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共感戦隊ミラクル○△□  作者: 村菜琴内代
5/8

現場!体験!

午後の訓練時間が近づいて、集合場所へ向かう勇一と鈴香。結局何のかんので職員室を出ても一緒に行動していたが、二人ともそれぞれ考え事の方に気持ちが寄って、互いを敬遠していたことも頭の隅っこから消えてしまい、しかし会話もやはりなかった。

そうして無言のままぽつぽつと歩く二人を桔梗が見つけ背中を叩く。

「よっお二人さん。今日はご一緒するよ」

「あ、梗ちゃん」

「おっす。こっちへ用事?」

「やだなービギナーくんは。ちゃんとメンバーリストを見ときなよ」

「梗ちゃんも一緒の当直だよ」

「へー。あれ?そう言えば舞鶴さんは先週も当直やったんだよね。そんな頻繁にあるの?」

「あーあれは欠員があったんだよ。6年が何人か行事で外せなくて」

「で、射撃スキルで一目置かれてる鈴香ちゃんに一番に声がかかったってわけ。私は今日がデビュー~~♪」

くるくる回る桔梗。職員室での珍妙なやり取りのせいか、鈴香と普通に話せていることにほっとする勇一。無駄に元気にふるまう桔梗の気遣いが心強い。

「じゃ、デビュー同士よろしくな、桔梗」

「おうおう!よろしくされたぜ」

桔梗はやけにはしゃいでいる。鈴香がいつも通りなのがよほど嬉しいらしい。その鈴香はくいと首をかしげて二人の顔を見比べる。

「ん?鷹城くんは梗ちゃんのこと呼び捨てなの?」

「そだよ」と桔梗は勇一の返事より先に返す。

「本人の希望だ。やむをえん!」

スキップするように桔梗は鈴香とは逆側の勇一の腕を取って、しがみつく。桔梗の薄い胸肉でもほわんとした感触が腕に伝わり、勇一はどぎまぎしつつも両手に花状態。

鈴香は桔梗の憑りついた腕と空いている手前の腕と見比べて、何事か考えている。

「・・・・」

「あの、舞鶴さん?急に黙らないでくださいませんか」

「鈴香ちゃん、やきもちはダメだよ」

「・・・・いや!何でもないから。何でもいいし!関係ないし!」

ぷりぷりしながら早足になる鈴香。勇一と桔梗は顔を見合わせて、互いのほっとした表情を確認し合い笑顔になる。


向かう場所は訓練棟の端にある地下ホーム。地下といっても深さが3mほどの溝に着色樹脂で蓋をしただけの、ただの穴だ。そこを列車が走り司令本部と繋がっている。これがまた、列車といってもジェットコースターとしか思えないバスタブの乗った台車に車輪と椅子を取り付けた屋根もない乗り物だ。平たく言えばトロッコ列車。50人ほどを一度に運べる車両が2編成、行きと帰りのレールを両端で繋いで輪っかにしてある線路をぐるぐる回っている。片道は5分。停車1分で6分間隔の無人連続運行だ。

司令本部から乗ってきた5、6人が下りた列車に、勇一たちが乗り込む。そこへ、駆け込むように井幡がやってきて、包みを突き出す。ふうと一息吐いて、かなりの距離を走ったらしい。

「間に合った。お前のスーツだ」

「あ、そういえば」

普段の訓練は適当にスポーツウエアを使っていてそれに慣れてしまっていたが、任務の一部とされる防衛待機は制式装備が通例だ。それぞれがすっかり忘れていたのだ。井幡は案外そそっかしいのかもしれない。

