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共感戦隊ミラクル○△□  作者: 村菜琴内代
2/8

クラスメート初日風味

緊張しながらも勇一はちょっと寝不足だった。船の中であれほど寝たくせに、と他人は言うかもしれないが。

昨晩はすごく狭いベッドで、ひょっとしたら牢屋だったのかもしれない部屋で、いろいろ考えてしまって眠れなかったのだ。


あの後、植え込みの陰から空を見上げて、任務を終えるためのあれこれを分担して飛び回る女性たちを棒立ちのまま眺めていた。

サイレンの音に自動人形のように首を振る。通りをたくさんの車が走り抜けていく。車体には≪POLICE≫と書かれているが白い普通の乗用車だ。事後処理のためだろう。

我に返り、辺りを見回してみる。はて、なにか用事があったような。

司令部の建物を振り返ると、正面入り口にスーツっぽい制服の女性が立っている。片足に重心を置いて足を開いている。ゆっくりと右手が上がり、ちょいちょいと手招きに見える。

「ひょっとして、ダメなやつかな、これ」

恐る恐る、それでも小走りで向かい、正面に立って背筋を伸ばす。

「鷹城勇一です!」

目が睨んでいた。クールビューティーがスマートスタイルを演出するとこんな感じだろう。デキる、しかもおっかないウーマンさんだ。

勇一の方が背が高いので、美女は自慢できるだろう突き出した胸をぐっと突き出す格好で見上げている。腰に置いた両手がすっ・・・と勇一の目の前に上がり、手のひらを合わせて、頭をかくん。

「ごめん!」

怒られると思った勇一はとっさに瞼を閉じていたが、眉を下げて薄目を開ける。

「え?」

「到着したって言うから迎えに出るつもりだったのよ。だけど干渉予知が出て、すぐ界幻でしょ、ちょおーーーーっとバタバタしちゃって」あれやらこれやら。

いい大人が言い訳している。

結論から言えば、始めから誰かに指示すれば済む話だったろう。説教するならそういうところかななどと思いながら、勇一はこの気まずそうにいつまでも何度も許しを請う元クールビューティを、しかしなだめるのも何か違うし、と見つめるしかなかった。


「ホントごめんね」

鴨目と名乗った彼女は自分の執務室でもう何度目かわからない謝罪をした。この人が作戦部司令らしい。見かけの若さもあって制服に似合わないやさしいお姉さんに見えてきた。

「あ、いえ。本当に構いませんから。初っ端から貴重な体験ができたと、感謝、ってのもおかしいですね」

「えーと。じゃあゴメンついでに、今日はここの仮眠室に泊まってってくれるかな。手続きが済んだら寮へ送るつもりだったんだけど、ここも寮も特別シフトだから」

シフトはAからEまでの5段階らしい。平時はEだが、マルチモニタの一番大きな文字はCだ。ついさっきまでBだったらしい。接敵交戦してもBなのか。Aって何なんだ?

「あと、今見たことはとりあえず黙っていて」

意外な気がした。ここは対幻獣の本拠地じゃないのか、と思うわけだ。

おそらく顔に出たのだろう、説明を始めた。

「理由はいくつもあるの。全部言ったら意味ないから少しだけね。一つは、この島に直接攻撃を受けたのは6年ぶりで、ジオビーストの動きに詳しい分析が出るまでは偶然っていうことにしておきたいから」

「珍しい事なんですね」

「珍しいっていうのとも、・・・あ、これ以上は聞かない聞かない」

なんだか、今日出会った人はみな砕けた接し方の女性ばかりのような気が。

「他にも前例のない事とかあってね、あと、まだ何の訓練も受けてない君が現場に居合わせたって長官に知られたら、お小言が長いのよ」

「あ、今、責任者が口にしちゃいけないことをさらっと・・・」

「はい。わかったわね」

すごくいい笑顔だった。ちょっとかわいいから許そう。


入学と着任の手続きを済ませ、明日から通う学校の制服を受け取り、同じフロアのどこを曲がったかわからなくなった先に案内されたベッドしかない小部屋で、ちょっと豪華なお弁当を食べて、寝た。

