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共感戦隊ミラクル○△□  作者: 村菜琴内代
1/8

発現ーさわったかもー

第一章


「ドォーーーーーン!」

巨大な何かが崩れた音が響く。しないはずの音が頭の中ではっきりと感じられ、とても不快だった。


彼は夢を見ていた。確か貨物船のデッキに据え付けられたベンチでうたた寝をしていたはず。

あの時の、いつもの記憶だった。

浅い眠りの中、つい1か月前の記憶を再び呼び起こすために、まどろみに身を委ねた。




息を切らせ走る彼の腕の中には少年がいる。まだ幼く両親に手を引かれなければならないだろう少年。

怪我をしているわけではない。ただ動けないのだ。そういう現象が起きている。

小さな公園まであと少し。地下シェルターへの案内板は公園の隅を示していた。

トイレの横に頑丈そうな扉があり、緊急時以外は開けてはいけないと記号が描かれている。

扉は難なく開き、2メートルほど下って両側にまた扉。片側を開けると数メートルの通路とさらに扉。

避難訓練で学ぶことだが、その向こう側はまた階段になっていて地下50メートルまでいくつかの部屋になっている。

ノブに手を伸ばすと、しかして扉は勝手に開き、奥には女性が立っていた。

おそらく避難してきたであろう誰かを招き入れるため気を利かせたのだろう。

彼は抱えた少年を女性に預け、踵を返した。女性は「あ」と声を出したが、そのまま見送ってくれた。

ここへ来る途中に、他にも倒れている人影を見ていた。できることなら・・・。


扉にいた彼女は適応者なのだろう。こういう時、適応者は率先して避難の補助をしなければならないと決められている。

適応者のほとんどは女性だ。しかし紛うことなき男性である彼は動けている。今日、初めて自身が適応者だと気付いた。


地上は埃っぽさが増していた。

誰もいない通りを走る。意識を集中すると、やはり遠くで音がする、そんな気配が感じられる。

まだどこか近くにいるのだろう。いないものと楽観するよりは用心しようと、生唾を飲み込む。


地下鉄の入口にたどり着くと、やはり人の足が見える。急いで近寄りその姿を確認し、彼は立ちすくんでしまう。

二人いた。中学生くらいだろうか、少女が二人、体を寄せ合って、やはり意識がないらしい。

どちらか一人などという選択は彼にはなかった。壁に上体を預け並んで座る格好はおあつらえ向きとでも言おうか、二人の間に頭を突っ込むと、両腕でそれぞれの胴を抱え強引に持ち上げた。さほど鍛えられてもいなさそうなその体に、こんな力があるとはとても見えないだろう。火事場のなんとやらだ。

大丈夫、動ける。と数歩踏み出すと、すぐ近くで轟音が響く。「ガーーーーン!」

看板が落ちてくる。見上げると通りに立つビルの角から巨大な影が姿を現した。

「うわー、初めて見た・・・」

心臓はバクバクうるさいほどだが、どうにも間抜けた言葉が口をついた。

恐竜とは違う、怪獣映画に似合いそうな、その巨大な何かはジオビーストと呼ばれている。


滅多に出現することがないというこの怪物の周囲では様々な異常現象が起こる。

普通の人間であれば意識を失い行動不能になる。だから、その間の記憶は残らないし、それだけに遭遇した者にも実感が伴わない。

さらには、多くの人々が活動している地域に出現した事例が数えるほどしかないのだ。だから人々はジオビーストについての報道や噂話を、どこかおとぎ話と同じくらいに捉えていて、それが一般の人の一般的な見方だった。

