきみに別れてほしいと言ったって、ちゃんと真実を説明しておく。

だから……お願いだ。

流里と……別れてほしい……。



話の途中から、あたしは哀しい気持ちになっていた。


哀しい……切ない……? どっちだろう……

きっと、どっちもだ。


ゆうべ「今から“みずな”に改名しろ」と言っていた流里先輩の気持ちを考えると、胸が締めつけられる。


流里先輩のお姉さんがつけたかった子供の名前が、水海みずな

流里先輩はあたしを通して、どこかにお姉さんの影を見ているのかもしれない。

ううん、……杜里先輩のこの言い方からして、たぶんそうなんだ。


流里先輩が、どれだけお姉さんのことを大事にしていたのか

今も大事に思っているのか、杜里先輩の説明で分かった。


じゃなかったら、お姉さんの影を見ているあたしと簡単につきあうだなんて約束するわけがない。


そして、流里先輩のことを

お兄さんとして、どれだけ杜里先輩が大事に思っているのかも……充分に伝わった。


だけど。


「……杜里先輩。事情はよく分かりました」


涙声にならないように気をつけながら、あたしはうつむいたまま言う。


「けど、あたしは流里先輩と別れません」

「……大原さん……」


困ったような、杜里先輩の声。

あたしは、ぎゅっと布団をますます強く握りしめる。


「確かに杜里先輩の言っている意味では、あたしのほうが流里先輩より気持ちが軽いかもしれません。でも、あたしはそんなに簡単に流里先輩を捨てたりなんか、しません」

「そんなの、分からないだろう?」

「そうです。恋愛は分からないものです」


あたしは、キッと顔を上げて杜里先輩を見つめる。


「杜里先輩は、このままずっと流里先輩を放っておく気ですか?」

「放っておく?」

「はい。流里先輩は、ずっとお姉さんのことを引きずってるんですよね?」

「まあ……そうなるかな」

「どこかで断ち切らないと、流里先輩はずっとあの冷たい心のままです」


願い事なんて叶わないと思っている

流れ星に願い事なんかしたって無駄だと思っている、流里先輩。


あたしは、そんな先輩に心から笑ってほしい。

だからあんな約束をしたんだ。


「杜里先輩は……流里先輩に、笑ってほしいと思いませんか」

「…………」

「あたしは……惹かれた時からずっと気になってました。この人の心からの笑顔ってどんなに素敵だろうって。冷たい心のままで、心まで寒くならないうちに笑顔で暖めてあげたいって。……あたしなんかに、そんなことができるわけないのかもしれない。でも、黙って見ているよりはマシです」

「……分かった」


ふう、と杜里先輩は困ったように苦笑してため息をついた。


「分かったから涙を拭いて」

「……あ……」


堪えていたはずなのに、いつの間にか頬を涙が馬鹿みたいに流れ落ちていた。

流里先輩の事情を知ったら……どうしても自分の気持ちが堪えられなくなっていた……。

杜里先輩が、ハンカチを渡してくれる。


「……ありがとうございます……」


あたしは受け取って、急いで涙を拭いた。

杜里先輩は、そんなあたしを見つめながら言う。


「だけど、現実的に考えて流れ星を見せるのは無理なんじゃないかと思う」

「でも……流星群を待てばなんとか……」

「流里、クリスマスまでに流れ星を見るんだって張り切ってたよ?」

「え?」


クリスマスまでって……いつの間にそんな期限が!?


「流里なりに、楽しみにしてるんだろうな」

「う……」


今更ながら、なんて軽はずみな約束を取り付けたんだろうと自分が嫌になる。

杜里先輩は、また苦笑した。


「でもぶっちゃけ、きみが相手なら流れ星を見なくても流里は楽しい気分になれると思う」

「そ……そういうものですか?」

「うん。双子の兄のぼくが言うんだから、間違いないよ」

「他に楽しませてあげられることって……なんでしょうか」

「普通でいいんだよ。普通のカップルがするようなことで。遊園地でデートしたり、カフェで一緒に過ごしたりさ」


それってただ単にあたしが楽しいだけだと思うんだけど、ほんとにそんなんでいいんだろうか。

そんな気持ちが顔に表れていたのか、杜里先輩はくすくす笑った。


「大丈夫。別れろって言ったぼくが言うのもなんだけど、きみ相手ならきっと流里は大丈夫だから」


何かあったらスマホに連絡して、という杜里先輩と赤外線通信をして

杜里先輩は、それで帰って行った。


今日はせっかく休日だし、流里先輩をデートに誘おうかな?