「そうかー、まだたった1週間だもんね。編入生はいろいろ大変だ~」

毎度ながら桔梗が茶化す。同じ列車に乗る30人ほどは勇一以外、皆女性だ。両手を腰に見送る井幡のせいもあって、妙に目立ってしまいちょっと恥ずかしい出発だった。

たいした速度ではないが、むき出しの疾走感はかなりの代物のトロッコ列車で、5分などあっという間だ。

列車を降り、訓練校とは全く違う雰囲気の司令部に緊張する勇一。最初に来たときの事務所然とした区画とも大分違う。

「勇一くん、リラックスリラックス」

「桔梗はドキドキしないのかよ。デビューだろ」

「いや、中学部でも見学はちょいちょいあるし。申請出せばいつでも見に来れるし」

「くそー、俺だけか!」

待機室へ続く通路を歩く3人を、同じ便で来た女子たちが横目で見ながらひそひそ話をしている。くすくすと笑っている者もいる。少し気恥しくなって黙って歩くことにする。

ブリーフィングルームの入口にはコンソールがあり、先を歩く女子たちは腕の端末をかざして「ピ」を鳴らしている。出席確認を含む本人認証のためだが、認証しているのは端末ではなく紐付けてあるアプリケの方である。司令部内の他の場所ではゲートを使って自動的に認証しているが、ここだけは敢えてコンソールを設置し授業に出席しているという意識付けをしていた。勇一も腕を怖々近づけ、「ピ」、ほっと安心。緊張から完全にビビリである。中はわりと広めで既に10人以上が待機しており、正面のデスクには退屈そうに座って壁の時計を眺めている制服の女性。

一緒に来た残りが入室すると制服女性はもう一度時計を見て立ち上がり、全員を見回す。数えているようだ。

「揃ったようね。今日の指導は私、南准尉です。今日が初めてのものは?」

右手のひらを学生の側へ向ける。ぱらぱらと手が上がり、10人くらいだろうか。勇一と桔梗も顔より少し上に右手を出す。

「はい、しゃきっと挙げる!リストだと12人のはずなんだけどねー。はい、いますね。よろしい。では、ちょっと重要な話をします。先週ジオビーストとの戦闘がここであったのは知ってるわね。開示保留としてあった交戦記録がほどなく発表となります。皆さんにはここで通知します」

ざわざわと場が騒ぎ始め、改めて准尉が右手を上げる。

静かになって、顛末を話し始めた。干渉観測から予知検証、界幻、出動。その日その時間はたまたま20人以上の正隊員がこの分室を離れていた。そして連続して3体のジオビーストを確認。防衛の訓練生の奮闘、そして・・・。

「謎の発砲です」

確かにそう言った。勇一と桔梗、そして鈴香は胸の中に同じ疑問を抱きつつ、最後まで聞く。

「以上のような事態にあたり、防衛任務の実技演習は先日から人数を増やしています。今後は30人から40人で実施し、また、5、6年生の比率も増やす計画です。この訓練課程の目的はより実践的な待機任務と発進行程の習得ですが、こと有事にあたっては本島への被害を最小限に抑えること、現場感覚の獲得にあります。今回のような事態が頻出するとは想定していませんが、無論、ないとも言えません。任務の性格上、安全は約束できませんが、定石どおりにあたれば十分に全うできる務めだと考えています」

全員を見回して、「何か質問は?」

その場にいる誰もが真剣な面持ちで准尉に注視していた。一言も発さない。勇一とて、さすがにここで切り出す度胸はなかったが、同時にこれまでとは別の疑惑へと変わっていくのを感じた。

准尉がどこまで知っているかは分からないけど、舞鶴をはじめ幾人かはある程度見聞きしている。なのにまだ≪謎≫で通そうとするのは、本当にわからないことの方が多いからか、あるいは最後まで隠し通す気なのか。可能性で言えばいろいろあるけど、考えてみれば別に俺は探偵じゃないしなあ。結局のところ、舞鶴に何もないことを祈るしかないのかな。

緊張でがちがちの見た目よりはほんの少しだけ能天気な勇一の性格は、過分な悩みをちょっとだけ隅っこに追いやり、まだ、彼自身を、これから起こることも含めて第三者に過ぎないと思い込ませていた。

「では6分差し上げますので着替えてきてください。はい!」


男子更衣室に入るのは一人ぼっち。ついさっき受け取った黒のスーツにアプリケを装着。ずばっと脱いでばばっと着る。女子のものがそうであるようなぴったりしたボディスーツかと思いきや、少しだけゆったり感のある、それでも関節の各所はズレない構造になっていて、想像以上にフィットしている。初日に次々と変なポーズを取らされたのはこのためだった。アプリケに指示を出すと胸から肩と腰、足にプロテクター、拳にナックルガードが装着される。これで終わり。急いでブリーフィングルームに戻るとどうやら一番だった。

「さすがに男子は早いわね。えらいえらい」

「あ、はは、どうも」

教官からじろじろ見られている気がして居心地が悪く、初めて着るスーツでもぞもぞしてしまう。ほどなく固まりになって女子が戻ってくる。6分と微妙なリミットを与えられたがまだ3分ほどだ。

女子のスーツは着るのに多少時間がかかる。服を脱ぐ手間や簡単な身だしなみが差に出る。慣れていれば別だが、制服の下に着てしまう者もいる。それでもある程度の時間を与えているのは制服を畳んだり、髪の毛を邪魔にならないように整えたり、あくまで学生としてそういう指導になっているためだ。

