第8話 ジプシー
昼休みのはじまりを告げるチャイムが鳴ると、すぐに校内は喧騒に包まれた。
ゆっくりと教科書をカバンに片付けてから、俺は手ぶらで教室を出る。
普段、俺が昼休みを過ごす場所といえば、自習室か屋上だった。
真昼の九月の陽射しは、朝と違ってまだまだ夏の暑さを残している。
だが、人目を避けて密談をする本日の指定場所は、屋上だった。
俺は廊下の突きあたりにある薄暗い階段を、さらにあがっていく。
屋上へとつながる鉄の扉を開くと、そこにはもうふたりの先客が待っていた。
「お疲れ」
ふたりのそばへと近づきつつ、俺は、京一郎へ声をかける。
屋上の柵を背に、寄りかかるようにしゃがんでいた彼は、牛乳の紙パックにストローを突きさしながら、目でうなずき返してきた。
言葉が足りない俺のフォローをするように、柵にもたれて立っていた夢乃が、京一郎へねぎらいの言葉を続ける。
「徹夜だったんでしょう? ごめんなさいね。昨日の遅く、急に頼んじゃったから」
「マジですげぇ眠い。でもまあ、頼まれた情報と資料は持ってこねぇとな」
夢乃の言葉を受けた京一郎は、紙パックを脇へ置いてから、A4サイズの茶封筒をカバンから取りだした。
封筒の口を開け、手早くスナップ写真一枚と十数枚の紙を引っ張りだす。
「親父のネットワークを使って拾えるだけ拾って、あと、暇そうな連中にもあたってもらった。しかし、お嬢さま学校に通う女の写真ひとつを手にいれるのも、最近は個人情報保護ってヤツ? 大変だよな。なかなかつながるルートがなくてねぇ」
「それでも、手に入れられる京一郎に拍手」
そう口にしつつ、俺は写真を受けとった。
京一郎の人脈の広さは尊敬に値する。
ネットを使用した情報収集に関しては、俺もかなり自信があるほうだが、周囲との交友関係を断っているために、人脈という名のものはまるっきり自慢できない。
俺は、手にした写真へ視線を落とした。
幼きころから世間より隔離されたお嬢さま学校に通う14歳。
同級生ふたりに挟まれて写っている彼女は、俺の好みとは関係なく、かなりの美少女といえるだろう。
彼女は、無垢な笑顔を浮かべて写真におさまっている。
しばし俺は、何事もなければ、彼女はこのままエスカレーター式に大学まで通い、清純なままで成人していくのだろうかなんてことを考えていた。
ぼんやりと写真を眺めている俺へ、上目づかいとなった京一郎がおもむろに口を開いた。
「おまえがこの話を聞いたの、昨日学校から帰ってからだろう? 最初に、もうちょっと突っこんで、詳しいことを確認していたほうがよかったんじゃねぇの?」
「どういうこと?」
俺の代わりに、怪訝な表情になった夢乃が、京一郎へ問いかけた。
たしかに昨日は時間に限りがあり、話の大筋と最終目的の確認しかしていない。
こちらに話がきた時点で依頼者の身元は保障されているため、タスクフォースである俺が重ねて聞く必要はないと思ったせいもある。
「その写真の女、足立真美って、俺らの高校の生徒会長の妹じゃね?」
そう続けると、京一郎は紙の束のなかから一枚を引っ張りだして手渡してきた。
俺は受け取り、記されていた住所や家族構成などの項目にざっと目を通す。
なるほど。
記憶にある生徒会長のデータと一致していた。
だが、俺は顔をあげると、京一郎へ口を開く。
「かまわない。俺と彼女はまだ面識がない。生徒会長と彼女と俺、3人同時に居合わせなければ大丈夫だ。問題ない」
きっぱりと告げた俺の言葉にうなずくと、京一郎は、残りの紙の内容を確認するようにチェックしながら一枚ずつ手渡してきた。
「ならいいがな。そういや今日の夜は、目的の家に来客予定みたいだ」