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共感戦隊ミラクル○△□  作者: 村菜琴内代
7/8

お願いだから黙ってて

慌ただしく隊員や事務官が行き交う通路をずんずんと音のしそうな足運びで進む井幡。会釈をする者、敬礼をする者、笑みを、緊張を向ける者。どうやら井幡は有名人のようだ。後に続く勇一らはやや腰を低めにぺこぺこ歩く。司令官執務室がやけに遠い。

「井幡先生は、司令とお友達ですか?」

気になっていたことなので素直に聞いてみる。一般の学生にとってはどうでもいいことかもしれないし、付き合いが長くなれば自然と耳に入ることかもしれないが、事情に疎い勇一は再び司令の前に立つと思うと、どうしても気になるのだった。

先頭を歩く井幡は首を少しだけ回して、横目で見る。鈴香が勇一の腕にぶら下がるように絡まり、頭を肩に押し付けて歩いている。あれじゃ二人とも歩き辛いだろうにと、さらにはいつの間にこんなに仲良くなったのか、若いっていいなあとか、つらつらと思いふけりながら、返事を濁すために浮かんだ常とう句を喉元で止めた。

「ん、ああ。・・・同期だ。実戦はペアを組んだこともある。あいつはそのまま上へな。私は後進の育成だ」

「え!先生、現場組なんだ」

先に反応したのは桔梗。井幡は渋い顔をして前を向く。

「そういう関心を引くから言わないようにしているんだ。経験者の意見は聞きたくなるだろ。だがほとんどの場合それは邪魔な知識になるだけだからな」

「あうち」

「はは。でもなんかお二人を見ていると、失礼かもしれませんが、雰囲気で逆のように見えるんですが」

「ふん。あいつは指導に向いてないよ。小学生ならともかくな」

だから井幡はいつも難しい顔をするように心がけている。井幡は実技の担当でもある。何でも相談できる教師と思われては逃げ場所になりかねない。自分が学生の頃、そうやって躓く友人や先輩をたくさん見たからだ。躓いた時、躓きそうになった時、教師が助けになれば良いが、大抵は巣立った後なので手が届くはずもない。教師の武勇伝を自分に投影するよりも、各々の能力を信じて悩む方が健全だと、井幡はそう考える。能力が違えば戦い方も違うはずだ。強くなりたければ悩むしかないのだ。そうして井幡は早々に現役を退き後輩に道を譲った。

能力の発現はばらつきがあるもののピークは20~25歳あたりとされていて衰え方もまちまちである。絶頂期が長く続くならいいが、大抵の場合、衰えは違和感となって本人だけが気付く。わずかな差は検査では現れない。こういう時、無理に現役にこだわると、本人だけでなくより大きな被害をもたらすことは現場を経験していれば嫌でも思い知るので、ほとんどの年長者はピーク前後を見極めて最前線を退く。伸び盛りの若手をベテランが支援する体制はおよそ理想的であり、そうせざるを得ない能力の制約にも合致した。とは言っても、普段は指導員や監督者にありながら、能力に目覚めたばかりの学生程度と比すれば余裕で優位に立てるので、非常時には一線級の戦力に足る実力がある。特に井幡などは現役と比べても引けを取らないだろうとは司令部の見解だ。

司令官執務室前に着いた。井幡は脇へ避けて、顎を振り3人に入室を促す。

ぶら下がりの達人と化した鈴香は、自分が主役だという自覚はおそらくないのだろう、勇一の顔をまっすぐに微笑んでいる。

いろいろな表情を見せる鈴香に対し、笑顔については嫌というほど慣れてしまったせいか、勇一の笑顔には感情がこもっていなかった。

変な顔、と言いたいところをぐっとこらえ「ふぅ」とため息をつく。ドア脇のインタホンに話しかける。

「失礼します、鷹城です。舞鶴、北条、参じました」

井幡を数に入れなかったことを思い、目だけ向けると、それでいいと頷いている。

「はいはい。入って~」

朗らかな返事を受けドアを開け、勇一、鈴香、桔梗の順に入ると、井幡も続いた。

「どうせあたしは保母さん向きですよ~」

鴨目司令は執務室と続き部屋になっているミーティングルームへのドアを開けながら口を尖らせた。

「勝手に聞くな」と井幡。

癖なのか、ふんと鼻を鳴らして説明する。

「鴨目は意識した特定の声や音を聞くことのできる能力を持っている。これで大隊長を務めたエースだ」



「じゃ。報告を聞こかな」

3人に着席を促しつつ司令自ら全員に紙コップのコーヒーを出している。壁際の書類棚にコーヒーメーカーが置いてあって、湯気を漂わせていた。

鈴香は相変わらず勇一の顔をたびたび見ては、目が合うと笑顔ポイントを増やし続けている。井幡は腕を組んでテーブルの端に腰を預けていて、発着デッキから一部始終を見ていたという割には窓側へ体を向け目をつぶって知らんぷりだ。