そして、そのわずかな例があった。


ジオビーストが何を目標にしているのか、こちらに気付いているのか。追いかけてくる様子はないが、だからと言って隠れていて建物の下敷きになるのは御免だ。

ここは逃げの一手と決めて駆け出す。幸い、先ほどのシェルターまで目と鼻の先だ。

走りにくい。肩の二人を気遣ってあげようなどという余裕はなかった。

背後を気にして首を回すと、視界を水色の布に覆われた。うわー。

二人ともミニスカート姿なことに、今気づいた。うわー。下着だパンツだ、うわー。

右肩は水色。左肩はオレンジの何か幾何学模様が幾何学模様が、幾何学が、うわーうわー。

見ちゃった、近い近い、もっと見たいけど見ちゃいけない気がしてきた見てる場合じゃないぞ。

落とさないようするだけで精一杯の両腕にはスカートを下す余裕はない。そして地面を蹴るたびにやはりスカートはめくれてしまう。

未来予想をシミュレートしてみる。これは、友達に自慢できない武勇伝だ。

うわー。


だんだん歩みに力が入らなくなる。シェルターまであと50mもないだろうに、ちっとも近寄ってこない。

物陰に隠れていた方がよかったか、そういう後ろ向きな考えが頭の中に満ちようとしていた時、空に光るものが見えた。

何条もの光の束が走り、ジオビーストに刺さった。




「山田さん、山田さん」

呼びかけられ、ゆっくりと目を覚ます。彼の中に、あの時の無力感が炭火のようにくすぶる。

声の主はこの貨物船の船長だった。

「もうすぐ到着ですよ、下船の準備をしてくださいね」

「ありがとうございます。はい」

彼の名前は山田ではない。この船は物資を運んでいるので確かに貨物船だが、実の姿は輸送の任務に就く軍のもので、船長以下十数名はすべて軍人である。その乗客である彼は、乗船するにあたって本名は口にしないよう船長から告げられ仮の呼び名を付けられた。情報秘匿だと。何かの偶然で乗員に知人でもいたら、・・・はて、どうなるんだろうと初日に思いはしたものの、1秒後には考えても無駄だと結論付けた。これから行くところが、そういう場所なのだと、覚悟しろと言われている気がしたからだ。


4日間の船旅は手ぶらの身にはあまりにも退屈だった。

最低限必要なものは荷造して担当者が運んでしまい、船内では支給された衣類と日用品を使うよう指示された。お金を持っていても使う場所がなかったから、自由も不自由もなかった。

なので、乗船した時の私服に戻して、久しぶりの地面とご対面だ。

「船長、いろいろとありがとうございました」

「これから頑張ってくださいね」

軽く握手をして桟橋へのスロープを下る。

乗員はみなやさしかったが、必要以上の接触はなかった。だから余計退屈だったのだが、周りを見ると船から降りているのは彼だけだと気付く。島の方からも誰一人として船の内部には入っていかない。そういう規則なのだと、この島は適応者だけしか入れないのだと、おや?桟橋の隅に看板が立っていて、同じ文句が書かれているじゃないか。【当施設には適応者もしくは特別の許可を得た者しか入ることはできません。】はあ。ずいぶん薄味の警告ではなかろうか。

見回すとほんの数名がてきぱきと積み荷を上げ下ろしをしていて、声をかける隙がない。この先どうしたらいいのかわからないし、ともかく目に入った正面の建物まで進むことにする。

「こういう時、担当の係の人とか出迎えてくれないのかなあ」

独り言をつぶやきながら。


事務所っぽい建物にはいくつかドアがあって、一番近いドアに「港湾事務所」と書かれていたので、ノックする。3回が基本だと聞いたことがあった。

すぐ横の窓が、受付用の小窓ではない普通の窓が勢いよく開いて、制服の女性が顔を出す。

「なんでしょう?あ、男だ!」

二言目で大変失礼な女性であった。あれ?男が珍しいのか。

「えーと、鷹城と言います。編入と言えばいいのかな?」

「あ~。・・・・あ!そうか今日か!しまったー!ねえ由美ぃ、新人さん今日だった。なんか聞いてるぅ?」

「あんたもっと言い方あるでしょ。彼、目ぇ丸くなってるじゃないの。え~と、ちょっと待ってね」

「あはは~ごめんね。あんまりないことだからさ。許してね」

どこまでも気楽な感じの受付担当官だ。大丈夫か?入島審査とか。

「やっぱり男性は珍しいんですか?」

「いやいや、編入がね。ちょっと前に来るっていう話はあったんだけど~」

「鷹城勇一さんですね」由美と呼ばれた女性が、こちらはドアを開け外に出てきた。手にファイルを持っている。

「はっ!」キヲツケで答える。なんだろう無駄に緊張する。

「ふふっ返事はよろしい。と言っても特段の指示はなかったのよね、どうしましょう」

「やっぱ、校長室じゃね?」椅子に座ったままテキトーな茶々が入る。くるくる回ってるし。

「そうよねえ。司令部付けの指示書だしね。そこの門から左へ出て、まっすぐ行くと10分ほどで司令部分室があるわ。鴨目かもめ司令を訪ねてちょうだい」

「はあ」

微妙としか言えないやり取りからどうも生返事になってしまう。司令?