朝起きるなり、鴨目司令自ら学校まで送ってくれて職員室へ直行となり、問答無用が際立っていた。デキる女性だった。




クラスの入口についているプレートは4-C。

「鷹城の席は、一番後ろだ」

そう言って井幡先生が指差したのは廊下側の最後尾にある空席。

指を追いかけるとき何気なく見回す形になり視界に入った窓側最前列の生徒に、違和感を覚え二度見してしまう。

その生徒だけは違う制服を着ていて、つまり男子だった。

思わず目が合って勇一は慌てるように逸らしたものの、他の全員も彼を見ていながら、その男子の眼はとても輝いていた。な、何かな?

「早く席につけ」

怒られた。

ホームルームは簡単に終わり、1限目までの休憩がちょい増しになった。

井幡の姿が見えなくなると同時に、勇一の周りには女子が何重にも取り囲んでいた。18人しかいないのだから、つまりほとんどだ。

「男子ってことは適性値高かったんでしょ?どれくらい?」「編入だもんね」「どこから来たの?」「もうジオビーストは見た?」

女子に取り囲まれる不慣れと、矢継ぎ早の質問が、彼に答える隙を与えなかったが、誰かが発した一言に心臓が跳ねた。

「昨日の戦闘、何か知ってる?」

「え?」

と振り向いてしまう勇一。どうしてそうなる?

急に反応したせいか、女子の方も固まってしまったようだ。

「あ、いや、えーと、確かに戦闘があったねえ。見たよ」

誤魔化したような、あるいは素人っぷりを発揮したような、うまく言えてないふうを装う勇一。人って隠し事があると挙動不審になるよね。

一瞬の間の後、まるでこちらの答えは何だってよかったかのように新たな質問が絨毯爆撃雨あられ。


勇一が何も答えなくても延々と質問が続く、その彼を少し離れた席から見つめる目がある。

そしてその目を真横から見ている北条桔梗が怪訝そうに尋ねる。

「鈴香ちゃん、じっと見つめてどした?恋か?」

「んー、なんだろう。すごくもやもやする」

始業前には全員からもみくちゃにされていた舞鶴鈴香がとろんとした目のまま答える。机に肘を立てて顎を載せていた。

「へー!」

わざとらしく高めの声を上げて驚いて見せる桔梗。

「知ってる子なの?幼馴染、転校で再会っ!」

「ちがうー。ちがうのー」

「なんでしょね、そんなキャラだっけ?鈴香ちゃんは」

「よくわからないんだよね。タイプとかそんなんじゃないんだよ、一目惚れってあるんだったらこういうのかな」

「ほほう。興味深いね。とりあえずお話ししてみればいいんでない?」

「だよねー。そうしたいんだけど、今行ったらわけわかんないこと言っちゃいそうで、でも何にも言えない気もするしぃ」

「おいおい、重症だな。恋する少女だな」

「そうなのかなあ。もうソレでもいいかなあ」

再びのブザーで休憩は終わり午前の授業が始まった。




勇一はけしてモテる方ではない。本人にとっては悲しいことだが。

なので、ちやほやされても女子のあしらい方も全くあたふたで、2時限目の後の休憩では早々に教室を飛び出した。

「いやー女って怖ぇなー。贅沢だなー俺」

ひー、とか言ってると背後から声をかけられた。

「あのう、いいかな」

振り返ると、男子だった。よかった。女子だったらダッシュで逃げるところだった。おかしなあだ名がつきそうだ。

「あ、えーと」

名前を知らない。当たり前だが。それでも顔は知っている。ホームルームで見つめ合った男子だ。いえ、目があっただけです。

「僕はたまきつばさ。やっとお話しできるよ」

「お、おう。鷹城勇一だ。よろしくな。て言うか、あの中で男子一人ってよく耐えてきたな」

「そんなことないかも。もう4年目だしね、慣れたよ。それに4年生にはもう一人男子がいるんだ。あと、・・・僕は背も小さいし、頼り甲斐がないせいか男に見られてないかも」

同じ目にあってきたのだろうと同情しかけたところ、どうも違うらしい。

「4年生?って」

「あ、中学からの6年間だよ。中学部、高校部って分かれているのは、実戦訓練が4年生からしか行われないからなんだ。僕は縁遠いけどね」

恥ずかし気にてへっとか笑うんじゃない!