鴨目が自分のコーヒーを手に3人の正面に座り、舞鶴が口を開かないのを確認してから改めてぐるり見回す。

「ん?ん~、じゃ鷹城くん」

「え!先に俺ですか」

「ホントなら舞鶴さんに聞きたいんだけどね。これまでの経緯を見ると~、目撃者のほうが確実そうだし。だから近くにいた二人を呼んだのよ。そもそもそのためにペアにしたんだし」

言葉の最後にハートマークが付いているかのような期待に満ち満ちたスマイル。

「あ、はあ。何から言おうかな。えーと、あの射撃のことで良いんですよね。今回は見てましたし、舞鶴さんが撃ったもので間違いないです。えーと、発動には、たぶん・・・」

「・・・たぶん?」

言葉に詰まると、催促する鴨目。井幡もキッと睨みつけ早く先を聞かせろと訴える。ついでに桔梗も鈴香の向こうから顔を出し覗き込んでいる。

「えとー・・・、えとですね、体に触ることで目覚めるんだと思いま、す」

桔梗が小声で「おぉーーー」と口をおの字。鈴香の首から下をなめるように見回す。

「体を?触るの?」

鴨目は鈴香に視線を転じ、へぇ~みたいな顔をしている。耳を真っ赤にした鈴香が顔を上げ、叫ぶように告白する。

「胸を触ってもらいわひた!」

「噛むし」と桔梗。

井幡の片眉がつり上がる。睨んだ相手を石にして、ついでに凍らせて砕いてしまいそうな視線が二人を刺す。細い綺麗な眉の間のところに線が二つ、三つと増えていく。

勇一以外は全員女性で、密室空間。完全なるアウェーに慌てて訂正する。

「あ、いや。そこは違うん。ここ!ここ!」

ニワトリ化した勇一が鈴香の肩口を人差し指で突く。にこにこ顔でその所作を見ていた鈴香が、指が触れた瞬間、笑顔のままの目から焦点を失う。

ひくっと上体をのけ反り、瞬時に手の中には銃が。引き金を引く。

勇一があっと思ったときには一連の動作は終わっていて、鈴香の手からは、さて銃が消えていた。

後ろで井幡と桔梗が二人で一丁の銃を持っていた。数秒の沈黙が流れる。

「ふぅ~」

見開いた目と口と鼻の穴で、大げさにため息をついたのは正面に座っていた鴨目だ。銃口はほぼ真上を向いていたはずだが、それでも発射されればあの威力だ。ただでは済まなかっただろう。脱力し机に突っ伏してしまう。

鈴香は2、3度、人差し指をくいくい動かして、はっと我に返る。

「あれ?」

「あれ?じゃねーっ!危ねーなー。鷹城も鷹城だ。気をつけろ」

井幡の怒号が響く。ちゃんとしたからくりを説明したわけでもないのに、あの一瞬で鈴香の手から銃をひったくるとは恐るべき瞬発力と手癖だ。真横でじっと見ていた桔梗もかなりの早業だったが、勇一は反応すらできなかった。

「あっ勇一。勇一。んー」

しでかした事の大きさもどこ吹く風、全身全霊で青ざめた顔の少年に頬を摺り寄せる。事情を知らない井幡と鴨目も、ここに至って鈴香のふるまいに奇異を感じ取る。机に頬を押し付け斜め目で見ている鴨目。先ほどまでの怒りが急激に冷めて自分の目を疑う井幡。やっぱりと途方に暮れる勇一と桔梗。小部屋に何とも言えない空気が充満する。

既に実体を消した銃をまだ持っているかのような格好で親友を見つめていた桔梗が、歩み出てハイと手を挙げる。

「補足があります!」

桔梗が鈴香の状態について手短に話す。射撃が鈴香の異常を引き起こすらしいこと。初対面のはずの勇一に興味を示したこと。発症のタイミングと今回の顛末から探ると、これまでの疑念と推測に確証を持てたこと。持続時間が1日くらいあること。

