第66話 ジプシー
バイクが向かった先は、俺が土曜日に、ほーりゅうを連れてきた大きな公園だった。
ただ、巨大な遊具が置いてあるほうではなく、散歩道だけが見える側だ。
京一郎は、公園を囲っている柵のそばにバイクを停めると、ヘルメットを脱ぐ。
俺も京一郎の腰にまわしていた両腕を放して、同様にヘルメットを脱いだ。
大きく深呼吸をする。
「公園のなか、あそこにベンチがあるだろう?」
京一郎が、公園内のベンチのひとつを指さした。
俺はバイクの後ろから降りると、公園の低い柵をまたいで乗り越えベンチに向かう。
そのあいだに京一郎は、公園の外に設置されている自動販売機へ向かいながら声をかけてきた。
「ホット? アイス?」
「アイス」
俺が普段飲んでいる銘柄を確認して二本の缶を手にした京一郎も、同じように柵をまたいで公園に入ってきた。
ベンチまでやってくる途中で、俺へ一本、ブラックコーヒーを放り投げて寄こす。
「サンキュ」
そうつぶやいて受け取り、俺はため息とともに飲み口をあけた。
「役得役得。ほーりゅうと夢乃には黙っといてやるって」
そう笑いながら口にした京一郎は、俺と並んでベンチに腰をかけた。
しばらく黙ってベンチに座り、コーヒーを飲んでいたが、急に京一郎が俺に向かって口を開いた。
「昼休みの話し合いのときから、こうなる気がしていたんだ。おまえ、俺の言った十パーセントの女の意味、ちゃんと考えていなかっただろう? だから、俺がおまえの代わりに警戒していたんだよ。――俺がいま、おまえの前に飛びだした理由はふたつ」
京一郎は、俺の表情を読むように横目で見る。
「ひとつ目。いつものおまえなら、きっと飛びだしてきた俺に向かってこう言うだろう。なぜ出てきた、最後まで姿を見せずに彼女のアジトを突き止めるまで尾行しろって。いまの時点でそう言わないおまえが、俺には本調子に思えないからだ」
ごもっとも。
普段の俺なら、間違いなくそう言うだろう。
言い返す言葉が見つからない。
黙ったままの俺に、京一郎が続けた。
「ふたつ目の理由。やり方が極端だが、はたから見ていたら、実際に彼女は本当におまえのこと、好きなんだとは思う。そう思っていないのは、当の本人であるおまえだけだ。彼女が純粋な恋愛感情だけでおまえに接近しているなら、個人的なことだから、俺が横からよけいな口をはさむ問題じゃないと思う。でも、なにか彼女からは、それ以上のものも感じるんだ」
「だから、あの女が、ただ単に好きだという感情以外で動いているからじゃないのか?」
俺の言葉を聞いて、しばらく考えていた京一郎は、ささやくように口にした。
「おまえ、恋愛感情まったく抜きでの男女の駆け引きってのは、経験あるだろう?」
「――まあ、それは」
過去の請け負ったミッションによっては、まったく恋愛を抜きにはできない。
それなりに相手の好意を利用させてもらったこともある。
ただ、こちらの感情は一切入らないため、すべては計算尽くで動いていた。
「だが、実生活で相手がここまで――術を使ってまで、感情をぶつけてきている恋愛って、おまえは未経験じゃないのか?」
「なぜ、そう思う?」
先に飲み終わった京一郎はベンチから立ちあがると、公園内に設置されたゴミ箱のなかへ、うまく缶を投げ入れる。
それから、俺のほうを見て笑った。
「いまのおまえの動揺ってのが、そばで見ていてよくわかるんだよ。三年前の俺が似たような経験、したからさ」
俺が、いまの京一郎の言葉の意味を考えているあいだに、京一郎はひとりで歩きだし、さっさと公園の柵を乗り越えた。
「まあ、俺の言う彼女のなかの女ってのは、そういうことだ。感覚的なものだから、なんて表現すれば伝わりやすいんだろうな」
そう俺に言い残すと。
さっさと京一郎はバイクにまたがり、ヘルメットをかぶった。
「もうちょっと、彼女を敵としてだけではなく、別の角度から見てみろよ。なにか見えてくるかもしれねぇからさ」
そう告げると、京一郎はバイクを発進させた。
京一郎の姿が見えなくなったころ、俺はあることに、はたと気がついた。
「――え、三年前……? ってことは、なんだ? いまの俺の恋愛経験値って、京一郎の中一レベルってことなのか? マジかよ……」
俺はひとり、がっくりとベンチの上で崩れた。






