第96話 プロローグ 京一郎
「やっぱり、雪が降っていなくても、寒いものは寒いねぇ!」
俺は、そう言いながら応接室の扉を開けた。
部屋のなかはもちろん、充分に暖房が効いている。
昼間のちょっとしたご馳走やケーキ、紅茶の香りまで残っているのが相乗効果をあげて、より暖かく感じさせるのだろうか。
「お帰りなさい。温かい飲み物を淹れようか?」
そう言ってソファから立ちあがった夢乃に、俺は「いまはいいや」と断る。
そして、あいている椅子の背に、脱いだ革のジャンバーを掛けながら続けた。
「ほーりゅう。あいつは、地で行き先不明のミステリーツアーに行けるね。友だちがわざわざ仕組まなくても、彼女、新幹線の切符を見ただけじゃ、列車がどこに向かっていて自分がどこに連れて行かれるのか全然わかっちゃいない。新幹線の指定席に座るところまで確認して見送ってきた」
それから、俺は、ため息をついてみせる。
まったく。
マジで大げさな話じゃない。
宝龍紫織は、いまから四ヶ月ほど前となる二学期の初めごろ、こちらの高校の一年のクラスへ転入してきた。
そして、今日は24日のクリスマス。
学校は終業式だけだったので午前中で終わり、この夢乃の家で簡単な昼のクリスマスパーティをしたのだ。
ほーりゅうは、そのまま、前の高校の友人の父親に招待された旅行に出発したところだった。
俺がバイクで駅まで送ってやり、ほーりゅうは機嫌良く手を振って出かけていった。
「お疲れ」
萌葱色のセーターをざっくりと着て、ソファの背にもたれ雑誌を眺めていたジプシーが、いつもの無表情を俺に向けた。
そのまま言葉を続ける。
「ほーりゅうって、たしか前に通っていた高校は、お嬢さま坊ちゃま学校だったな。友人の父親が新しくホテルをオープンしたって?」
俺は、駅へ向かう道中で彼女から聞いた話を、そのあとに続ける。
「そう。少しばかり風景は良いが、開発途上の辺鄙なところに、先にホテルを建ててしまったものだから、今年はこの時期でも部屋があいているらしくてさ。それでその友だちが、自分の仲間を招いてクリスマスと年末パーティするって。まだほとんどなにもない土地でも、ホテル自体はすごいゴージャスで、建物内でいろいろ遊べるんだってよ」
ジプシーは興味のなさそうな態度だったが、それでも一応訊いてきた。
「で、帰ってくる日は?」
「適当、だそうだ」
たぶん旅行日程は、友人からは聞いているのだろう。
だが、ほーりゅうのことだ。
単純に忘れているに違いない。
本当に天然を地でいく女だ。
「ふぅん……。まあ、彼女がこっちへ帰ってくるまでに、俺たちも戻れたらいいが」
そうつぶやいて、ジプシーは、目の前のテーブルの上に雑誌をばさりと置く。
「今回の話、ほーりゅうを関わらせたくなかったから。ちょうど良かった」
そのジプシーの言葉が終わると同時に、応接間の扉が開き、夢乃の父親が入ってきた。
「今回の話、断っても差し支えないのだが」
そう切りだした親父さんの言葉に、ジプシーは、はっきり口にだして告げた。
「どのようなお話でも、お受けする覚悟はできております。そのつもりで、初めから詳細をお願いします」
ジプシーにそう言われた親父さんは、俺と夢乃からの真剣な視線に、困惑したような表情をみせる。
普段、警視庁の上層部にいる人物には思えない、はっきりしない態度だ。
身内が絡むと、そんなものなのかもしれないが。
「――今回の話は、現在情報局にいる、学生時代からの友人の頼みで回ってきた話だ。結論から言うと、成功してもしなくてもいいらしい」
「それ、どういう意味?」
俺が聞き返す。
普段から無口なジプシーは、自分が質問するより他人のやり取りを聞きながら、考えをまとめる奴だと知っているからだ。
俺のぞんざいな口調を気にすることなく、親父さんは説明を続けた。
「現在情報局は、ある事件を追っていて人手が足りないらしい。そこで、情報自体に信憑性が薄いことと、情報が入手できれば物怪の幸いだという程度の仕事だから、向こうでも噂にきくきみに、実力を試しがてら手を貸して欲しいそうだ。内容がこんなあやふやな感じの話なので、気楽にやって欲しいということだが……」
実力を試すって言葉が引っかかる。
だが、成功してもしなくてもいい。
初めて情報局の仕事を手伝う話としては、たしかに気楽に引き受けられそうだ。
だが、なおも乗り気じゃなさそうな親父さんに、俺は軽い態度で言った。
「どうせこいつもやる気になっているんだから、ここは情報局に恩を売る気分でいきましょうや。成功すればラッキー。失敗してもお咎めなし。それに今後、警察の任務で動いているときに情報局の連中と鉢合わせした場合、話が通しやすくなるかもねぇ」
俺の言葉を聞いて、ようやく親父さんは心が決まったのだろう。
今回の依頼の詳細を話しはじめた。






