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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第80話 ほーりゅう

 ファーストフード店は、朝早くでもかなり混んでいた。

 メニューをみながら、ふぅん、朝限定のセットっていうのがあるんだなんてチェックする。


 さっそく、わたしはハンバーガーとポテト、オレンジジュースのセットを購入して、席を探した。

 わたしはひとりだったので、窓の外が眺められるカウンタータイプの席に座る。

 そして、ハンバーガーにかぶりつきながら、外をぼんやりと眺めていた。


 すると。

 ふと、ガラス越しに、このお店の前で待ち合わせをしているらしい、ひとりの男の子の後ろ姿が目に入る。


 どこかで見たことのある後ろ姿。

 運動でもしているのか、バランスの取れた体形。

 今日は前につばのある帽子をかぶっているけれど、背中の真ん中ほどまで伸ばして三つ編みにした焦げ茶色の髪。

 誰だったっけ?


 じっと見ていると、気配を感じたのか、彼が振り返った。

 わたしとばっちり目が合う。


 ――ああ。

 文化祭で会った男の子だ! 


 彼も、すぐにわたしを思いだしたのか、にっと笑った。

 そして、お店の入り口へ回ると、なかに入ってきて、空いているわたしの隣の席に腰をかける。


「ここで朝食? もう学校がはじまっている時間じゃないの?」


 笑顔でもっともなことを訊いてきたので、わたしは返事をする。


「今日は臨時休校なの。そう言うあんたは? 学校もだけれど、誰かと待ち合わせ?」

「俺は、友人と待ち合わせ」

「あ、女の子と待ち合わせなんだぁ」

「残念! 待ち人は男なんだ」


 屈託なく、彼は笑った。


 この話のしやすさは、京一郎と似ているところがあるなぁ。

 そして、この喜怒哀楽のはっきりしていそうな彼の雰囲気に、――なぜか、普段無表情のジプシーを比べてしまった。

 ジプシー。

 そうだ、急に事件を思いだした。


 わたしの表情の変化がわかったのか、彼が顔をのぞきこむ。


「なにか、悩みごと?」


 そんなにわたしの表情って、読まれやすいのだろうか。

 そして、どうしてなのか、そう訊かれたわたしは、事件には無関係の彼に喋ってみたくなった。

 第三者の意見を聞きたくなるってことかな。


「友人がね。――クラスメートの男子なんだけれど、ある女の子にやけに気にいられてるんだよね。断っているのに付きまとわれて、とっても困っているんだ。どうにかならないものかと思ってさ」

「ふぅん。そんなに大変なことになっているの?」


 ふむとうなずいて顎に手をあてた彼は、こう言った。


「男女の問題って、方法を間違うとさらに大変なことになりそうだよね。可愛さ余って憎さ百倍なんてさ。女の子の嫉妬って怖いんだろう? 周りの異性の友人も巻きこまれそうだし。って、もうきみなんか巻きこまれているクチかな?」


 笑いを含んだような眼で瞳をのぞきこまれて、わたしは視線のやり場に困った。


「あははっ。図星って顔。――なに? やけにその彼のこと、心配しているね。もしかして、その彼のこと、きみも好きなんだ?」

「まさか! ――友人として心配しているだけよ」


 ドキッとしたのは、いま、彼に瞳をのぞきこまれたせいだ。

 それは、眼だけではなく、身体の奥の感情まで見透かされそうで……。

 第一ジプシーは、わたしの恋愛対象に入っていない。

 それは間違いない。

 だって、わたしの好みの顔や性格といえば……。


「なに?」


 わたしの視線を感じたのか、彼はテーブルの上に肘をつき、片頬を手のひらで支えてわたしをじっくり見返してきた。

 なので、慌てて視線をそらす。

 自分でもわかる。

 いまのわたし、絶対に顔が赤い。


 そして、わたしは気がついた。

 はじめて文化祭で出会ったとき。

 わたしがそのとき、とっても楽しい気分になったのは、たぶん話しかけてきた彼が、ストレートにわたしの好みのタイプだったからだ。


 ごまかすようにわたしは、目の前のポテトを彼のほうへと押しやった。


「どうぞ。たくさんあるから食べて」


 瞬間、彼の躊躇するような間があく。


 なんだろう? この一瞬の間。

 ポテト、もしかして嫌いだったのかな?