学年ごとのグループで座り、点呼が行われる。4年生は勇一を除いて15人。上級生が22人。黒、緑、紺など濃い色のぴっちりボディスーツ37人に取り囲まれ、居心地の悪さはぐんと増した。いっそ3万7千倍。

勇一の前に座った違うクラスの女子は髪をアップにしているので首の後ろがよく見える。スーツはきれいに肌と密着しており、プロテクターで隠されていない箇所は不自然なほど体の線を強調していて、目を落とすとお尻は、まんまお尻だった。

横から桔梗がニヤニヤして見ていた。勇一ははっと気が付いて苦笑いでゴメンして、教官の顔だけを見ることにする。ふと、何で津軽が嫌われているか想像がついた。

正面では、ほんの数秒目を離しただけだと思っていたのに、教官も装備を展開していた。早業だ。

「えー、最後の者が着替え終わったのは4分30秒です。4年!次回からは3分以内だから、よろしくね。これも訓練。で!正隊員でスクランブルとなれば発進まで1分以内です。今は自分と仲間の装備をしっかり確認する。雑じゃダメよ」

勇一はさりげなく自分の腰回りをチェック。どこもおかしくないだろうか。ニヤニヤを続けている桔梗も勇一の肩から足元まで舐めるようにチェックして、親指を立てる。サムズアップ。いや、そんなにいいもんじゃねーよと口だけ動かす。

目に入ったのでお返しとばかり桔梗のスーツを確認。女子のスーツはいろいろなタイプがあるが、桔梗のそれはやや紫がかった半袖半パンといったスタイルで腕と足が素肌だ。すると、胸元に手を当て、いやんと言う。おい!

一方の鈴香は腕も足もすっぽり隠れている真っ黒の全身タイプだ。横目で素早く見た男子の視線に気付かないはずはないが、鈴香は何の反応も示さない。

その間も准尉の話は続いていた。

「・・・に任せます。4年生は20分ごとにコールを出すので、2分以内に発着場に集合。編隊発進と防御陣の編成、隊形を訓練します。2回目の子は2回目らしいところを見せてよ。では、待機に就いてください」


つまり20分ごとに模擬出動がある以外は普段の自主訓練と変わらないというわけだ。もちろん、自由にあちこち移動してしまうと2分で集合できなくなる。

とにかく自主訓練。勇一は隣の部屋に並べてあったウエイトトレーニングのマシンを使うことにする。遠くまで離れることに不安があったためだが、なんとなく鈴香と桔梗もついてくる。

「勇一くんって着やせするタイプかねぇ」

桔梗が後ろから感想をぶちかます。

「あんま見んな」

「腕とか足とか、結構筋肉ががっしっとな!」

「頼むから桔梗、俺がそっち直視できないの、からかってるだろう」

「いいんだよぅ。勇一くんにはボクたちの魅惑のボディをオカズにできる絶好のチャンスだようぅおぅ」

「舞鶴さん、桔梗を止めてくんないかな」

「・・・・」

鈴香は黙ってマシンに座るとがちゃがちゃとトレーニングを始める。勇一と桔梗は顔を見合わせて「おや?」と首を傾げ、まあいいかと各々別のマシンに乗る。


そろそろ20分が近付いたころ手首の端末からコールが響く。ぴったり丁度と言うわけではないようだ。耳のインカムを確かめながら走る。発着場までは30秒とかからない。4年生16人全員と、適宜呼び出される上級生、今回は14人の合わせて30人が整列するのに1分もいらなかった。

「ん。上出来ね。じゃあ最初は説明から」

発着場からは海面が見えたが、海上に突き出しているわけではなかった。なだらかな傾斜になっていて、柵の向こうに浮島の端っこがある。落ちてもちょっと痛いくらい、いや、かなり痛いくらいだろう、が死にはしない、はずだ。

隊列を組む場所、形、それぞれの位置、受け持つ役割と動く時の約束事、おさらいのように早口でまくし立てるのは、勇一以外は座学と合同実習で教わっているからだ。

「ああっと、一人男の子は飛び入り参加だったね。君の動きは大目に見よう。気楽に。じゃあともかくやってみようか」

勇一を除く全員は、待機任務に差し支えなしとお墨付きをもらっているのだから飛び立つ姿も軽やかだ。軽くジャンプする者、いったん浮き上がってくうを蹴る者と、端から順に飛び立つ。桔梗と鈴香に挟まれた勇一は不安丸出しで目が泳いでいる。

