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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第62話 ほーりゅう

 はっきり口にだして、付き合ってくださいと、彼女は言った。

 わたしは、大胆にも他校の教室へ乗りこんできて、ジプシーに告白をした彼女の度胸に驚く。


 たしかに文化祭のあとから最近まで、ジプシーは人気があった。

 机や靴箱のなかに入れられていたラブレターは、かなりの数になっていたはず。

 いまでも密かに人気があるのだろうけれど、京一郎のひどい暴言で、それを上回る近寄り難さがでたために、いまはもう誰も手紙を渡そうなどと考えない。


 ――そういえば。

 ジプシーってラブレターはたくさんもらっていても、直接言葉で付き合ってほしいとは、言われていなかったと思いあたる。

 きっと、わたしが知っている限り、初の生告白だ。


 わたしは興味津々で、彼女をじっくり観察した。

 麗香さんっていうんだ。

 先ほど窓からのぞいて見た印象と変わらない。

 京一郎のいうロリータファッションの似合いそうな、ゆるいくるくるロングヘアーで、モデルでも通用しそうな小顔。

 こうして実際に会っても、細身ながら場が華やかになるようなオーラを持っている。

 かなり、いや、これ以上はそうそういないであろう、可愛い女の子だ。 


 しかし、なんで放課後じゃなくて、こんな朝っぱらから他校にきたんだろう?

 自分の学校はどうしたんだろうか?

 そうそう、ジプシーが最近気配や視線を感じたりするって言っていたあれは、イメージが違うけれど、この彼女じゃないのかな?

 だとしたら、やっぱりわたしが言っていた一般人のストーカーの線で当たりじゃん!


 黙ったままのジプシーへ、彼女はふたたび、同じ言葉を繰り返した。


「わたしを彼女にしてほしいんです。お願いします」

「ごめん。いまは誰とも付き合う気がない」


 麗香さんが言い終わるかどうかのタイミングで、ふいに視線をそらせたジプシーが、いつもの不愛想さのままで告げた。

 わたしも、遠巻きで見ていた数人のクラスメートも、その拒絶の早さに呆気にとられる。

 彼女も、とっさに理解ができなかったらしい。

 瞳を大きく見開き口もあけたまま、困惑の表情となって固まっていた。


 ――ジプシー。

 断るにしても早すぎるって。

 それに、もう少しやんわりとした言葉を選んだほうがいいのでは?


 恋愛経験がないわたしでも、これはさすがにひどいと思った。


 これじゃあ、勇気をだしてここまできた麗香さんが、かわいそう過ぎるんじゃない?