「ん?質問なら何でもどうぞ?」

「えーと、審査とか手続きとか、・・・いいのかなと」

「ああそういうことね。大丈夫よ、警報が鳴ってないでしょ。適応者ってのは間違いないし、わざわざ物資船に乗って悪い子は来ないって、あはは」

この人も軽かった。

そうか、適応者かどうかも機械的に分かるシステムがあるんだ。あ、だから特別な許可ね。

「行ってみます。ありがとうございました」

連絡しておくねー、などと小さく手を振るお姉さんは、そうか彼女たちも適応者なのかと改めて思い、勇一は新しい環境に踏み入ることにした。


ここは幻獣対策隊本部基地。巨大な4つの浮島に街が作られている。一番大きな島は海底の岩盤と柱で繋がっているが、潮流に流されないためと緊急時の保険としての設備であって、自力で浮いていられる構造となっている。残る3つも海底にアンカーを降ろして留まっているが、海が荒れるときは安全のため他の島と分離する仕掛けだ。

組織の名前にある幻獣とはジオビーストのことだが、政府見解がどうとかで公式な呼び名はそういうことになっている。聞くところによれば「ジオビースト対策隊」とか、なんとかアタックチームだとか、そういう名前も候補に挙がったが、なんとなく却下されたというもっぱらの噂である。

島にはジオビーストに対する最新の装備と最先端の研究施設があり、同時に様々な分野で活動する人員を育成するための訓練校が置かれている。

鷹城勇一はこの訓練校高校部に編入することになった。

およそ1か月前のジオビースト出現に遭遇し、適応者であることが判明したためである。

男女問わず中学に上がる際の健康診断で適性の有無が調べられる。数値の高いものは訓練校への入学を薦められる。もちろん、特に高い数値が出た場合は半ば強制的とも言えるほど熱烈に誘われるし、それに見合う報酬と地位が与えらえる。向き不向きはあるが、戦うだけが仕事でもないのでおおよそなし崩し的に入学することになる。鷹城の場合はこの検査では適性が見られなかった。適性は千数百人に一人の割合で発現し、かつその95パーセントは女性である。まだまだ不明な部分も多い適応資質なので、後になって発現するケースも少なからずあり、鷹城に適性なしと診断されたのは何も不思議なことではなかった。ところが事件後の事情聴取に伴う身体検査でとてつもない数値が出たのだ。男性の適応者は多くの場合高い数値を示す傾向にある。それらに照らし合わせても目も見張る数値だったことから、とても放置できる存在ではなかった。高校に進学して3日目で、転校が決定した。


門の前には警備員もいなかったが、通りの向こう、ずっと遠くには車が走っている様子が見て取れる。

港には相応の用事のある人しか寄り付かないものなのかもしれない。それともよほど暇なのか。受付の様子を振り返ってみるが、もうお姉さんはいなかった。

言われた通り歩き始めると、周囲の建物に特徴があることが分かった。あまり高いビルがない。せいぜい三階建て程度で、どうも住居ではなさそうだ。公的な施設の雰囲気が伝わってくる。

天気が良く、まっすぐな道はお散歩気分で、真昼間から一人でぶらぶらしていると、悪いことをしているようで愉快になってくる高校生(仮)である。

目的地はすぐに見つかった。

道路脇に【幻獣対策隊司令部】とちょっと豪華目の大きな看板が据え付けられていて、芝生の先に飾り気のない武骨な建物。二階建てだが、横方向や奥行きはかなりあるようだ。少し奥に灯台のようなタワーが立っていて、物見櫓やぐらと電波塔の役目をしているらしい。見回す限りこの周辺では最も高い構造物ではないだろうか。

