第72話 ジプシー
いない。
ほーりゅうと夢乃のふたりがいるのは、校舎のこちらではなく、京一郎の向かった生徒棟のほうだったのか。
俺は、電気の消えた職員室棟のそれぞれの階の廊下を確認しながら、階段を四階まで一気に駆けあがる。
そして、四階から各教室のなかを窓からチェックしつつ廊下を突っ切り、三階、二階とおりてきた。
一階の職員室前では走るのをやめ、念のために静かに廊下側の窓から様子をうかがった。
この高校は、かなり下校時間にはうるさい。
そのせいか、とっくに下校時間を過ぎたいまは、職員室にも教師の姿はなかった。
となると、この時間で校内にいるのは、夜間の見回りのために別の部屋で待機しているであろう用務員くらいか。
俺は、生徒棟へ移動しようと、一階の渡り廊下のほうへ向かうことにした。
そして、渡り廊下を通ろうとして。
――音に気がつく。
これは、ピアノだ。
聴いたことがない、俺の知らない曲だった。
音楽室は生徒棟の四階の一番向こう端で、ここからはもっとも遠い場所だ。
俺は渡り廊下の手すりから身体を乗りだして、音楽室を仰ぎ見る。
暗い夜空を背景に、白い校舎の角に位置する音楽室が浮かびあがり、その窓が黒く開いているのが見えた。
それで、外へピアノの音が漏れ聴こえているのか。
この時間にピアノ練習とは、普通にありえない。
今回の呼び出しに、無関係ではないだろう。
そう考えた俺は、音楽室に向かう気で、生徒棟への入り口に顔を向けた。
そして、前方に複数の影を見つける。
空手部の一年が2人。
2人とも隣のクラスの男で顔は知っているが、俺はどちらとも話をしたことは一度もない。
そして別の1人は、サッカー部のキーパーをしている二年だ。
こちらも顔を知っているだけだが、過去にチェックしたことがある資料では、たしか彼は類をみないほどの部活熱心な男のはずだ。
さらに野球部の一年が2人。
こちら2人は、それぞれ違うクラスのはずだ。
まだ野球部内でも補欠で、まったくやる気のみられない連中だったはず。
こちらの2人とも、俺は直接話をしたことがない。
そんな、つながりのなさそうな5人が渡り廊下の先で、生徒棟の入り口に背を向け、ふさぐように立っていた。
まず、気配がなかった。
俺としたことが、すぐに気がつかなかったとは迂闊だったが、やはり連中の様子が尋常ではないためだろうか。
この存在感のない連中の様子からみて、例の彼女――高橋麗香の仕業である傀儡術とみて間違いないだろう。
この複数を同時に操るとなると。
いま聴こえてくるピアノ音が、術を発動しているってことになるだろう。
ため息をついた俺の現状の問題は、操られているこいつらを、果たして叩きのめして良いのだろうかということだ。
同じ学校内で顔を知っている連中なだけに、そう躊躇することを見越してこの連中を使ったとしたら……。
あの女、けっこういい性格をしていやがる。
俺は、できるだけ怪我を負わさず、戦闘不能にさせる程度にとどめるつもりで構えた。
親しい間柄でもないだろうに、連中は申し合わせたように、無言でタイミングよく殴りかかってくる。
空手部の2人の構えと攻撃は、たしかに隙がない。
主将をしている生徒会長の教えが良いのだろう。
その2人の動きをメインに、俺はとりあえずすべての攻撃をかわしながら、様子をうかがう。
そして、野球部の1人の大きな隙をかいくぐって、まずはそいつの鳩尾に手加減しつつ足刀を蹴りこんだ。
彼は、廊下を軽く吹っ飛んだあと、起きあがる気配がなかった。
――操られているってことは、そのうち、ゾンビのように起きあがってくるかもしれない。
油断はできないってことだが。
まず、一人。
そのとき、目の前に残りの4人がいるはずなのに、背後に殺気を感じた。
頭で判断する前に、反応した身体がとっさに前受身をして、俺の立ち位置を変える。
そして相対した先で、どうみても怒り心頭の生徒会長が、空振りで蹴り終わった片足を宙に浮かせたまま、俺を睨みつけていた。