女子の中でたった一人生きていくためには、順応が必要だったのかもしれない。彼なりの命の選択だ。

「でも肩身が狭いのはホントかな。鷹城くんが来てくれてよかったよ。神様仏様だよ」

勇一はそれなりに長身で、環の頭は10センチほど低かった。きらきらと輝きを放ち勇一を見つめる目は、無邪気な子どもと言えばちょっと綺麗めだが・・・。

「えとー、環くん?近いですよ」

なるだけ拒絶しないように言葉を選ぶと、環は我に返ったように一歩下がった。

「あ、ごめんごめん。男子の友達が欲しくて仕方なかったんだ。」

「あー、そうだな。分からないことだらけだ、俺はしっかり頼りにしてるよ、環」

「うん、任せてよ」

二人で連れ立ってトイレに行くのだった。




お昼休憩になり、環に連れられて食堂へと赴く。うどん定食をトレイに乗せて、振り返るとクラスの女子が手招きをしていた。

お言葉に甘えて環と二人、そのテーブルにお邪魔する。

相変わらずの他愛ない質問攻めとうどんを噛みしめていると、隣に大きな影がどかっと腰かける。

「やっと見つけた!」

「おおう?なんだなんだ」

「あ、津軽くん。こんにちわ」

反対側の隣から環が教科書的な挨拶をする。どうやらこの男がもう一人の4年生、津軽賢吉らしい。

「津軽くんは来なくていいのに~」

女の子に受けが悪い。

「まあそう言うなよ。数えるほどしかいない男子なのによそよそしかったらおかしいだろ」

「まったくだな。鷹城だ。俺の方からもよろしくな」

「おう!女子と仲良くする方法ならいくらでも教えてやれるぜ」

「いや、たぶん迷惑そうだから結構だ」

「そーだそーだ!津軽はどっか行けー」

「津軽くん、いつも通りだねぇ」

女子の毛嫌いが手厳しく、環はほのぼのしている。環は津軽を嫌ってはいなさそうだが、馬が合うとも思えない。

「午後の実習は決まってるのか?いっちょ手合わせしようぜ」

津軽は無茶無体な提案をしてくる。今日編入してまだ右も左も状態なのに、まさか腕相撲でもあるまい。

「あー、いやそれな、・・・」

このやんちゃな友人の誘いを断る切り札を果たして勇一は持っていた。向かいに座る女子が大袈裟なため息をついて同情の眼差しを向ける。


「鷹城は当面、個人レッスンだ。午後は私のところへ来い」

今朝のホームルームが終わるときに、井幡から告げられていた。

午前中は普通の高校生と同じ普通の科目だが、体育はない。そして、午後は適応者として対ジオビーストにおける訓練授業だ。これが体育を兼ねるが、技術系の配置を選択、もしくは命ぜられた生徒は、専門課程に振り替えることもある。

クラス全体で同じ訓練を行うことはあまりない。自分の特性に合った鍛錬や基礎体力の向上に費やすものもいれば、不得手な分野に挑戦したり、読書に勤しむ者もいる。訓練要綱さえ提出すれば一般的なスポーツをやってもいい。巡回する教師陣が取り組みや熟練度を評定し、時には課題を与えるという、半自主的な授業である。

多くの生徒は中学部で基礎訓練を終えているし、専門の授業も相当な時間で受けている。勇一の場合は、早く一人前になりたければ何倍も勉強しなければならないわけだが、とは言え、焦ろうにも何から手を付けるのか、どこへ向かえばいいのかわからない状態である。個人授業はありがたいとさえ思った。