何にせよ威圧感は結構なものだ。

ここにも守衛はおらず、正面入り口も無人だ。さらには、人の出入りが全くない。

「人口密度、低すぎないか?」

腕時計も携帯も持ってないし、お金もないし、港のお姉さんはお気楽だし、ここに来てどっと不安がぶり返した。愉快の倍返しで振り幅が大きい。

入っていけばいいんだろうが、連絡が入っているなら誰か出てきてくれないかな、などと立ち尽くしていると、突然のサイレンが街中に響いた。


いや、警報は突然に決まっている。どこでもたいがいそうだ。

けたたましいサイレンの後、アナウンスが響く。

「スクランブル。D級ジオビースト確認。221隊、出動してください」

やけに平易な言葉で命令が出る。特に隠す必要がない事なのだろう。

続いて「実習訓練。当直チームは速やかに本島防衛線で訓練任務に就くこと」と、先ほどとは別の声でアナウンスが。訓練?

放送が終わって数秒、5人ほどの人影が飛び去って行き、次いで20人ほどが飛び立ち島のすぐ近くの海上で浮いたまま陣形を取る。


突然の事態に困惑しながらも、なんとなくそちらの方角を見てしまう。勇一の目線からは海面は見えない。ここから見えるのは等間隔に2列10人ずつ(数えた)の防衛隊が空中でぴたりと静止して壁を作っている様子だけだ。目を凝らすと、どうやら全員女性らしい。

「・・・お尻?」

プロテクターのようなものが体のあちこちに付けられているものの、それ以外の部分はレオタードのような薄手のボディスーツで、わりと体のラインが浮き出ている。この距離だと競技場でアスリートを見ている感覚に近い。傍でじろじろ見たらセクハラで訴えられたりするかもしれない、と思ったり願ったり。

そうこうしていると、防衛線のずっと向こうで光線が空に向かって走るのが見えた。戦闘が始まった、ということか。さすがに音は感じられない。放射状にたくさんの光線が瞬き、応戦するかのように光が交差する。直後、別の場所からも光線が降り注ぐ。傍観者である勇一に事情が分かるはずもなく、「敵は2体なのか?」などと他人事のように眺めていた。遠くの様子にじっと集中していると、急に近くでひときわ太い光線が目に入り、「あ」と口にするその瞬間には目の前で四方八方にはじけ飛び、霧散した。勇一は気付くと頭を抱え司令部看板の陰で丸くなっていた。

「わあ、びっくりしたあ」

割と近い洋上に別のジオビーストがいるらしく、でたらめに光線を放っていて、防衛線は見えない壁で光線を防いでいる。

看板から頭だけ出すと、なんとか維持されている防衛線は少しずつ陣形が変わっている。いや、はっきり言ってひどく乱れていた。

「よくわからないけど、大丈夫なのかな、あれ」

最初ほどの威力はないが、小さな光線がいくつも放たれており、こちらへ届くものはことごとく防衛線で弾かれているものの、よく見れば攻撃の主であるジオビーストが明らかに迫ってきている。黒のような灰色のような、1か月前に見たあの巨体に比べるとずっと小さいし、姿は全く違う。とは言え、目視できるとなればまだずっと距離はあるものの実感はいやでも高まる。

「3体いるのか?」

独り言が声に出てしまうが、頭の中にあったのは「逃げた方がいいんじゃないか」といった逡巡の方で、もはや緊張感はピークであった。そして目が離せない。

攻撃は断続的に続いていた。防衛隊は手にした銃で反撃しつつ、お互いに一定以上の距離が開かないように陣形を気にしているが、相手が近付くにつれ乱れも大きくなっている。そこに、中央近くでたまたま網の目が大きくなったところへ散発的な一撃が一人を直撃する。

