そわそわする日常
「やっと着いたか」
とんでもない疲労と鈴香の謎の宣言にますます重くなった足取りで男子寮の正面までたどり着くと、玄関前には井幡と津軽が待っていた。井幡は仁王立ちがよく似合う。
「言い忘れていたのでここで言う。私物の荷物は部屋に入れてある。日用品類はそこのコンビニか、少し歩くがスーパーで買うといい。部屋へは津軽に案内させる。質問は?」
「いえないです」
簡潔過ぎて怒られているようだ。言い忘れていたと前置きで白状するあたり誤魔化す気がない潔さで、何より早く帰ってほしい。
「よし。津軽、いいな」
「はひ!」
津軽が直立不動だ。昼間はいくらか余裕があるような口ぶりだったように思ったが、全然で残念だった。井幡はずんずんと音のしそうな勢いで勇一の横を通り過ぎ、女子寮の方へ向かっていった。何か言ったら殴られそうだ。
ふぅと息を吐き、眠い目で寮を見上げる勇一。
男子寮には12人が入っているらしい。勇一は13人目だそうだ。ただし5年生、6年生ともなると当直訓練や研修が多くなり、不在になることもしばしばと津軽が言っていたような、・・・・気がする。
翌朝。
舞鶴鈴香は首をかしげていた。お弁当が3つ。一つは自分の。一つはルームメートの北条。もう一つは編入生、鷹城勇一のものだ。
「なぜ?」
「なぜ。・・・諦めなよ。自分で言ったんだからさ」
朝食のトーストをかじりながら桔梗はため息をつく。朝からふくれっ面の鈴香は同じことをぶつぶつ言いながらお弁当を作ったのだ。
ここは鈴香と桔梗の二人部屋。食事は交代で作ろうと約束したのはもうずっと前のことだ。桔梗も作らないではないが、料理好き、世話好きな鈴香はお弁当作りを譲ろうとしない。一方では妙なところで不器用な鈴香のフォローは桔梗の役割になっていて、良いバランスの二人なのだ。
昨日の夕方、鼻息を荒げて帰ってきた鈴香はお弁当を作る約束をしたと満面の笑顔で報告したのだった。その時はよしよしと頭を撫でてやった桔梗。
それから夕食までの間は、鷹城と歩いた公園の話を繰り返し聞かされたのだ。何度聞いてもずっと沈黙だったようにしか伝わらなかったので、変な顔をしていたはずだが鈴香が気にした様子はなかった。
あまりにも面倒なのでその後は寝るまで顔を合わさない様にしていたので、桔梗にしてみれば鈴香に春が来たと確信さえあったのだ。
それが一転、鈴香の態度は元通りというか白紙というか、それはそれで奇妙だった。
「一夜限りの春だったのかな?んなバカな」
とぼけたふうに天気予報に話しかける桔梗。
一方の勇一は差し込む日差しにベッドで目を覚ますと、マットレスの上に制服のままで寝てしまったことと、ここがどこだか分からないことに驚愕していた。
とりあえず起き上がり、見回しながら思い出し、考える。腕を組んで、中央でぐるぐる回る。
「きっと寮だ。全員寮生活って言ってた。うんうん。誰かに案内された。デカイ奴だ。よしよし。この段ボールの箱は俺の荷物だ。俺の部屋ってことで良いんだよな」
もし誰かが聞いていたら記憶喪失の主人公だったろう。事実、ほぼ合ってる。
そこへノックが。
「鷹城くん、入っていい?」
「お!どうぞ、よく来てくれた。わが友よ」
環の鈴のような声が勇一には天使の笛にも聞こえた。
男子寮は18部屋ある。部屋の大きさ、作りは女子寮と同じだが余っているので1人に1部屋与えられる。トイレと小さい風呂が付いている。大浴場もあって実は名前ほど大きくないが、ほぼ独占状態で入れるため、なかなか快適だ。男子寮と女子寮の一番の違いはもちろんその規模だが、何と言っても男子寮では食堂のメニューが少ない。以前はもっとあったらしいが今は日替わり定食とカレーだけだ。日替わり定食の主役をカレーに乗せるサービスがあって好評である。一方の女子寮には千人以上の食事を賄う調理場と大食堂があり、毎食違うものを頼んでも全制覇には数か月を要する。別段、女子寮は男子禁制というわけではない。しかし1階ロビーと繋がる大食堂は出入り自由のわりに、あまり男子は近寄らない。なぜならば、寝癖がどうだ化粧が云々と、教室の何倍も女子の素の部分があけっぴろげになっていて、語り継がれる伝説の中には下着姿でうろつく女子もいて、見れば袋叩き、慣れればそれはそれで幻滅するといった、不幸しか味わえないとさえ言われる始末だ。余談ながら、女子が男子寮に遊びに行くなどといった浮ついたイベントもまずない。うろうろしていたら目立つのだ。わざわざ噂になりたいとしても別の手段を取るだろう。付け加えて言えば、女子寮の大浴場は圧巻の広さと設備を誇り、学生のみならず教師や正隊員、本部職員も利用するほどだ。