隣で聞いている鈴香は自分のことなのに、ワクワクするおとぎ話のようにふんふんと勝手に相槌を打っている。桔梗は一通り話して、最後に。

「この状態は恋愛感情のようにも見えますが、舞鶴さんの性格を考慮すると何か妙な感じもします。ただ、たぶん、気分も多少ハイになるんじゃ・・・」

ちらと鈴香を見る。目がキラキラしている。

「以上です。あ、できれば取り扱いを慎重にお願いしたく」

そこまで言って、これ以上は言い過ぎだと思ったのか口ごもり、心細さからか勇一に不安げな視線を送る。鈴香も一緒に振り返り勇一を見る。こちらはまるでそういう玩具のような動きだ。

黙って聞いていた鴨目も今は顔を上げ、言いたいことがあればどうぞと勇一に目配せ。

「あ、えーと。射撃場の時も抱きかかえたりしたので、まず肩以外の場所であれば触っても大丈夫だと思いますが、肩というなら他の人が触ったことくらいあるはずです。だとしたら、ひょっとしなくても俺の能力か何かが関係しているのかな、と、・・・現時点では思っています。いえ、全然根拠は無くて、憶測ですけど」

「おっぱいは勇一くんだけだよ」

「要らんことを言うな!」

上目遣いで勇一に何かをねだっている鈴香と、勘弁してほしい勇一。

「ふーん」と思案顔に続いて、傍らのインタホンを取りどこかへ連絡し「うん、ちょっと来て」とだけ告げる鴨目。

井幡は鈴香の後ろに立ったまま腕組みをして仁王立ちだ。普段は怒っているような無表情なのに、やけにわかりやすい心配顔をしている。ふーーっという大げさな深呼吸が全員の耳に届く。

ややの沈黙があって、鴨目がとりあえず、と人差し指を立てる。ぴこぴこと振りながら。

「二人の見解は分かったわ。ちゃんと調べてみないと判断できないことも、ね。んで、元に戻るのに24時間なの?」

「いえ、もう少し長いんじゃないかと。これまでの発砲はだいたい午後だったので、翌日の夜、寝るまではこんなでした。朝には戻っていたので、え~~えと、40時間よりは短いか、んと二晩ってことなのかも」

答えた桔梗は両手の指を折りながら、暗算が不得手のようだ。

「鷹城が舞鶴の肩に触れる。舞鶴は大砲を発射。その後30から40時間、ごろにゃん」

乱暴なまとめを井幡が披露し、最後の一言には3人が眉を顰め、1人が「にゃ」と言う。お前のことだふざけるなと勇一の目が睨む。

「いや、時間を決める要素は分かってないからな。判断は早計か。あと鷹城はただのスイッチなのか、それとも何かをねじ込んでいるのか、だな」

「ブースト・・・」

鴨目が神妙な顔でつぶやいた小声に井幡はすぐさま噛みつく。

「何か言ったな。今、言ったな。ちゃんと言え」

「ふんとに耳が良いなあ、みぃちゃんは」

「みぃちゃん言うな」

「言えって言ったり、言うなって言ったり」

「もうそれは聞き飽きた。毎回同じ手で誤魔化そうとするな。知ってることがあるなら言え」

「コメディだ・・・」

勇一が聞こえないように突っ込んだその時、勢いよくドアが開いて白衣の女性がずかずかと入ってくる。技術部の双次ふたつぐだ。

「いよっ呼んだ?」

「さすが早いねぇ」

鴨目が手のひらを掲げ、井幡がふんっと鼻息荒く睨む。全くコントとしか思えない。

「なんの騒ぎなの?どこも人だらけだよ」

「いいわねー呑気で。危機一髪だったのよ~。呼んだのはさ、なんて言うか、ブーストなんだけどぉ」

「んあ?・・・・聞いたことあるぞ。なんだっけ」

抑揚の乏しい独特なイントネーションで、下唇の真ん中に人差し指を当て首をやや傾げ、記憶を探るポーズの双次。

「ああ、もしかもしか鳳レポートのってこと?」

鳳レポート。長く対策隊にいれば何度かは耳に入る名称だが、ほとんどの者が中身を知らない。いかにも格好良さげな呼び名と共に預言書めいた怪文書だという悪名が付きまとい、よほどの物好きでなければ興味を持たないからだ。