「ああそうか。ひょっとして特性とかもまだわかってないのか?」

「まだなんだって」と向かいの女子。

「だから個人授業なんだわ。改めて適性値の測定からやるんだってよ」

やれやれと肩をすくめてみせる勇一。なるようにしかならない諦めと、何とかしてほしい願望と。

「井幡と二人っきり!あたしだったら耐えられないわ、死ぬわ、あの時死ななかったのが奇跡だわ」

何か思い出して抱き合って泣いている。よよよ。たぶん冗談だろう。

「そういえば一度だけ井幡にしごかれたことがあったな。あの人の剣技は確かにおっかなかったぜ」

「僕、基礎実習の浮遊だけで学校辞めようかと思ったよ。ハードル上げるの早いんだもの」

津軽も環も同じ意見のようだ。勇一はちょっと不安になってきた。


環は技術部に入り浸っているらしく、午後は別行動になる。

「鷹城くん、がんばってね。死なないでね」

「じゃ、後は寮でな!」

格好良く腕を上げて津軽が駆けていく。女子は「やっといなくなった」などと言い、とにかく邪魔者扱いだ。

午後の授業だ。災難の準備をしよう。




職員室から医務室へ連れられて、続き部屋の検査室へ入る。井幡を含む教師が3名と校医とその助手、他に白衣の女性数名。やたら物々しい雰囲気だが、検査はてきぱきとあっという間に終わった。

医務室へ戻ると事務机の横に座らされ、井幡は引き出しから小さな板状の石を取り出し親指と人差し指で挟んで目の前に突き出す。クレジットカードよりちょっと大きくて厚い。

「これがアプリケートストーンだ」略してアプリケだ、と。

「アップリケ・・・?」

「そう呼ぶと印象が可愛らしくなるので、アプリケだ」

もう一方の手には帯状の布があり、中央部にあてがうとぺたりと張り付く。それを腰に巻き付けるのだそうだ。実戦の時はインナーウエアにぺたり。

「おっと触るなよ。このアプリケは真っ新の状態だが、先ほどの検査の結果からお前用のアプリケが調整される。それまでの間、座学といこう」

いよいよ二人きりの個人授業だ。窓の外を指差しながら、基礎講座が始まった。

「適応者はこのアプリケの力で自身の能力を別の形で発現できるようになる。極端な言い方をすれば、魔法だな。能力そのものは一般にはジオビーストと接触してもフリーズせずにすむといった程度にしか働かないが、見ての通り、自由に空を飛んだり、銃を撃ったり、剣を突き立てたり、あるいはそういった武具の生成を行うのも、アプリケを通した能力の発現によるものだ。それぞれの適性に応じて特化したり調整したりして、能力を最大限発揮できるようにする便利な代物だ」

ジオビーストとの戦闘に直接参加するものをプレイアーと言い、補助的な部署で活動するものをウイッシャーと言う。どちらも祈る者の意だ。あまり使われることのないあえて明確に分けるときの用語だ。アプリケの調整はウイッシャーの腕の見せ所といえる。

適性値の大きさと特性によって訓練内容は大きく変わる。特性は、例えば銃が向いているとか、体術に適しているとか、そういった傾向がこれまでの適応者のデータから推測されている。戦力は限られているから、より効果の高い活用法が模索されてきた結果だ。

「たしかジオビーストを見たことがあるんだったな。奴らは退治することはできない。帰ってもらうだけだ。」

「帰る?どこへ」

勇一はつい先日まで一般市民だった。ジオビーストの存在は聞き及んでいたが、考えてみればあまりにも、全てに疎かった。生態なり特徴なり、テレビや雑誌で特集される機会も不思議となかった。政府広報だったり子ども向けの教育本でたまに見る程度なのだ。それらを不思議に思うことすら少ないほど、何も知らされてなかったことに今更気付かされた。