勇一は朝メニューから日替わり定食を腹に入れ、最低限必要なものを段ボール箱からほじくり出し、軽くシャワーを浴びてから、環と学校へ向かう。
聞けば、昨日の夕飯はおかわりを3杯もしたらしい。「俺が?」と何度も聞き直す勇一と、そんな会話をしながら登校できることに心の底から嬉しそうな環。
エントランスに着くと柱の陰から鈴香が顔と手だけ出して、ちょいちょいと手招きしている。
「後でな」と環に告げて、柱の裏側を覗いてみると、姿がない。
首を回すと廊下の先に、また手だけ出ていてひらひら動いている。
何事かと足早に向かうと、階段の脇で人目が付かない場所なのだろう、鈴香がびっくりするほど小さく縮こまって座っていた。
「はい、これ。んー、・・・約束だから」
ずいと突き出す手にはお弁当の包み。顔はあっちの方を向いたままだ。勇一は対応に困りつつも軽く周りを見回し素早く受け取る。人目に付きたくないのは同感なのだ。
「お、おう。ありがとな」
「・・・・」
無言だった。
「・・・・」
「・・・・」
「聞いてもいいか?」
勇一は決心して尋ねる。
「なんで、・・・・」
どうしてこんな展開になっているのか聞きたかったのだが、遠くから鈴香を呼ぶ声に遮られる。
「鈴香ちゃーん、どこー」
「あ!じゃ、じゃね」
声の主は桔梗。助け船に一目散で駆け出す鈴香。あっと口を開けたまま後姿を見送る勇一。
「今の、舞鶴さんですよね」
「わあびっくりした」
すぐ隣に声の主の鳩宮すばるがいる。ちょうど登校してきたところらしい4-Cクラスの代表だ。代表といっても要は委員長なのだが、クラス委員などという制度が存在しないので委員長という呼び名も同様に存在しない。まとめ役、進行役ということだ。
ただ、20人をまとめる立場の割には線が細く、華奢でおとなしいイメージの少女なのだ。黒髪のロングがつやつやでやたらに目を引く。
「えーとーえーとー、鳩宮さん!」
「まあ、名前を憶えてくださったんですね。ありがとうございます」
「いやいや、礼を言われるようなことじゃ。いちおうリーダーの人くらいはねえ」
あはは、と頭をかく勇一。どぎまぎした態度になるのは、すばるの整った顔立ちが眩しいのと、お弁当のことを聞かれたらうまく答えられないせいだ。すばるはふわっとした笑顔で答える。
「それにしても舞鶴さん、昨日は様子が変でしたから気になっていたんですが、どこか悪いんですかねえ」
「昨日が初日の俺に聞かれてもね。鳩宮さんは仲いいんだ」
「仲が・・・」
ふうとため息をつくすばる。
「いいといいなあ」
肩から崩れ落ちる勇一。何事もなかったようにそのまますたすたと教室へ向かうすばる。
変な娘しかいない。正直な感想だった。
昼休憩、環からさりげなく逃げることに成功し、テラスで食べた手作りお弁当は期待よりもずっと美味しかった。
「んま」
数日は何事もなく過ぎていった。5日目を過ぎるころには特訓の甲斐あって、勇一はたどたどしくも空を飛ぶことができるようになっていた。着地がおぼつかないので高くは飛べないが、午前中、居眠りをしなくなっただけでも褒められたものだ。
アプリケにはあらかじめ浮遊と推進、熱と光の自動防御が展開できるよう書き込まれている。他にも最低限の武装として、小銃と長剣、ナイフが付属するが、得意な武器や戦闘スタイルがあればより特化した装備を使えるよう再調整される。それらはアプリケに封入され登録者の呼びかけに応じ実体化する。その大きさにかかわらず体積のほとんどは仮想の物体なので、重量は紙切れほどだ。ただし軽すぎても扱いにくいものもあり、その場合は質量に≪似たもの≫を付与する調整となる。付与する効果や、威力の大きな武器はそれだけアプリケの容量を圧迫するので、あれもこれもというわけにはいかない。
勇一のアプリケにはその最低限しか書き込まれていない。適性が不明なためだ。小銃も剣も呼び出せるようになったが、扱いは初心者とも呼べないほどお粗末だった。
今日は射撃の訓練を命じられた。といっても既に2時間以上飛行の練習をした後なので、しばらくは見学がてら休憩のつもりだった。井幡は初めにトレーニングメニューを渡すだけで、できてもできていなくても切り上げる時間になると終了を告げに来る。なのに、こなせなかったメニューややり過ぎた鍛錬には説教された。どこで見ているんだろう。エスパーか!