「ブーストかあ。ずっと昔もいたらしい、みたいな?お、キミはこないだのウルトラ少年じゃないか。さてはキミの能力ってことかな?」

風変わりな言葉遣いで平坦に喋る。感情の読みにくい人物なのだが意図的にそう振る舞っている節もある。鴨目が簡単に説明する。

「そんなわかりやすい話ならいいんだけどね。これは鷹城勇一くんね。まだ可能性とか、疑いとか、そういうレベルよ。とりあえずアプリケの解析をお願いするわ」

「実験しないの?目で見んことにゃ調べんことにゃ」

「副作用があるっぽいのよ。おいおいね」

「ちっ。人権擁護かよ」

井幡は額を押さえて首を振っている。問題児に対するあからさまなジェスチャーと言えよう。鴨目は保育園の先生よろしく手を叩く。

「はいはい。わからないなりに方向性は見えてきたわ。舞鶴さん、鷹城くん。アプリケ没収ぅ~。出して出して。後はぐっすり寝てねー」

お気楽お姉さんの晴れ晴れ笑顔をどう受け取ったのか、鈴香が首元にあるファスナーの引き手をつまむ。迷いなくその手を下げ、黒のボディスーツに白いクレバスが生まれる。

おそらく誰であっても予告なしにその瞬間に立ち会えば、即座に目を背けられるかどうか怪しいだろう。勇一も心の底から驚いて、同時に凝視する自分の目を閉じることも逸らすことも気が回らなかった。つまり、ガン見である。それは正面に立つ鴨目にも言えたが、そこは常に勇一を気にしている鈴香。もう手は臍の下まで降りているのに、勇一の目線に気付いて「えっち」と肩をすくめ両腕を寄せる。その行為はいっそ逆効果だ。わざとなのかもしれない。二つのふくらみがスーツの外に押し出されようとしている、あと一瞬もかからないだろう。

勇一の眼前に手がにゅっと出て、頭を掴みぐるりんと捩じる。アクション映画なら即死のあれだ。手の主はもちろん井幡。

「お前らなー。わざとか、わざとなのかぁ~?私を怒らせたいんだな~!」

こめかみを万力に挟まれた勇一は「ごめんなさい」としか言えなかったが、怒るなら鈴香のほうで少なくとも同罪であって謝る理由などないと、この部屋にはいないどこかの陪審員に訴えた。

その後はいっそ微笑ましい光景と言ってよく、部屋の隅っこで鈴香を取り囲んだ3人がスーツからアプリケを抜き出し、勇一は反対の隅で背を向け上半身をはだけている。振り向かないように後ろ手でアプリケを差し出す勇一。

「もういいよう」

桔梗のぬるい言葉がかかるが、とても振り向く気になれない勇一である。双次の手にあるアプリケを見つめながら井幡が言う。

「北条は確か同室だったな。これ以上の適任者はいないな。舞鶴がいつ頃回復するか、見分できないか?と言っても今日徹夜は酷か・・・ん?今夜はいいのか」

「明日ですよね。頑張ってみます」

「それと、舞鶴と鷹城。当分の間、接近禁止令だ。3m以内に入るな」

「わかりました」

返事をしたのは勇一だけ。鈴香はやや遅れて質問する。

「あのぅ~、勇一くんの部屋に行っちゃダメですか?夜ごはんとか一緒に食べたいなー」

どっと肩を落とす井幡。

「あのなー。気のすむようにしろ、泊まってもいいぞ、などと言うと思うか?もし夜這いなんぞしてみろ、特別訓練棟に卒業まで閉じ込めてやる。それでもいいならやってみるがいい」

「こらこら、挑発しないでもらえるかなあ。それでもしあの大砲が宿舎を破壊するようなことになったら、お姉さんの手に負えないからね。もうここにいられなくなっちゃうよ。よろしくねえ」