あたしからデートに誘うなんて、ちょっと……いやかなり恥ずかしいけど……今はそんなこと、言ってられないもんね。

少しでも流里先輩の心を、暖かくさせてあげたい。


デートっていってもどこに誘おう?

やっぱり遊園地あたりかな。

パジャマを着替えながら考える。


着替え終わってスマホを見ると、今更ながら一件のメールが届いていることに気がついた。

さっきは寝ぼけてたり杜里先輩がいきなり登場したりで、気がつかなかったんだ。

開けてみると──流里先輩からだっ!


『ちょっと行きたいトコあんだけど、つきあってくんね?』


えっこのメールいつ来たんだろう?

うわ、朝の10時だ!

急いでメールの返信をする。


『すみませんっ今までずっと寝ていて、メールに気がつきませんでした! どこへでもお供しますっすぐに駆けつけますっ!』


送信して数分も経たないうちに、すぐに返事が来る。

怒られるかと思いきや、内容は至ってシンプルなものだった。


『じゃ、ルミネの入り口にいるから。準備出来次第でいいから来てくれ』


行きます今すぐ行きます流里先輩のためなら朝ご飯も昼ご飯も抜きでも飛んでいきますよーっ!


●つきまとう影


「うは、何そのカッコ」


バスを降りて全速力で駆けつけ、息を切らせたあたしを見るなり

流里先輩は、吹き出した。


「や、だって今2時過ぎですよ2時過ぎ! 4時間以上も先輩のこと待たせちゃって……っ早く来なくちゃって思って……!」

「だからって頭ボサボサだし、服も普段着だし。ほんと面白ぇ奴」


うう……改めて言われると、めちゃくちゃ恥ずかしい。

確かにこんな格好で一緒に歩くと、流里先輩の迷惑になるかも……。


「何してんだ、行くぞ」


まだニヤニヤしながら、流里先輩はあたしの手を取る。

手……!

流里先輩と手繋いじゃってるよあたし!


「はい!」


流里先輩は幸い気にしていないみたいだし、このままの格好でも……ま、いっか。

女を捨ててる気もしないではないけど、その辺は置いておこう。

今は先輩につきあうことが第一!

でも先輩が行きたいところって、どこなんだろう?


なんだか見慣れた街並みを歩いてるんだけど……

しかも、よくエリカと来るゲーセンの中になんて入っていってるんだけど……


「もしかして先輩、来たかったところって……ここですか?」

「そ。お前とゲーセンに来たかった」

「えっ……なんでですか?」


流里先輩が行きたいところって、もっと特別な場所かと思ってたあたしは面食らう。

流里先輩は、笑って言った。


「つきあってんだろ? 俺たち。だったらデートくらいしたいだろ」


その言葉に、あたしの顔がかぁっと熱くなる。

嬉しい……嬉しいよーっ!


「ほら、プリクラ行こうぜ。あとあのなんか変なクマのぬいぐるみもお前に取ってやる!」


先輩も……気のせいか、わくわくしてるみたい。

杜里先輩の言うとおり、なのかもしれない。

自惚れてるわけじゃないけれど

流里先輩は、相手があたしなら……どこでだって楽しんでくれるのかもしれない。

だったらあたしも精一杯楽しんで、もっともっと流里先輩を喜ばせよう!