 まあいいやと、わたしは自分もポテトをとろうと手を伸ばしたとき、偶然にも手を伸ばした彼の手とぶつかった。

 慌ててふたりとも、手を引っこめる。


 その彼の慌てぶりを見たわたしは、この人は意外にも女の子に免疫がないのかな? 京一郎と同じくらいの軽さで見ていたけれど、あんがい純情なんだ、なんて思って笑った。

 自分も、真っ赤になって慌てたことは棚にあげて。




 目の前の彼はふたたび、今度はゆっくりとポテトに手を伸ばす。

 そして、一本つまんで口にいれた彼の後ろに、ふいに人影が立った。


「おまえがファーストフード店に入って物を食べているところなんて、はじめて見た!」


 心底驚いたような声が上から急に降ってきたので、わたしはびっくりして振り仰ぐ。

 そこには見知らぬ長身の男性が、端整な顔に驚いたような表情を浮かべて、わたしと彼を見比べていた。


「お、待ち人がきた」


 そう言って振り返った彼に、長身の男性が言葉を続けた。


「ファーストフード店に入っていることも驚きだが、おまえが女子と一緒にいるのを見るのもはじめてだな」


 そう告げたあと、長身の男性はわたしに視線を向け、すかさず右手を出してきた。


「はじめまして、東条とうじょうです」

「あ、どうも」


 わたしはそう言って中腰になり、慌てて紙でポテトの塩をふいた右手をだした。

 すると東条さんは、なぜか不満げな表情となる。

 握手をしたまま、なにか言いたげに、わたしの顔をのぞきこんできた。


 ? 

 わたし、なにか失礼なこと、したかな?

 指先のポテトの塩が、ふききれてなかった?


 そのとき、面白そうに成り行きを眺めていた彼が、突然はじけるような大笑いをした。


「女子高生で、東条ツバサを知らない子がいる!」


 え?

 ということは、この人、有名人なの?

 そういえば、見覚えがあるような、ないような。

 芸能人?

 ――といえば、情報通で芸能人大好きなクラスの明子ちゃん。

 あ、もしかしたら明子ちゃんが、よく学校に隠して持ってきている雑誌のなかで……!


「――ファッション雑誌のモデルをしている?」


 おそるおそる口にしたわたしへ、東条さんは、ようやく満面の笑みを浮かべてみせた。


「思いだしてもらえて嬉しいよ」


 なるほど!

 本当にそういう業界の人なんだ。

 たしかに背が高くてかっこいい、芸能人的なオーラがある男の人だ。

 ――あ、それだったら。


「ねえ、高橋麗香って知っています?」


 わたしからのいきなりの質問で、ちょっと驚いたような顔をしたけれど、すぐに東条さんは答えてくれた。


「知ってるよ。何回か撮影現場で会って仕事も一緒にしたことがあるからね。でも、お互いにあまりソリが合いそうに思わなくて、それ以上に個人的な話をしたことはないな」


 慌ててわたしは、お礼を口にする。


 そうか。

 そう簡単に、彼女の新たな情報が手に入るわけでもないか。


「ちぇ。ついにツバサを知らない子がいると思ったのに」


 そうつぶやいた彼は、勢いよく立ちあがった。


「それじゃあ、またね」


 彼は、笑顔でわたしに手を振ると、東条さんと連れだって、お店の出入り口へ向かう。

 待ち合わせの相手がきたんだもの。

 当然、引きとめる理由が、わたしにはない。


「なあ。あいつ、今日もでてこないのか?」

「大学の研究室に泊りこみだってさ。現在進行中の仕事の詰めが近いってきいた」


 会話する声が遠のいていく。

 ふたりの後ろ姿を、わたしはガラス越しに名残惜し気に、じっと見つめていた。

 そして、彼らが信号を渡って通りの向こう側へ消えるころ、わたしは重大なことに気づく。


 わたし、彼の名前を聞いていない!

 舞いあがっていたとはいえ、なんて失態!


 でも、前に高校の文化祭にきたくらいだし、ここでも偶然会った。

 彼は、この近くに住んでいるのかもしれない。

 だとしたら、また次に会う機会がすぐにあるような気がするし、そのときに名前を聞けばいい。

 よく考えたら、わたしも名乗っていないや。


 いまのふたりの様子を見ていると、東条さんがモデルの仕事をしているってことは、彼も同じようにモデルをしているのかな。

 それなら、男の子なのに髪を伸ばして三つ編みしているのもわからないでもないし、スタイルがいいのもうなずける。

 なんていっても、わたし好みに見た目がかっこいい。

 さっそく明子ちゃんに雑誌を借りて、彼を探してみようかなぁ。


 あ、でもいまの会話、大学がどうこう言っていた。

 もしかして同じくらいの年齢だと思っていたけれど、ふたりとも年上の大学生だったりして。

 東条さんはどう見ても年上っぽいし。

 それなら平日の午前中、講義の合間を縫ってこんなところにいるっていうのも、べつにおかしいことなんてない。




 ぼんやりとガラス越しに街の風景を眺めながら、黙々と目の前のポテトを食べつつ、わたしは、すごく彼のことについて考えていた。


 もう一度会いたいって思うのも、彼のことを考えるだけで楽しいってことも。

 やっぱり、これって一目惚れなのかな……。


 わたしは、なんだかいま、ジプシーに一目惚れをした高橋麗香さんの気持ちが、とても理解できる気がした。


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