第9話 ジプシー
風がないのをよいことに、俺は屋上の床へ、京一郎から手渡された紙を順番に広げて並べていった。
さすが京一郎、短時間でよく調べたものだと感心する。
まず視界へ飛びこんできたものは、とある暴力団の組織図だった。
そのかなりの人数の顔写真と肩書き、上層部それぞれの今夜のスケジュール。
その他の連中の行動とその活動範囲、たまり場。
暴力団組長の見取り図、そこのセキュリティーシステム。
屋敷の周囲の地図……。
俺は、それらすべての情報を頭のなかへ叩きこみながら、視線を向けずに夢乃へ声をかけた。
「それで、転入生は何者だって?」
ちょっと場所をはずれて日陰へと座った夢乃は、持参した弁当を広げながら返事をする。
「先生や直接彼女から聞いた話をまとめても、怪しいところはないわ。どこにでもいる普通のお嬢さんね。医師である御両親が海外へ行かれたために、彼女は日本に残り、叔母さまのいらっしゃるマンションで独り暮らしをはじめるみたい。それで、そのマンションがあるここの土地に引っ越してきて、徒歩圏内であるこの高校へ編入になったようね」
「なにか、俺と彼女に接点はあったか?」
続く俺の問いに、夢乃は小首をかしげてみせた。
「それまでの引っ越しはないし。旅行以外では生まれた土地から出ていないみたいだし。念のために問い合わせたけれど、彼女自身に事件暦はなかったわ。たぶんジプシーとの接点はないと思う」
夢乃は、父親が警視庁内の御偉方であるため、そのコネを使えば、ある程度の情報の融通がきく。
ついでにいえば、今回の話は夢乃の親父さんから回ってきたのだ。
「へぇ? 親の監視がないとは羨ましいねぇ」
「京一郎、あなたも親の監視がないようなものでしょう?」
ふたりの会話を聞き流しつつ、俺は資料を目で追い続ける。
だが、頭の奥底では、それならあの転入生の視線の意味をどう解釈すべきか、考え過ぎであり意味などないのだろうかと首をひねっていた。
数分後、一息いれようと、俺は晴れ渡った青空を見上げた。
心地よいと感じるくらいに空気が澄んでいる。
この天気なら、今夜はきっと星が見えるだろう。
俺は頭を切りかえて、とりあえず転入生の件は後回しにすることにした。
たったいま新たに入手した情報を整理しつつ、瞳を閉じて腕を組み、あらかじめ立てておいた逃走経路について微調整をはかる。
今夜、連中のところに来客がある。
その人物が何者で、どのような用事なのかまではわからないが、暴力団組長の家に出入りするとなれば、当然裏社会の人物だろう。
となると、わざとその客に俺の顔を見せたほうが、都合がいいだろうか。
客のいるコアタイムを想定すると……。
おもむろに俺は、広げていた資料を集めてそろえて京一郎に手渡しながら告げた。
「今日は放課後に委員会があるんだ。終わるのは5時過ぎになると思う」
「じゃあ、俺がいつものところで待とうか。おまえ、着替えに家へ戻る時間がねぇだろう?」
「頼む」
「どこへ出かけるの?」
そのとき、突然割りこんできた声に、俺たちは口をつぐんだ。