「あっ先輩、プリクラ出て来ましたよ!」

「うお、何これやばくね? 俺こんなにカッコいいっけ?」

「最近のプリクラは性能いいんですよー。そうじゃなくても先輩はカッコいいですけど……ってなに人の顔に落書きしてんですかどっから出したんですかその赤いボールペン!」

「いや、さっき落書きしなかったからもったいねーなって……ほら、お前のほっぺた赤いほうが可愛いって」

「え、先輩りんごほっぺ好きなんですか? だったらあたしリアルでも頑張ってりんごほっぺになりますよ!」


プリクラでひとしきり馬鹿やったあと、クレーンゲームに移動する。

取れそうで取れないクマのぬいぐるみに、あたしたちはすぐに熱中した。


「くそっ、もうフツーに店で別のぬいぐるみ買ったほうが安いとか思っても、ここまで来たら意地でも取りたくなる!」

「それがクレーンゲームの恐いところですよね、でも分かります絶対自分で取りたいです!」

「よし次お前代われ、これ金な!」

「先輩どこに行くんですか?」

「両替!」


学校ではクールな先輩が、ここまで手放しで何かを楽しんでいるところなんて初めて見たから

あたしもテンションが上がりまくって、全部で5千円使ったところでようやくぬいぐるみが取れた時なんて、ふたりで舞い上がってハイタッチなんてしちゃったくらい。

まあ、お金は全部先輩がもったんだけど、最終的に取ったのも先輩。

こういうところでも努力が実った気がして、達成感あるんだよね。

完全にゲーセンの罠にハマッてるのも分かってるんだけど、これはもうしょうがない。


「さ、次行くぞ」


ぬいぐるみを持った先輩に次に連れられたのは、それこそ夢にまで見たオシャレなカフェ。

入ってメニューを見た途端、あたしのお腹がぐるるーっと鳴る。

は、恥ずかしい。

今日何も食べてなかったとはいえ、好きな人の前で鳴ることないだろーお腹め!