「――付き合う気がないってことは、いま、彼女はいないってことですよね?」


 ようやくという感じで、麗香さんが声を絞りだす。

 この言葉を聞いたジプシーが、視線をぐるりと移して、一瞬わたしの顔を見た。


 そうか。

 一昨日のおとりデートもどきを気にしたんだ。

 でも、あれは本当におとりだから、どう考えても彼氏彼女としてのデートじゃないでしょ。


 ジプシーもそう考えたのだろう。

 無感情に麗香さんへ向かって返事をした。


「いないし、これからもしばらくは、誰とも付き合う気は、ない」


 ジプシー、はっきり言い過ぎ。

 それでも、麗香さんは食いさがった。


「視線をそらさないで。わたしの眼を見てもう一度、返事をもらえますか?」


 教室内の気配を察したのか、廊下にもほかのクラスの生徒で、ぼちぼちと人だかりができはじめてきた。

 なにやら騒ぎが大きくなってきたようだ。

 京一郎は面白そうに、ジプシーの後ろでにやにやと眺めている。


 そのとき、ジプシーは彼女から視線をはずしたまま、かけている眼鏡の真ん中に左手の中指を添えて、なにかを口にした。

 あまりにも小さなつぶやきだったので、わたしの耳にはもちろん、麗香さんにも聞こえなかったらしい。


「なんですか? わたしの眼を見て言ってください」


 繰り返されたその言葉に、ジプシーは、ゆっくり視線をあげた。

 そして彼女の眼を真正面から見据えると、一拍おいて、はっきりと言い切った。


「残念だが、きみと付き合う気は、まったくない。さっさと帰ってくれないかな」


 驚愕の表情で、麗香さんは小さくつぶやいた。


「そん、な……信じ……られない……」


 次の瞬間、教室に、平手打ちの派手な音が響いた。

 思わずわたしは、自分の顔を両手でおおったけれど。

 指のあいだから、その瞬間をしっかり見ていた。

 かなりの威力を持った彼女の平手打ちは、ジプシーの眼鏡を、わたしの足もとまで飛ばした。

 ジプシーはよろめいたけれど、後ろにいた京一郎が、慌ててジプシーの両肩を抱きかかえて踏みとどまる。

 皆が呆気にとられて、しんと静まり返った教室から、麗香さんはひとり飛びだした。




 教室が一気に大騒ぎとなったのは、彼女の姿がすっかり見えなくなってからだった。

 誰もジプシーに声をかけないけれど、それぞれが遠巻きにちらちらと見ながら、憶測で話をはじめる。


 普段からあまりクラスメートとの親交を持たないジプシーだから、まあ、そのへんは仕方がないかな。


 わたしはしゃがんで、足もとに飛んできた眼鏡を拾った。


 大丈夫。

 割れていないし、歪んでもなさそう。


 それから、眼鏡を渡そうと、わたしはおそるおそるジプシーに近づいていった。

 平手を食らった頬を押さえ、まだうつむいているジプシーの反対側のあいている手に、わたしは眼鏡を押しつける。


「はい、眼鏡……。でもさ、いまの断り方は、さすがに酷かったかも……」


 わたしの舌は、そこで凍りついたように動かなくなる。

 こみあげてくる嬉しさが抑えれらないという感じの笑みが、ジプシーの口もとに薄っすらと浮かんでいたからだ。


 ――この男、笑ってる!

 なんで?

 どうして笑っているの?


 わけがわからず、恐怖さえ覚えたわたしは、思わずあとずさる。

 そして、無意識に京一郎の姿を探していた。


 いない。

 さっきまでジプシーの後ろにいたのに!


 すると、次々と登校してくるクラスメートの向こう側で、逆に教室からでていこうとする京一郎の姿を見つけた。

 京一郎は、わたしより先に追いついた夢乃へ向かって、なにかをささやいてから、教室を飛びだしていく。

 わたしは、困ったような表情の夢乃へめがけて走り寄った。


「夢乃! 京一郎は? なんて言ったの?」

「いまから早退。また昼休みにくるって」


 夢乃はわたしへそう耳打ちしたあと、さらに声をひそめて続けた。


「さっき、ジプシーが京一郎に支えられたときに、敵が動いたって伝えてきたそうよ」


 敵が動いた?

 誰が、どのように?


 わかっていないわたしは眉をひそめ、夢乃の顔を見つめた。

 夢乃は、そんなわたしの表情を見たあと、ちょっと考えるように小首をかしげる。

 それから、おもむろに口を開いた。


「ほーりゅう。いまの女の子、高橋麗香さんって可愛かったわよね」


 うん。


「あんなに可愛い子だったら、普段はどんな子なんだろうとか、ジプシーに告白しにくる前って、どんな彼氏がいたのかなぁとかって、気にならない?」


 なる。


「このクラスの明子ちゃんって、そういう情報も詳しそうよねぇ」

「明子ちゃんに聞いてこようっと! やっぱり夢乃も、噂話は気になるよね!」


 そう言って、すぐに、わたしは明子ちゃんのところへ飛んでいった。


 あとから考えると、たぶんわたしの行動って、夢乃の思惑通りに動いたんだろうな。

 だから、そのあとすぐに、夢乃がほかのクラスや上の学年をあたって、彼女の情報集めをしていたなんて、知らなかったよ。


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