半地下に作られた第一射撃場は屋外と屋内のレーンが並べて設置してある。今日の勇一の気分は屋内だった。暗めなので休憩していても目立たない。ベンチに座り缶コーヒーを飲みながら20あるレーンの半分ほどに、ここでもやはり女子ばかりの光景を眺める。いい加減慣れてきたが、目のやり場には注意がいる。実戦用のボディスーツではないものの体操服だったりタンクトップだったり、思い思いのトレーニングウエアは総じて薄着で面積も小さい。空調は効いていても、それでも少し暑い。背中やふくらはぎでもうっかりすると見惚れてしまうことがあり大変危険なので、勇一はできるだけ手元や結果の方を見るようにすればいいと学習した。皆がそれぞれ自分の腕を磨くべく集中しているのだが、拳銃、小銃はともかく大型の砲を肩に乗せている者もいる。何を壊すつもりなのかと見ていると、撃ち出された火球はひょろひょろと的に向かっていき、中心からわずかに外れて花火のごとく飛び散った。どうやら破壊力はどうでもよく、狙いの標的に誘導する練習のようだ。
座っていつまでも女子の尻ばかり(!)見ていてはたいへんバツが悪いので、よいしょと立ち上がる勇一。
空いたレーンに足を向けると見覚えのある後姿に目が留まった。舞鶴鈴香が手にした銃をじっと見ていた。いつぞやのお弁当以来全く話をしていない二人。
鈴香の銃は、勇一にも与えられた汎用のものではなく銃身の部分が大きく箱型になっていて全長もずいぶん長い。真剣な顔つきとこれまでのいきさつからどう声を掛けようか迷っていると、鈴香は銃を構え射撃を始める。的は向こう側の壁いっぱいで一番遠いが、連続して発射音が響くたび中心の黒い点が次第に大きくなって5発目からは変化が無くなった。ほぼズレなく同じ場所に的中しているのだろう、10発ほど撃って、また銃を見つめる。間違いなく満点のお手並みだが、表情には何やら険しさが感じ取れる。
「うまいなあ」
自然と勇一の口が開いた。「へ?」と振り返る鈴香。勇一の顔を見止めると気まずそうに俯く。
「そんなことないと思うよ。これしかできないし。それに、・・・」
また銃を見つめる。どういう気がかりがあるのだろうか、その先は口をつぐんでしまう。
黙り込んでしまう鈴香に何と言えばいいか言葉を選んでいると、勇一の後ろをお喋りしながら通り抜けようとした学生がよそ見をしていたらしく、肩が触る。
「あ、ごめんなさい」
本当に軽くだが、勇一にはちょうど背中の真ん中あたりにとんと当たって思いのほかよろめいてしまい、鈴香の方へ1歩踏み出し、レーンを分けるパーティションボードに手を掛けようとして、空振った。二人とも「あ」という表情になって、勇一は手を前へ、鈴香は支えるべく踏み出し、何とか転ぶのは避けられた。
勇一は「ごめんごめん」と苦笑いを向けたが、鈴香の顔はありきたりの反応ではなかった。表情は硬く、視線はどこか空を睨み、否、どこも見ていない様子だ。先ほどまでの沈鬱とは違う。異常を感じるそのわずかな瞬間に、鈴香は後ろ手で銃を取り勇一の背後の誰もいない壁に向けたかと思えば、そのまま上へぐるんと回して的へ向け、トリガーの指に力がこもる。流れるような動作に目を奪われていると閃光が視界を覆う。
圧倒的な光の爆発だ。
勇一には覚えのある「あの」真っ白が、今度は目を開けたまま見据えていると、次第に白い世界が薄れてきて、青空がとてもきれいだ。
射撃場の壁はおろか天井の半分ほども吹き飛ばし、あったはずの緑地帯も直線状に消し飛んでいた。
呆然とする間もなく、周りの学生が悲鳴と共に逃げ場所を探す。
ぱらぱらと天井の破片が降る中、銃を構えたままの鈴香が、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。あ、と手を伸ばす勇一。後ろからお腹に手を回したつもりだったが、とっさのことで右手は少し上の丘をしっかと掴んでいた。
やわらかい。
大騒ぎで教師や事務員が押し寄せて来る。もちろん野次馬の学生は黒山のごとしだ。
建物は案外丈夫にできていて、残った部分が倒壊するようなことはなかった。勇一は鈴香を引きずるように射撃場から抜け出す。体のあちこちをべたべた触ってしまったようだが、本人は気絶しているのか無反応だ。目が開いているのはちょっと怖い。