流里先輩はまたも吹き出す。


「ずっと寝てたって言ってたから、腹減ってると思ったんだけどやっぱりそうか」

「……正直な胃ですみません」

「健康的でいいじゃん。ここ、よく来る友達に聞いたんだけどシーフードドリアが美味いらしいぜ」

「じゃ、それ頼みます!」


先輩はふたりぶんのシーフードドリアを頼み、あとデザートにパフェもふたつ頼んでくれた。


「先輩って甘いもの食べるんですか? なんか意外です」

「俺、甘党なんだよ」

「えー! コーヒーブラックで飲んでそうなのに」

「俺どんだけ大人に見えてんの? みずなに」


言ってから、流里先輩はハッとして水を飲む手を止めた。


「……ごめん。みなみ、だったよな」

「いえ……」


そっか……先輩の中では、あくまでもあたしは“みずな”なんだ。

先輩は今日ずっと、あたしの中にお姉さんを見ていたんだ……。


いくら先輩が、あたしにお姉さんの影を見ているって分かっていても

こうして改めて名前を間違われると、胸がギュッと痛む。


好きだから、あたし自身を見てほしくて。

そんなにも、お姉さんを引きずっている先輩のことが哀しくて──。


やがてシーフードドリアが来て、あたしはまだアツアツのそれにパクついた。


「わあ、ほんとに美味しい! 先輩も食べてみてくださいよ!」

「……みず……みなみ。お前、涙……出てる」

「めちゃくちゃ熱いんですもん、これ。熱いもの食べると涙とか鼻水とか出て大変なんですよね!」


本当は、涙や鼻水が出ているのは熱いからだけじゃなかったけれど。


「先輩が、笑ってくれるならいいですよ」


はふはふ馬鹿みたいにドリアをかきこみながら、あたしは言う。


「あたしの名前なんて、なんでもいいんです。先輩が、心から笑えるのなら」

「……じゃあなんで、そんな泣いてんだよ」

「……熱いからですって。さっきも言ったじゃないですか」

「嘘つけ、馬鹿」


先輩の言った“馬鹿”という言葉が、すごく優しい声のトーンだったから

あたしの涙腺は、もうほんとに大変なことになってしまって。


ドリアをずごごごーっと全部飲み込むようにして食べて、お財布からお金を出して机の上に置いた。


「きょ、今日は楽しかったですっ……あ、あのこれドリアとパフェのお金……あたしのパフェは先輩が食べてください……じゃっ!」


これ以上涙がこみ上げないうちにと、一礼してあたしはカフェを出た。

走りながら、むせぶように泣く。


クリスマスまで、あと3日。たった3日だ。


流れ星、流れてくれたら

先輩は、何かを願うことができるのかな。


あたしの力じゃ、お姉さんの影がないあたしだけの力じゃ

先輩を心の底から笑顔にさせてあげられないのかな……。


●聖夜に咲く流れ星


それから、あたしにしては思ったよりも落ち込んじゃったらしく

学校を休んだまま冬休みに突入した。


今日は24日……クリスマスイブか……。


あれ以来、流里先輩から連絡はこない。

あたしからする勇気もない。


これで終わっちゃうのかな……

ううん、こんなことで終わらせるなんて自分の意地もあるし

何より先輩のことが好きだから、無理だけど……。


でも、どう行動を起こしていいのか分からない。


クリスマスは明日……。


流里先輩は、明日までに流れ星見るって張り切ってるって聞いたけど

奇跡でも起きない限り、そんなの叶いっこない。


奇跡……奇跡か……

うん……やっぱり噴水の伝説を頼ろう!


気休めにしかならないかもしれないけど、なんにもしないでこうしてウジウジしてるより全然いい!