「大丈夫だよ、勇一くん。って、飛ぶとこ見たことないけど」

そう言ってニシシと笑う桔梗は勇一の手を取り、浮かび上がる。エスコートされる形になったが、体が軽くなった気がして練習してきた通りに床を遠ざけるイメージ。ふわりと離陸し、なめらかな加速。

「おおっ、ありがとう桔梗」

「どういたしまして」

手を放し、先行する仲間へ急ぐ。下を見ると、もちろん鈴香もついてきている。

既に隊列を作りつつある女子たちの下へ、目指す位置取りで何とか止まる。ふらふらせずに止まるのもなかなか集中力が必要だ。

3人の教官が一人一人の位置を修正しながら助言をしている。一人が勇一の前でぴっと止まって舐めるように全身を見る。

「男の子がいると頼もしいなあ。上と左右をちゃんと見てね。防御幕を強めるときは顎を引くといいと思うよ。集中集中」

やさしい笑顔で指示をして隣へ移動。勇一は左右を桔梗と鈴香に挟まれているので上を見る。肩幅に開いた足の間にボディスーツが見える。それは両足がむき出しでハイレグじゃないが、じゃあローレグとでも言うのか、ワンピース水着のようである。

下から覗く男子に気付いたその娘は動じるでもなくニコッと笑顔を向け余裕しゃくしゃくだ。上級生なのだろう。

「この角度で女性を見ることはあんまりないよなあ」

なんとなく口に出てしまうが、桔梗の耳は鋭いようで、やっと聞こえるくらいの小声で茶化す。

「男の子には刺激が強いかな?密集陣形だと触れ合っちゃうよ、鼻血だよ。」

「なっ」

思わず桔梗の顔を見てしまう。そんなお勉強はしたことないぞと訴える。

「よーし。そのままキーーープ!」

南准尉が腕の端末で時間を測る。


指令室。明るい色の壁と無機質な機器類に囲まれたそこは観測室も兼ねた司令部の目と口にあたる。指揮官と6人のオペレータが常駐し交代で稼働する。この本部基地島には同じような指令室があと2つあるが、司令部分室に置かれたここは本島を守る防衛の要であるため最も充実した設備を備えており、索敵と予知は最重要任務だ。

オペレータの一人がモニタに映る点を見つけ首を傾げる。隣の席のモニタに首を伸ばし、見比べながら話しかける。

「これ、変じゃない?」

「変?・・・・はー、ノイズ、かな?」

「小さいけどはっきりで、点いたり消えたり。そっち映ってないよね」

隊編成の組み直しに頭を悩ませている司令補の一人、指揮官席のジョシュ・ワーレンはひそひそ話に気付いて、眉を上げる。

「そこ、こそこそしない。何事?」

「はいっ失礼しました。不明瞭な干渉を受信しました。検証に回します」

「ん。こっちにも見せて」

「はいっ直ちに!」

ワーレン司令補のデスクに映ったその点は、確かに明滅していたが、ふむと考えを巡らせていた刹那、一転不明瞭どころではなくなった。点は大きく輝くほどに膨らみ自動的に警告画面に切り替わる。明かに干渉臨界だ。すぐにも界幻するだろう。顔を上げ、指示を飛ばす。

「アラート出せっ!体制シフトDからCへ。界幻予知開始して!周辺監視、密に!」

インカムに叫ぶその間に画面の点は5つに増えていた。顔の筋肉がぴくぴくと動いてしまう。まだ距離はある。シフトをBにすべきか?司令を呼び出さねばならないとワーレンは端末を操作する。


時計表示から目を上げた南准尉は30人に指示を出す。

「よし。楽にして。割ときれいだね。発進順にデッキへ帰還。整列!」

一人二人と下降し始めたその瞬間、けたたましいサイレンが響く。全員の動きが止まる。続いてアナウンス。

「スクランブル。D級もしくはC級と見られるジオビーストを予測。216隊、212隊、出動してください」

放送と同時に全員のインカムにも同じ通知が届く。

南准尉はもう指令室と状況の確認をしている。すぐに地上に残した8人に発進の指示を出す。皆上級生だ、中には実戦経験のある者もいる。

「みんな。さっきの今で悪いけど実戦になった。非常措置につき、指揮は私が執ります。要領は分かるね。練習通りでいい。ブロッカーは前列!他は後列で普通防御陣。はじめ!」