「ひゃあっ!」

可愛らしい悲鳴と共に、突き飛ばされるように落ちてくる。周囲の隊員は穴を埋めるべく即座に位置を変えるが、彼女を追いかける余裕はなかった。

とっさに勇一は落下点へ走っていた。つくづく人助け向きの性根なのか、躊躇がない。

予想に反し、ふわふわとゆっくり高度を下げる小さな体躯を、これなら怪我もしないんじゃないか、とは彼女を両手を広げて受け止める瞬間にこそ思ったものの、その瞬間は次の一瞬に「やわっ!」という感激と共に、受け止めてよかった、と改めることになった。背中から羽交い絞めのような格好で抱きかかえ、植え込みの陰に尻もちを搗くと、ああそういえばあの二人も柔らかかったなあと回想する。つくづく不謹慎な坊やであった。

「あやわわや」

少女は変てこなうめき声と共に手足をばたつかせていた。意識が飛んでいたのだろうか、今更思い出したように慌てている。しかし突然、跳ね返るように背中をしならせつつ、ゆっくりと浮かび上がった。

何事?

可愛らしい顔に似合わず口がいっぱいに開いていた。まるで空気が足りないかのように浅い呼吸を繰り返し、足先は痙攣でもしているかのようだ。

ただの通行人である勇一に引き留める理由もないし、そのまま捕まえていたら空中遊泳でランデブーだ。落ちたら怪我する。そっと離すと数メートル上空で静止する。

少女は手にしたライフル型の銃をゆっくりと構え、もはやかなり近い位置にまで接近してきたジオビーストに向け、引き金を引く。

「ドーン!」

周囲は白の上に白を塗り重ねた真っ白な閃光に包まれ、耳をつんざく轟音に押され、勇一はひっくり返る。

閉じた瞼を突き抜けるほど眩しい。あわわ、と四つん這いで植え込みの根っこに身を寄せて、周囲を見回すとだんだんと視覚が戻ってくる。何より気になるのは銃口の向いた先だが、光の直撃を受けたジオビーストは沈黙し微動だにしていなかった。そして、少しずつその見た目を薄くし、やがて見えなくなった。

「消えた・・・?」

光を放った当の少女は、しばらくじっとしていたが、はっと我に返ると慌てて持ち場へ戻っていき、防衛線の面々は突如放たれた大砲火に理解がついていかず、それぞれの顔を見合うばかりだった。

ほどなく海の向こうの戦闘も片付いたらしく、空に浮かぶ人影が一塊になって肩をたたきあう様子が、勇一にも戦闘の終了を実感させた。




翌朝。

教室には18人の女子生徒がわいわいやっていて、隅っこで男子が一人、ほけーっとしていた。

話題はもっぱら昨日の戦闘である。この教室からも数名が防衛線に出動していたが、昨晩は全員が待機宿直室へ缶詰めになり寮には帰ってこなかった。滅多にない出動とは言え、当直訓練生は反省会があって解散になるのが通例なので、その他のクラスメートは掲示板より多くの情報を得ようと興味が津々なのだ。ジオビーストが3体も出現したという、前代未聞の噂は真実なのか、投げかけられる質問攻めに舞鶴鈴香は先ほどから頭を抱えて「うー」とか言っている。答えることができないうえに登校してきた女子がいちいち同じ質問をするので「なんで私ばっかり」と泣き出しそうだ。答えが得られないと分かるなり、彼女の頭の上を尾ひれの付いた空想が明後日の方向へ飛び交っていた。「うーーー」

やがてチャイム代わりのブザーが鳴り、ホームルームが始まる。いつの間にか女性教師が教卓に手をついて立っている。

「きりーつ」「礼」

椅子は固定されているので音もなく座る。

このクラスの担任、井幡の冷ややかな目が全員を見渡す。

「おはよう」

「おはようございます」と19人の声。

「騒々しいのはいつものことだが、・・・怒るよ」

ちーっと機嫌が悪かった。

「まあいい。今日は新しいオトモダチを紹介する。入ってきたまえ」

首をわずかに扉側へ向け、入室を促す。

おずおずと入って来た男子に教室の空気が変わった。誰も声を出さないが「おーーー」というゴシック体が天井近くに漂っていた。

「自己紹介だ」

「はい。鷹城勇一です。よろしくお願いします」


彼の新たな高校生活が、本格的に始まる。


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