ようやくエンジンがかかったあたしは、勇気を奮い起こしてケータイに手をかける。


『この前は色々とごめんなさい。もしよかったら今夜0時ぴったりに、学校の前に来て下さい』


流里先輩に、メール送信。

学校の中庭って言わなかったのは、噴水の伝説の条件が「誰にも見られないこと」だったから。

もし流里先輩に見られちゃったら、叶うかもしれない奇跡も叶わないもん。

あたしが噴水に願い事をして、もしかしたら流れ星が流れるかもしれない──その時に先輩が、門の前でそれを見届けてくれたらいい。


「大切なものか……」


噴水の伝説の条件は、「一番大切なものを投げ入れる」こと。

考えてみたら、こんなにアバウトなことってないと思う。


でも、「投げ入れられる」ものだから

「心」とか、抽象的なものは省くとして。


クローゼットの一番奥に大切にしまっておいてある、箱を取り出す。

箱の中には、両手で抱きしめられるくらいの大きさの白いうさぎのぬいぐるみ。

あたしが小さな頃に、親戚のお姉ちゃんがくれたもの。

今はもう、古くなってぼろぼろだけれど。


『──あたしがいなくなっても、これをあたしだと思って可愛がってあげてね』


何かあるごとに脳裏に浮かぶ、親戚のお姉ちゃんの微笑みと声が

今もまた、頭の中を駆け巡る。


「……お姉ちゃん、……ごめんね」


あたしの大切な人のために、お姉ちゃんの分身、借りるよ。



エリカがイブのパーティーに誘ってくれてたけど、そんな気にもなれなくて

結局、家族でケーキを食べてプレゼント交換をして、終わった。


というか、あたし流里先輩のことで頭がいっぱいで

お父さんとお母さんに、プレゼント用意してなかったよ……。


「ごめんね、あたしばっかりもらっちゃって……ありがとう。来年は倍返しするから!」


プレゼントを部屋に置いてきて、着替えて玄関に出るあたしに両親は微笑みかけてくれる。


「いいのよ、水海ももう子供じゃないんだし、お小遣いは友達や彼氏のために使いなさい」

「ただし、彼氏は家に連れてこいよ?」

「かっ彼氏なんていないよっ……行ってきます!」


深夜0時に16歳の女の子を送り出してくれる両親は、本当に理解があると思う。

あたし、信用されてるんだ……そう分かって、胸がじんとする。


お父さん、お母さん。


流里先輩が、本当の意味であたしの彼氏になったら

ちゃんと家に、連れてくるよ。


うさぎのぬいぐるみを入った箱を持って、学校に急ぐ。

0時前に、なんとか門を乗り越えて中庭の噴水まで辿り着くことができた。


さらさらと静かに流れる噴水は、古いはずなのに月明かりにとってもきれいに見える。

箱から、ぬいぐるみを取り出す。

これを投げ入れながら、願い事を言えば……叶うかもしれない。


そのかわり、こんなにぼろぼろのぬいぐるみだから

水になんか投げ入れたら、もう今度こそゴミ同然になっちゃうけど……。


『可愛がってあげてね……』

『願い事なんて……』


お姉ちゃんの声と、流里先輩の声が頭の中を交互に駆け巡る。


あたしは

あたしは──。



「0時をとっくにすぎても誰もこねーし連絡もねえと思ったら……」


ザッと土を踏む音が、聞こえる。

黒い靴が、噴水の前に座り込んでいるあたしの目の前で止まった。


「何泣いてんだよ、こんなトコで」


涙で歪んだ視界に、しゃがみこむ流里先輩の顔が入ってくる。

あたしの涙は、ますます溢れた。


「すみません……あたし、自分の大切なもの……投げ入れられませんでした……」


流里先輩は、ちらりと

あたしが抱きしめている、うさぎのぬいぐるみに目を移す。


「流れ星流してほしいって、伝説を頼りにしてきたのか。……そんなこったろうと思ったけどな」


どうしてか、流里先輩の声も顔つきも

呆れているふうでもなく、優しかった。


数日前の深夜、ここで初めて会った時とは大違い。


「……あたしにも、お姉ちゃんがいたんです。大好きな親戚のお姉ちゃんが」


しゃくり上げながら、あたしはエリカにも言っていないことを先輩に話した。


「小さい頃から、暇さえあればそのお姉ちゃんと遊んでいて。その頃あたし、すごく引っ込み思案でイジメられてばかりいました。そんなあたしを、お姉ちゃんだけが優しく包み込んでくれて……」


家族以外に優しくしてくれて、遊んでくれたのはお姉ちゃんだけだった。


「でもそのお姉ちゃん、生まれつき心臓が弱くて……入退院ばかり繰り返してました。遊ぶ場所も病院が多かったくらいで」


今でも、あの時のことを思い出すと胸が苦しくなる。


「あたしの10歳の誕生日に、お姉ちゃんはこのうさぎのぬいぐるみをくれました。お姉ちゃんはうさぎが大好きだったから、うさぎのぬいぐるみだったんだと思います。そして……『あたしがいなくなっても、これをあたしだと思って可愛がってね』って……その年のうちに、お姉ちゃんは亡くなりました」


ぎゅっと、うさぎのぬいぐるみを強く抱きしめる。


「あたしはしばらくうさぎのぬいぐるみを抱きしめて、泣いてばかりいたけれど……そんなんじゃ何も変わらないって分かったんです。泣いてばかりじゃ、お姉ちゃんは笑ってくれないって。こんなあたしじゃ、喜んでくれないって……」


流里先輩は、静かに聞いてくれている。


「だから……それからはあたし、イジメっ子にも立ち向かっていくようになりました。馬鹿みたいって言われるくらいに前向きに、笑顔でいるようになりました。今ではそれが素になるくらいに……なれました。そのきっかけをくれた、このうさぎのぬいぐるみを……お姉ちゃんの分身を……あたし、投げ入れることができなかった……」