鴨目が仲裁するような口ぶりながら追い打ちをかける。アヒル口になって目をうるうるさせている鈴香を勇一が遠くからなだめる。

「あー、えと、俺の部屋には料理に使う道具や食材も何もないから。また今度にしよ。舞鶴さん」

「鈴香!」

「へ?」

「鈴香って呼んでって言ったもん。さっきと2回目だもん」

井幡に習って、しかしその倍は肩が落ちている勇一。しぶしぶ改めてなだめる。

「鈴香。今日はいろいろあって疲れたでしょ。おうちに帰って休もうよ。また明日会おう、な」

「ぶーー。じゃお弁当作る!」

「3mな。北条、間に入れ」

「うぇ!いやだよう。あちしが作ったみたいになるじゃん。ダメダメ」

両手を体の前で振り回し、拒否をアピールする桔梗。勇一も不憫を同情する。

「あー、でも明日は朝から研究室に行ってほしいかな。悪いけど検査はしておきたいの。それでいい?理子」

鴨目が双次を呼び止める。アプリケの裏表をひとしきり眺めた後ケースに収めながら部屋を出ていこうとしていたところだ。

「実験できないのに?」

「そりゃ直接はダメだけど、調べることはいっぱいあるでしょ。もちろん、二人別々でね」

「ふむ。していいならすぐにでもやりたいんだけど。ダメかね検査」

鴨目は司令だ。学生に対しても必要とあれば命令としてその通りにできるだろう。訓練後で3人は疲れているだろうが、調査を急ぎたいのも切実なところだし、さて日常に放り出していいものか不安も感じている。二人を順に見て、勇一の肩口に顔を寄せる。

「どうする?無理言える?」

小声だ。井幡になのか、鈴香になのか、聞こえないはずはないが。その唇に鼓動が跳ねる勇一。さほど赤くない自然な色合いの口紅が真っ赤に見え、どぎまぎしつつも平静を装う。

「あ、あえーと。個人的にも検査は必要だと思います。体にも異常があるとしたらちょっと怖いし。あと、今自由にされても舞鶴さんをなだめきれません」

同じように小声で答えながら、目線を逸らせるついでに壁の時計を見る。3時を少し過ぎたところだ。寮にひきこもるには日が高すぎる。

「私は全然平気ー!」

桔梗がおどけている。自分は関係ないことが分かっていて、これだ。

鴨目は鈴香の正面に移動して、胸を張って言う。

「お弁当を許可します!手が届かない距離なら二人で食べてよろしい。その代わり、この後と明日は検査を受けること、今晩は接触禁止。よろしい?」

「はい!」

満面の笑顔の鈴香。やれやれとまたも額に手をやる井幡。



病室とは明らかに違う大小さまざまな機材に囲まれたベッドに横たわる勇一。検査と言っても寝ているだけで、何度かセンサーで体をなぞるくらいだった。

双次と二人の白衣がアプリケの情報と照らし合わせながら、しきりにあちこちの機材と相談している。

二つの部屋を使っているため、行ったり来たりが忙しそうだ。そんなこんなの3時間余りで、ともかく勇一は解放される。何かしら双次と頷き合った白衣が勇一に告げた。

「舞鶴さんはもうちょっとかかるから、先お帰りなさいな」



ずいぶん久しぶりのような更衣室で制服に戻し、一人きりで列車に乗り学校へ着く。どうせ明日も検査だし、と教室へは戻らずそのまま正門へ向かう勇一。

「疲れたー」

思わず洩れた心の叫びに後ろから声がかかる。

「お疲れさまでした」

「ん?あ、鳩宮さん」

「あ、急にすみません。当直訓練、大変だったようですね。本当にお疲れさまでした」

鳩宮すばるが丁寧にぺこりと頭を下げる。

「いやいや。みんなも招集があった?」

「ええ。6年生には出動準備の指示があったみたいですが、私たちには準待機の通知があっただけで普段通りの訓練でした。もう寮に帰った者がほとんどです。申し訳ない限りです」