ジオビーストは界幻、すなわち姿を現した状態になっても監視カメラやセンサー類など記録媒体に映らない。異次元だとか、異空間だとか、未だ憶測にすぎないが、そこから映し出される影だという。その影があまりにも濃すぎて物理的な干渉が起きていると解釈されていて、その干渉のせいで、人は活動を停止したり、そうでなくても記憶が無かったりする。そうなると、たとえ町が破壊されていても実態の把握が及ばず、不可解な災害としか見られない。ジオビーストははるか昔からいたとされている。しかし誰の記憶にも残っていなければ、あるいは居合わせた能力者の目に留まっていたとしても、それらは悪夢として片付けられてきたのだ。科学は進歩し、記録されていない災害が確かにあると研究が進み、ある適応者によってジオビースト説が確立された。それは相当な挑戦と苦悩だったはずだが、適応者たちの努力は実り、対策のための組織を設立するまでに至った。今では、能力によって界幻の予兆を検出することも可能になったし、適応者のフィルターを通した情報として映像を残すこともできる。とは言え万能ではない。予兆と言っても早くて数時間ほどで避難勧告程度しかできないのが実情であり、界幻してしまえば勧告そのものも機能せず、被害を抑えるには効果が低い。映像についても適応者の主観が入るのか、遭遇した者一人一人の記憶と微妙なずれがあるという有り様だ。あくまで不可解な現象の域を脱していない。何より人の目で観測された事例が少なすぎる。これらありのままを一般市民に説明しても、いや、説明ができるほど、質疑に応えられるほどの確たる資料がないと言っていい。それでも被害はできるだけ抑えたい。そのためにできることは全部やる。ジオビーストはほとんどの場合、ある程度の時間が経つと消える。干渉力には限界があると考えられていて、影と表現されるゆえんだ。しかし適応者たちはその干渉力を弱める「能力」を見つけ出し、その度合いによっては消滅までの時間を短縮できることを証明した。能力の発現を確実に行えるアプリケを開発し、様々な能力に変換することで、銃や剣といった形のある攻撃法を編み出し、効果的に撃退する術を研究、実施してきた。そうして全世界が一応の理解を示し、対策隊はかなりの権限を有するまでに大きく強くなった。

「しかしな。近年、ジオビーストの出現頻度がやたらと高い。ちょっと前なら年間で10体程度だったものが、今ではひと月に10体出たこともあるほどだ。これでは人員が足らん。適応者の訓練に費やす時間がもったいないと言い出す奴までいる」

「昨日みたいなことですか?」

「ふむ。学生には見学のつもりで後衛を任せているんだがな、直接やり合うにはまだ・・・昨日?」

「昨日」

「・・・・・あそこにいたのか」

「は、ぃ・・・」

あ、やべ。口止めされてるんだった。滑った舌はもう戻らない。勘がいいのだろう、井幡の目がキリキリつり上がっていく。

「鴨目のあほう、そういうことだったのか」

「あいや、すんません。俺が勝手に居合わせただけなんですけどね」

「道理でいつも以上にへらへらしていたと思ったら、あいつ」

「いや、だから」

どうも近しい間柄らしいが、仲が悪いのか、それとも仲がいいから尚更なのか、聞いちゃいない。どこか虚空に向かって怒りをぶちまけようとする寸前、検査室の扉が開いて白衣の女性が出てきた。

「おっ!お怒りですね。爆発ですね。どうどう」

「爆発などしない。ぉほん。できたようだな」

あくまで冷静さを装って、白衣さんからケースを受け取る。

「さっきは紹介しなかったな。この人でなしは双次ふたつぐ理子、技術部のかしらだ。世話になることもあるだろう」

「よろしくねー。しかし、妙な結果だったねぇ」

「やっぱりそうか」

二人は勇一にというわけでもなく、ふむふむと頷きあっている。人でなしと言われて受け入れてしまうとは豪傑とも言えよう。背は低く、右耳にインカム、左耳にでっかいイヤリングを下げている。