ぽろぽろっと、また涙が頬を滑り落ちる。


「ごめんなさい……先輩……」


何度もしゃくり上げるあたしを前に

流里先輩は、ふうっとため息をついて、あたしの頭にポンと手を乗せた。


そして、くしゃくしゃっと撫でてくれたんだ。


「そんな大事な話、話してくれてありがとな」


見上げると、今までにないくらいに優しい微笑みを

流里先輩は、浮かべていた。


「あのさ……もしお前が、俺のためにって……そのねーちゃんの分身投げ入れてたら。俺、お前のこと許せなかったかもしんねえ。でもさ」


先輩は、そのままあたしの頭を自分の胸の中に抱き入れる。

ふわっと、バニラに似た優しい香りがあたしを包み込んだ。


「でも……お前は投げなかった。本当に大切なものは、大切なものだからこそ投げ入れられない。この噴水の伝説って、そうやって人を試してんじゃないかって思うんだよな」

「試す……?」

「ああ。試してさ、投げ入れられなかった奴にこそ願い事、叶えてくれんのかなって」

「でも……願い事、叶えられませんでしたよ……流里先輩の、願い事……」


すると流里先輩は、ちょっと身体を離して

あたしの頬を、撫でた。


「流れ星なら流れてんじゃん。ここに」


そう微笑んで、あたしの涙を指ですくい取る。


「お前が俺だけのために流してくれた、流れ星」


そしてその指を夜空に向けて、先輩は力の限りに叫んだ。


大原水海みなみが笑顔になれますように! 大原水海が笑顔になれますように! 大原水海が笑顔になれますようにーっ!!」

「せん、ぱい……?」


驚くあたしに、先輩は笑ってみせる。


「この前お前に泣かれてからさ、俺……今の自分がどんなに人のこと考えてねーのかって、身にしみて分かったんだ。ジコチューで、自分の哀しみにとらわれてばかりでさ」

「先輩……」

「あの日家に帰ったら、俺の様子がおかしいからってんで杜里に根掘り葉掘り聞かれて……洗いざらい吐かされた。で……杜里がお前の家に行ったこと、教えられた。何を話したのかも」


心臓が、ドキンとはねる。


こんな時なのに……先輩の本当の願い事は叶わなかったのに

あたしの胸は、流里先輩の微笑みに惹かれてドキドキと高鳴っている。


流里先輩は、もう一度あたしの頬をそっと撫でた。


「お前、マジに俺のこと好きでいてくれたんだな。俺の心を暖かくしてくれようと……してくれたんだな」

「そっそんなこと……それは……でも……」

「泣き顔で恥ずかしがったって、そそるだけなんだよ」

「うきゃ!?」


ぐいっと引っ張られて、あたしは再び先輩の胸の中。


「俺、正直言うと願い事なんかなかったんだよな。こんな世の中滅びちまえ、とかは思ったけどさ」

「先輩、顔が……顔が近いですっ……」

「だから、これからは願い事が持てるように生きていくことにした。要するに……まあ、前向きってヤツ? ──そのためにはさ」


ますます先輩の顔が近づいて、思わずぎゅっと目を閉じたところへ、耳元にささやかれた。


「──お前が必要なんだ、水海……。姉貴の影のない、俺を救おうとしてくれた、俺を好きでいてくれている……お前自身が必要なんだよ……」


今度は、違う意味で涙があふれてくる。

先輩が、ようやく前を向いてくれた。


今のこの先輩の笑顔は、本当に心からの笑顔なんだ。

そのことが嬉しくて、……ただ嬉しくて。


「……先輩……大好きです……絶対絶対、幸せにします」

「それは男の台詞なんじゃね?」


先輩は、くすくす笑う。


「それよか、ふたりで幸せになろうぜ」


そして、あたしの頬を流れる涙を

チュッと唇で吸い取った。


「とりあえず──流れ星、ごちそうさま」


そんなことをされて言われて、もう恥ずかしいやら幸せやらで

あたしは胸がくすぐったくなって、先輩の笑顔につられて笑ってしまった。


「俺の一番目の願い事、叶った」


さっき先輩が願ったあたしの笑顔のこと、と気づいた時には

あたしはまた、うさぎのぬいぐるみごと先輩に強く強く抱きしめられていて──。


あたしはその暖かな腕の中で、この世の何かに願った。


もう二度と、この先輩の笑顔が

先輩の心から、離れることがありませんように。


もう二度と、先輩の心が寒くなることがありませんように──。


きっと、それは叶う気がした。


だって、きっとあの星空のどこかから

あたしたちの「お姉ちゃん」たちが、見守ってくれているから──。


──Merry Christmas

And HappyEnd For You...


《End》

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