叫んだあと、すうっと勇一の元まで飛んできて腕を引っ掛け陣の後方へ誘導する。

「君はここね。降ろしてやりたいけど、スクランブルの邪魔になる。ここにいて。あと、もし防御網に穴が開いたら後方でいいからできるだけ防御に協力すること。あ!銃は出さないで、前の者も不慣れだからね」

早口で、しかし念を押した後、にこりと笑って前列の中央に構える学生に戻り、寄り添い打ち合わせを始める。

勇一は不安を隠すこともできず、きょろきょろと見まわしてしまう。陣形の両端に立つのは教官なのだろう、そこに合わせて先ほど並んだ間隔よりやや広めに、それぞれが位置を調整している。

中央に目を戻すと准尉と数人の学生、その中には桔梗もいた。ブロッカーだったのか。

桔梗は隣の上級生にお辞儀をしている。微笑ましい光景だったが、その実、薄い青色のとても大きな幕が彼女の前方に広がっていた。

勇一も連日の詰め込み学習で覚えたそれは、吸収型の防御幕だ。

能力の中でも特に防御に秀でた者はブロッカーと呼ばれ、中隊に組み込むことで絶大な防御効果を発揮し援護支援部隊を守る。ブロッカーに任じられるには一般的な防御の10人前相当を賄う能力が必要だ。緑がかって見える一般的な防御幕は弾いたり分散させたリして自分と味方の被害を軽減する。そして、この青色の防御幕は攻撃を吸収し別のエネルギーに変換して放出できる希少な能力だ。弾かずに熱や光、あるいは全く別の何かに変換して発散できるため、周囲の、特に敵味方の間を飛び回る突入隊にとって後ろを気にしなくていいありがたい援護だ。過去の適応者にはこれの応用でジオビーストを撃退した者もいるというが、詳しく伝えられていない。

短いやり取りが終わると6人のブロッカーは距離を開け、准尉と話していた学生も緑色の防御幕を展開した。桔梗のものと変わらない大きさだ。その2面の幕を中央に、基地本島を守る。

島は、当然ながら防御陣の幅よりはるかに大きい。防衛隊本部基地の性格上、島自体にも複数の適応者の手により防御幕が張られている。巨大さゆえにどうしても薄くなってしまうものの、防御幕に対して浅い角度での命中なら弾くことは十分に可能なのだ。つまり、防御陣の役割は正面からの直撃に対して貫通を許さないことにある。

今、勇一の前にある防御陣はあの日地上から見た数倍の広さをカバーしていた。そういえばと鈴香を探してみると、最上部中央近くで手には銃を持っている。射撃禁止は一時解除になったのだろうか。鈴香は銃撃のエキスパート、桔梗は守りの要。二人の堂々たる姿に感心しながら、その後ろで守られている格好の勇一は歯がゆい思いで苦虫が苦い。なるべく邪魔をしないこと、できることを探すこと、これも訓練のうちだと身構え、まだ見えない敵を睨みつける。

耳のインカムに新たな通知が響く。

「界幻予知、2分後です。数!C級1、E級4!」

隊列に明らかな動揺が走る。一度に5体なんてありえない。一人のつぶやきが勇一の耳に届く。

足元を4人と、5人の隊がものすごい速度で飛び去って行く。正隊員の迎撃だ。


「これではっきりしたって言えるわね」

指令室に入ってきた鴨目は壁のモニタに目を走らせつつジョシュに並ぶ。

「ここが狙われ始めたと?」

「もちろんそうだけど、界幻そのものがね。何者かの画策で出現させることができる、ってこと」

「3体、5体と続けば疑いようがない、か」

「これまで偶発的だと信じられた来た界幻が、明確な悪意をもつ者の意図によるものだと、まあ確証よね。眩暈がするわ」

「議会がうるさくなるね」

「今言わないで。滅入るから。とにかくアレを何とかしてからね」

オペレータの声が指令室に響く。

「界幻します。4、3、2、1、出現!C級1体」

「212隊、現在位置は?」

別のオペレータが迎撃隊に呼び掛ける。

「212隊、目標を確認。あと10km。ナメクジっぽい・・・ぞ。迎撃準備ヨシ!」

「216隊、あと25km。奈々ちゃん速過ぎ~」

「212、迎撃任せたよろしく!216隊は転進して。E級の予測位置へ!足止めをお願い。増援を出します」

「212、了解!」

「216、了解。あたしナメクジ嫌~い」

鴨目が部隊の分散を指示する。ここに来るまでに司令本部に待機している足の速い隊に出動を命じておいた。撃退は当然だが、敵がどう動くか読めない。まずは合流を防ぐ算段だ。対策隊は複数のジオビーストを相手にした想定になっていない。そんな経験などあるはずもない。あちら側の意図は分からないが、たとえ裏目に出てもできることの方を優先したかった。