大わらわの喧騒の中、井幡が二人を見つけ駆け寄って来ると鈴香の異常にすぐさま気付く。
「舞鶴!舞鶴!おい」
ふわっとゆるやかに顔を上げ、表情にも生気が戻る鈴香。
「あ、はい」とはっきり答える。
「大丈夫か?」
「え?何がですか」
ふらふらと立ち上がるが、それほど危なげでもない。
「何ともないならいいんだ、って!何があった!」
相変わらず井幡は熱度の変化が激しい。
きょとんとする鈴香と交互に睨まれる勇一はどう答えればいいか猛烈に困っていた。頬を引きつらせるのが得意になってきた。
「なんなんでしょう・・・」
射撃場は当然ながら立ち入り禁止となった。緑地帯に人はおらず、その向こうは一段低くなった演習場で、普段は誰も入れない。怪我人が出なかったことで外部からの検証は必要なしと判断され、場所が場所だけに場合によってはそういうこともあると、まるで隠し事があると宣伝しているかのような一次速報だった。
もちろん、実態調査はやらねばならぬ。使用申請を出した者は記録が残っていることもあり、現場付近にいた者全員にすぐに報告書を出すよう指示された。
すぐ、と目の前で言われてからすでに1時間が経とうとしている教室の自分の席。勇一はペンを頬に当て、むーんとうなっている。もう外はずいぶんと陽が傾き、騒ぎから追い払われた学生も大方が下校している。筆跡と筆圧まで記録できる報告書フォームを画面に映したまま、まだ一文字も書けず、頬に穴が開きそうだ。
隠すことは何もないが、だからといって「鈴香ちゃんがやりました」と書けるほど無邪気にもなれかった。そう書くのは容易いし、報告書を書くのにこれだけ時間がかかっていては、何か知っていると思われても仕方ない、とまで思うのだが。やはりあの閃光には見覚えがある。そう思ったときに、ペンが止まってしまったのだ。
つまりだ。
射撃場なのだから相当の威力に耐えられるべきだ。元気を出すと壊れてしまうような造りでは困る。
ある程度慣れれば射撃の出力は調整できるし、よほど気張らなければ大火力にはならない。それは的に傷すら付けられない自分自身を顧みればイヤでもわかる。
仮にあの威力を優秀な訓練生に出せるのならば、注意書きの一つもあっていいし、そうなっていないということはイレギュラーと観ていい。
そもそも、詳しくはないが、1週間前に見たあの戦闘ではあれほどの火力を誰も使えていなかったし、「あの」1発で片が付いたように見えた。
もしも射撃場が壊れたことの報告なら、射手を特定して始末書を書かせるべきだ。報告書の目的は射撃そのものにあるんじゃないか。
そこまで考えて、こんなこともわかっていないのは入学して日の浅い自分くらいだと思い至る。
現場に居合わせた他の学生はこれを事件として報告書を書いているはずなのだ。
ならば。
「舞鶴さん、ヤバいよなあ・・・」
「次、鷹城。入れ」
開いた扉の奥から声がかかり、上級生らしき女生徒が室内に向け一礼し扉を開けたまま去っていく。廊下にはもう勇一と鈴香だけだ。絶対もう分かっているよなあと口には出さずぼやいてみる。鈴香は一言も発さず俯いて両手を太ももの上で絡ませたりほどいたりしている。
「はい」と返事をして小会議室へ踏み入れる勇一。窓はなく楕円のテーブルと、壁にいくつかのモニターがある。校内の一室ではあるが、編入して1週間でこういう場所に来るものじゃない、とつくづく思う。
昨日提出した報告書にはどう悩んでも気の利いた言い訳が見つからなかったので、観念してありのままを書いた。舞鶴の射撃によるものです、と。押し付けるようで心が痛んだ。
もちろん、勇一に説明できることなど塵ほどもなかったのだが、呼び出されることもなくそのまま帰宅してよいとなったので、一晩中同じことをぐるぐると考えていた。あの時の、1週間前の「あれ」も舞鶴だったのかと。誰かに相談すべきだろうかと。
「鷹城勇一、・・・まあそう硬くなるな。お前から聞けることにそれほど期待はしていない」
鴨目司令が真面目な、不自然に上官らしい口調で司令官っぽさを装っていた。初対面の時とはえらい違いだ。