検査に立ち会ったほかの面々もぞろぞろと出てきて、そのまま医務室を後にする。

「じゃあ後はよろしくな。なるべく穏便に」

確か数学の教師だったと思うが、大柄な筋骨隆々格闘系美女がこれまた不穏当な台詞を残し、医務室の扉を閉めた。

残ったのは勇一と井幡と双次白衣さん。

「発表しちゃっていい?」

双次が話を進めようとする。うむと頷く井幡。緊張が背筋を凍らせる勇一。

「適性のことだけど、不明ね。前回の検査が間違いなかったと証明されたわけで今後に期待。分類は特R」

「R!?」

つらつらと平坦に喋る双次と対照的に、井幡はたいそう驚いている。

「Nクラスと聞いていたのはどこ行った」

「そんなん今更でしょ。Lより上は不確定要素が大きいんだからどこで調べても誤差がデカイよ。ほら見てみ、RでもSでもあたしゃ構わんよ。今回はRね」

「しかしR判定とはな。実働隊が黙ってないぞ。いろいろ急がんといかんか」

一人ぽかんと、話に入れない勇一は首振り人形のように二人の顔を交互に見ている。

ふんっと鼻息を鳴らして、井幡が宣言する。

「鷹城。お前さんは英雄の素質ありと診断された。これから地獄の修行に耐えてもらう。決定」

「ど・・・・どゆこと?」




陽が傾いている。日没までもう1時間もないだろう。

井幡による特訓はつい今しがたまで続けられた。まずは1週間以内に自由に飛べるようになれとの下命だが、今日の限りでは全く飛べる気配もなかった。浮くなんて信じられないほど、勇一の両足は床にぴたりと張り付いたままなのだ。

ランニングをして縄跳びをして腕立て伏せをして、集中!

ランニングをして縄跳びをして腕立て伏せをして、集中!

ランニングをして縄跳びをして腕立て伏せをして、集中!

へとへとになって肩で息をしていると、遠くから「今日のところは終了!」と声がして、空の色が変わっていることに気付いた。

教室へ戻ると誰もいなくて、教科書の類もないものだから、とぼとぼと正門へ向かう。寮へは公園を抜けるのだと聞いていた。

顔を上げる気力もなかったので声を掛けられるまで気付かなかったが。

「鷹城くん!」

そこに校門で待つ美少女という男子の夢と言ってもいい魅惑のイベントが待っていたのに、勇一には疲れからくる脱力感のほうが勝っていた。

「んあ?」

「あの!特訓お疲れ様」

声も態度ももじもじしていた。

えーとえーと、同じクラスだ。えーとえーと。

「ゴメン、名前が分からないや」

「うん、舞鶴鈴香」

「あ、はい。舞鶴さんね。はいはい」

もう女子と話している男子の図ではない。力なく一歩ずつ歩み寄って、そのまま通り過ぎようとする勇一であった。

「舞鶴さん、さようなら。また明日ぁ~」

「ええ?あのちょっとちょっと」

しっかと手を掴んで引き留める。

足を止めて振り返るものの、なぜ手を取られているのか理解が追い付いていない。

「・・・・・うん。一緒に帰ろう。肩を貸すぜ」

変な言葉遣いの舞鶴鈴香。

「あ、ありがとう・・・かな?」

実際には手を繋ぐでもなく、のんびりした足運びで並んで公園へと入っていく。

「鷹城くん、前に会ったこと、ないよね」

「うん、ないと思うよぅ~」

「そうだよね。うんうん」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

ほぼ沈黙である。沈黙のまま公園の中をS字に貫く道を中ほどまで来てしまう。通り抜けると女子寮へは右へ、左が男子寮なのでそこで別れることになる。

「・・・・あの!」

「んあ?」

もう、何も考えていない生ける屍の勇一であった。

「いつもお昼は学食かなっ」

声のトーンもおかしいし、話題が唐突過ぎる。完全にテンパっている舞鶴。

「んー、わからないなあ。今日初めてだから」

「そうだよねそうだよね。そりゃそうだ」

顔を真っ赤にしてまくしたてる。いくらゆっくりの足取りとは言え、そろそろ中道も終点が見えてきた。

「あの!おっ、おっ」

「・・・お?」

勇一はゆっくりと顔を上げて舞鶴の顔を見る。

「お弁当作るね、明日!」

あと何歩かで公園を抜けようかという場所で、叫ぶように声を張る舞鶴。何が起きているのかよくわかっていない勇一。

「じゃね!また明日ね」

そのまま駆けていく。風のように木立の向こうに消える舞鶴と、ぼんやり見送る勇一。

「・・・・なぬ?」



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