「そんな。気に病むことないよ。皆ができることをやっただけだから。でも鳩宮さんは今帰りなの?」

「あ、ええ・・・。私は自習のつもりでつい長居してしまったもので、先ほど職員室で伺いましたら舞鶴さんと鷹城さんは遅くなると聞きました」

なぜか少しだけ目を逸らせながら話すすばる。

「ああ、そりゃゴメン。って俺が謝ることじゃないけど。責任感出し過ぎだよ鳩宮さん」

「すみません。あいえ、たまたまですし、性分なもので」

二人とも笑顔に力がない。わずかな沈黙の後、勇一は飲食店やスーパーがある通りの方角を指差しながら足を出す。

「じゃあ俺はあっちへ。今日はいつもと違うものを食べたい気分なんだ」

「あ!」

「ん、どうかした?」

「いえ、・・・何でもありません」

「ふーん。えーと、一緒にご飯する?」

「え?え、えと、よろしいのでしょうか」

「そりゃいいよ。下校途中に女子と寄り道。ご褒美じゃん」

「そういうものなのでしょうか。いえ、あの、実は、今日は寮の食堂が大変なことになっているはずなので・・・」

「へー。そなの?」

「あ・・・では、お言葉に甘えさせていただきます」

再び深々と頭を下げるすばる。

緊急時に寮と学校の食堂は臨時待機施設になるのだ。鴨目は特別シフトと表現していたが、勇一は先週の事件の際、島に到着した当日のごたごたで司令部に泊まったため居合わせていない。臨時待機と言っても正隊員でない者に即、臨戦態勢と言うほどはない。訓練も兼ねた非常時のマニュアル対応のようなものだ。戦闘後に井幡も言っていたように、帰宅して寝るのも仕事だ。帰宅に無駄がないのも利点である。ただ、それゆえに、こういった事件があった時は反動的にお祭り騒ぎとなり有志のスイーツマラソンが恒例行事になっていると、すばるが話して聞かせる。ちょっと苦手なんですと笑いながら。


ファストフード店を見つけ、学校行事や同級生の特徴など他愛のない話をしながら食事をして、また並んで寮への道を歩く。陽も沈み、寄り道と呼ぶには遅い時間かもしれない。

勇一の手には、寄り道の寄り道をして買った食材の袋が下がっている。すばるの買い物だ。ひとしきりおしゃべりも終えて、ふうとため息を吐くすばる。

「私、男の人とこんなにおしゃべりしたのは初めてです」

「あー、そうなんだ。でもこの環境だったらそれほど不自然なことでもないと思うけどな」

「あ、いえ。男の人という以前に、そもそもおしゃべりが苦手なのかもしれません、今日は自分でも不思議に思っているところなんです。それに、これまでのクラスでも男の人がいなかったわけじゃないんですよ」

「へぇ。じゃ、波長かな」

「・・・電波ですか?」

「危ない人みたいに言うなよ」

「え?電波は危ないんですか?」

「噛み合わねー」

からからと笑う勇一と、そんな不思議なやり取りが呑み込めないまま、それでも楽し気なすばる。

一度話が途切れると新しい話題がなかなか出てこない。黙って歩く二人。街灯の下を女子と並んで歩く勇一は自分の心臓の音が聞こえてくるようだ。それはすばるも同じかもしれない。

勇一は横目ですばるの顔を見ると、何気なく鈴香のことが思い出された。謎の発砲とやらのせいで急接近する羽目になったけれど、すぐ傍に今は違う女の子がいる。女性ばかりの環境に入って2週間。こんなに早く慣れてしまうものなのかなあ、などと変に客観的なってしまう。もう検査は終わってるだろうか。

「やっぱり持ちましょうか?お疲れでしょう」

「大丈夫だよ。みんなが戦ってる間、防御しかしてなかったんだから。なんていうか、疲れたのはその後の、あれやこれやのほうで・・・」

「そうなの・・・ですか?」

あははと力なく笑う勇一。ため息が混じっている。明日は何事もありませんようにと願っているようだ。

通りを離れ寮への道へかかると、もともと少なかった人波もぱったり途絶えた。

「暗いですね」

「うん、・・・おかしくない?」

島の生活エリアはどこも街灯がある。その街灯がなぜかその先の細道だけ消えている。しかし暗さは街灯のせいではなさそうだ。背後の通りも、さほど高くない建物の上も街の明かりが届いていて、すばるの顔もしっかり見える。なのに、遊歩道の先はその向こうにあるはずの公園の入り口さえも暗い何かに遮られるように何も見えない。

「停電・・・だよね。ゲームとかでよくある森の入り口みたいじゃない?」

とても嫌な感じがして、不安をごまかすようにとりあえず楽観的な言葉を選んでみる勇一。

暗闇に何かいる。

「!」

「ゲームがどのようなものか存じ上げませんが、・・・鷹城さん、誰かいます」

「うん。たぶん、誰か、じゃないと思うよ。退がった方がいい」

人の影じゃない。もっと大きい。いや、実は見えていない。暗闇に黒い影。威圧感というか、大きな何かを感じるのだ。そんな第六感みたいなものは持ち合わせていないはずの勇一も、これが思い過ごしならどんなにいいかと、背中に冷たいものを感じる。

1歩ずつゆっくりと後じさりする。できることなら後ろも確認したいが、目が離せない。

「グルルルルゥ」

「ヤバくない?」

ありとあらゆる事態に驚いてばかりの勇一が、精一杯平気なふりをした。


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