他には司令部から3人と、端に井幡がいる。皆一様に無表情だ。報告書から抜粋した10人ほどに詰問してみたものの、決定的な情報が出てこない。
「あれを撃ったのが舞鶴だということは分かっている。お前はすぐ傍にいたのだろう?問題はどうやったのか、何が起きたのかということだ。・・・何か見たか」
静かに、ゆっくりと話す鴨目。司令が仕切っている以上、この面々は隊の上層部ということになる。訓練校が直轄の下部組織だからこその聴取なのだろう。5人から睨まれると、硬くなるなと言われても無理だ。
「報告書に書いた通りです。訓練中に彼女を見かけて声を掛けました。ふた言み言交わして、ちょっとぶつかってゴメンと・・・それくらいでしょうか」
「その後、舞鶴が射撃を行い、ああなった・・・」
「はい」
「んー」
5人が皆、手にした端末に映した報告書を睨みつけている。当然、どれほど見ても内容は薄っぺらく白紙と大差ない代物だ。
井幡が口を開く。
「鷹城はまあ、よくわかってないだろうから砕いて言おう。あの威力は異常だ。それは分かるな。舞鶴の射撃は一級品だが、それでもこれまでの成績で、いや誰であっても説明のつく破壊力じゃないんだ。何かスイッチがあると考えている。あれだけの芸当ができるならちゃんと育てたい。思いつくことはないか」
「・・・・そうは言われましても~」
まず敬語とは呼べないような、歯切れの悪い返事をしてしまった。言うなら今なのか、と逡巡する。この顔ぶれはあの時のことに関連ありと結び付けようとしているのか。ちゃんと舞鶴と話をしておけばよかったか。
勇一はあと一歩が踏み出せないまま沈黙を守る。怒られているわけでもないのに嫌な汗が出る。
とんとんと手にした端末の画面を指で叩き、鴨目司令が口を開く。
「そうだな、宿題にしよう。お前は舞鶴を観察すること。何か気が付くことがあれば報告する。いいな、いいな井幡」
そう言って、勇一と井幡を順番に見て、同意を促した。上官命令という意味だ。
「はい」「はい」
「下がってよし」
入れ替わりに鈴香が入り、「観察」の命を受けた勇一は隣の部屋の前まで離れて、待ってみることにした。観察っつったってそんな探偵ごっこの訓練なんか受けてないよとぶちぶちつぶやく。不満とは言わないが不遇とは思う。
「観察か。監視じゃないんだよな。見かけたときに異常がなければいいのかな」
意外にも数分と経たずに部屋を出てきて、お辞儀をしている。表情は朗らかでもないが、落ち込んでいるようでもない。
体の向きを変えるとすぐに勇一に気付き、早足に歩み寄ってくる。
「鷹城くん。しばらくペアだって」
「え?・・・えええ?」
突然とんでもないことを言う。何かイメージしていた関係と違うような、そう言う意味じゃないような、何を考えているんだろう。でも遠くからストーカーまがいの行為よりは楽にはなったか。困惑が倍増した。
なぜだかにこにこしている鈴香を隣に教室へ戻ることにする。まだ午前中の授業は残っている。
鈴香が退室した会議室では、面々が一様に渋い顔をしていた。
「舞鶴鈴香には今一度検査が必要なのではないかしら?」
「それより、しぃちゃんの偉い人モードはなんとかならんか」
「検査で何かわかるくらいだったら、これまでの検査に問題があったことになるだろう」
「責務に真摯であることは評価できますでしょう」
「前例がないのだもの。本人に自覚させるくらいはあってもよかったんじゃない?舞鶴のことよ」
「学生の前で吹き出すのは、私は嫌だよ。我慢する身にもなってくれ」
隊の司令部から出張ってきた士官たちは一刻も早く事態の全容を掴みたかった。今まで目を細めてクールビューティを気取っていた隊司令が表情を緩めて3人と1人をなだめる。
「ま~そう先回りするのもどうかと思いますよ。かなりの部分は憶測にすぎないんです。1週間前の時の射手を舞鶴さんだとする確証がない以上、彼女を今吊し上げるわけにはいかないでしょう。それは私たちの落ち度でもあるのよ」
「鴨目のしぃちゃんよ、吊し上げってひどいな。あと無視か」
「あの破壊力じゃあ、一度火が付いたらそうなるんじゃないかなって言っているのよ。それもこれもひっくるめて、私、上官ねぇ~」
「へいへい」
「へいは一回よ」