「E級界幻します。4、3、2、1、出現2体。続く2体はおよそ70秒!」

「こちら212、ナメクジと接触。ゆっくり本島方向へ動いてる。攻撃開始する」

212隊の隊長、七皆ななみな奈々実は姉御肌でエース級の実力者だ。これまでジオビースト6体の撃退に参加している。面倒見の良さと目上の者に接する態度が後輩のお手本となっていて、上官からの信頼も厚い。

「七皆さん、最低限、足止めを。できたら倒して頂戴」

「そのつもりですよ。まだ千絵に大きな顔をされたくないですからね」

「216、接触。攻撃に移ります。ひどいよ奈々ちゃん。もうちょっと信頼してくれてもっ!」

七皆とジョシュのやり取りに軽口で割り込んだのは山鶫やまつぐみ千絵。七皆の後輩だが大の仲良しで少し前までは七皆の隊のナンバー2だった。続けて一次報告を入れる。

「2体は別の姿です。1体は類型3型ね。トカゲ。もう1体はだるま、かな。二つの球体がくっついてる。一撃入れてみます」

「気を付けてな」

「こちら212、手応えが薄い。反撃も鈍いが、こりゃあ時間がかかりそうだ」

「慎重に行っていい。まだ残り2体がある。楽には行かんさ」

ジョシュにも様子見の姿勢が伺える。口調もいつもより増して柔らかだ。オペレータが再び叫ぶ。

「界幻まであとわずか。あ?ウソ!転移!転移です。残り2体の予測位置、転移します!」

指令室にどよめきが起こる。

「また・・・」

普段であればやさしいお姉さん風の鴨目の顔が苦虫を噛み潰す。1週間前の襲撃でも1体は予測位置を直前で転移した。防衛隊が砲火にさらされたのはそのためだ。あの時は誤差とか誤認とか理由を探ったものだが、どうやら違ったらしい。

多くの場合、干渉が観測されてから界幻まではいくばくかの時間がある。極端な例外では3日後の界幻予知が出たことさえある。なのに、今回と前回は10分とかからない急展開。さらには予測の裏を突く欺瞞。鴨目の胸の内で不安が膨れ上がる。幻獣退治を単純作業などと思ったことはないが、それでもこれほど予想外の事態が重なれば、自身の経験だけで軽々に判断していいものか迷いも出てくる。

「予測位置修正、北東7km!」

「このままじゃダメかも・・・・」

「え?」

鴨目の小声が聞き取れなかったジョシュが問い返す。

「あ、弱気はダメね。これくらいは対処できないと」

ジョシュに対し強い口調で宣言し、目頭に力を込める鴨目。指令室にカウントダウンが響き渡る。

「2体、来ます!2、1、界幻!」


インカムに届くオペレータの声に防御陣の緊張が高まる。

ジオビースト2体は1秒の間も置かずほぼ同時に界幻した。遠くに点々のように現れたそれはまだ数km先だが長射程の銃撃なら届くはずだ。お椀を伏せたような半球にぼこぼこと突起が付いている、ように指揮を執る南の目には映る。海上数mでもぞもぞしたかと思うと、こちらに向き直りゆっくりと移動を始める。浮いているせいか、その動きも速くは見えないがそれでも数分とかからないだろう。准尉は前列のやや上で右手を水平に伸ばし、待て、の指示。2つのお椀は初めは離れていたが、次第に寄り添うように近づいて、並ぶ。

腕の端末に表示される簡易情報が残り3kmを切ったのを合図に准尉の手が振られる。防御陣と教官合わせて41人のうち銃を持つ34人が一斉に光を放つ。近接戦を得意とする者も今は銃だ。大型砲を構える2人は照準を睨み、防御に徹する4人と共に微動だにしない。

じわじわ寄ってくるジオビーストからも光がほとばしる。全方位へ闇雲にまき散らされている無数の光。ほぼ防衛隊まで届いていない。こちらの攻撃も命中しているのはわずかで、ダメージを与えている様子はなさそうだ。

勇一の初の実戦はこうして始まった。


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