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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第55話 ほーりゅう

「わたしってさぁ、勘違いしちゃったよ」


 目的の喫茶店への場所をひと通り説明したあと、わたしは、前を歩くジプシーにそう続けた。


「なに? どんな勘違い?」


 当然、ジプシーは聞き返してくる。

 ちょっと言いにくいことかなとも考えたけれど、なんか今日の、というか最近のジプシーは、いままでと雰囲気が違う感じがする。

 すっぱり斬り捨てられたり怒られたりすることもなさそうなので、わたしは声にだして言ってみた。


「ジプシーがわたしに付き合おうって言ったでしょ? 付き合うって、てっきり彼女になれとかの意味なのかと思っちゃったのよ。考えたら、ジプシーに限ってそんなことを言うわけがないよね」

「なるほど」


 つぶやくようにそう言うと、ジプシーは前を向いたままで、少し笑ったみたいだ。


 やっぱり。

 いまの彼は、いつもの刺々しさというか、突き放す冷たい感じがしない。

 連日の正体のわからない気配と視線で、かなり神経質になっていたようだけれど。

 こう何日も続くと、さすがに神経が持たないよなぁ。

 そのせいかな。

 それとも、ジプシーのほうから、腹を割ってふたりで話をしようって口にしたから、それでいつもの、俺に近づくなオーラがでていないのかな?


 そこまで考えたわたしは、そこから今回の件へと思考が飛ぶ。


 だから。

 つきまとっている気配の正体は、きっと文化祭でジプシーに一目惚れした誰かさんがストーカーしているんだって、わたしは思うんだけれどなぁ。




 10分ほど歩くと、目的の喫茶店に到着した。

 大通りに面しているわけではないので、土地を広く使った一階建てのお洒落な雰囲気のある喫茶店だ。

 表にはガラス越しに、サンプルのパフェが並んでいる。


 そう、これこれ!

 どれにしようかなぁ。


「これから寒くなる季節に、パフェか」


 ガラスに張りついたわたしの後ろで、呆れたようにジプシーがつぶやいた。


「わかっていないなぁ。寒い季節にもアイス! おコタに入りながらとか、暖かい喫茶店のなかでとか。冬にアイスを食べるのが、また格別に美味しいのよ」


 そう言い返しながら、わたしはガラスから離れ、いそいそと喫茶店の扉へと向かう。

 飾り細工のある取っ手に触れようとしたら、先にジプシーが手を伸ばして扉を開けてくれた。


「――ありがと」


 京一郎だったら普通にしそうなこと、一応ジプシーもするんだ。


 わたしは、ちょっと意外に感じながらもお礼を口にして、開けてくれた扉を通る。

 広い店内に入ると、思った以上に混んでいた。

 それでもいくつか空いている席を見回していたら、ジプシーが後ろから声をかけてくる。


「窓際のふたり席。あそこでいいんじゃないか」


 その言葉を聞いて、わたしは不思議な感じがした。


「なんか、ジプシーのイメージとして窓際が嫌いそうなのに。本当に、あの席でいいの?」

「なんで? 裏の世界の人間に顔を見られたらとか、狙撃されたらとかの心配? そういう連中は、俺が現役高校生だとは知らない。そこまで俺は日常生活に制限をしていないよ」


 そう言うと、ジプシーが先に歩いて席へと向かった。


 ジプシーがいいって言うんだから、本当にいいんだろうな。

 そう考えたわたしも、彼のあとについていく。

 席に座ってからもう一度、わたしはフルカラーのメニューを手に取って真剣に眺めた。


「わたし、この『ピサの斜塔』っていうパフェにする。果物とバニラアイスとたっぷりの生クリームの上に、チョコレートソースがかかっているやつ! 美味しそうだよねぇ」


 指をさして告げると、それを聞いたジプシーが、注文を取りにきた店員へ伝える。


「このパフェをひとつと、珈琲をひとつ」

「あれ? ジプシーはパフェを食べないの?」


 ジプシーは、店員が立ち去ったあとで、声をひそめて返してきた。


「甘い物は嫌いじゃないが、このけっこうな大きさのものをひとつ、食べきる自信がない」


 その言葉を聞いたわたしは、なぜだか笑った。


 本当に些細なことなんだけれど。

 ジプシーでも自信がないこと、あるんだって思って。

 やっぱり少し、神経疲れで気弱くなっているのかな?




 パフェがくるあいだ、わたしは、はじめて入ったお店だったので、周りをきょろきょろと見回してみた。

 充分に間隔をとって配された大きめのテーブル。

 ゆるやかなクラシックが流れている店内。

 女性同士のグループのなかに、カップルもちらほら。

 土曜日のおやつ時間だものね。

 ただ、わたしたちのように制服で来店している人たちはいないようだ。


 店内は暖房が効いていたので、下にカーディガンも着ているわたしは、制服の上着を脱ぐ。

 そのついでに、ジプシーにも声をかけた。


「店内、けっこう暑いよ。ジプシーも制服の上着を脱いだら?」


 するとジプシーは、眼鏡を外しながら口を開いた。


「いや。今日は下に吊っているから」


 一瞬、その言葉の意味がなんのことだか解らなかった。

 けれど。

 ああ。いま、上着の下に物騒なものを持っているっていう意味かと気づいたわたしは、その話題を打ち切ることにする。

 ジプシーは、おもむろに上着の内ポケットから、シルバー色の携帯電話を取りだした。


「あれ? ジプシーって携帯を持っていたんだ。いままで見たことがなかったから知らなかったよ」

「まあね。普段は持ち歩かないし」

「それって、携帯って言わないよね」


 そんな言い方をするから使い慣れていないのかと思ったけれど。

 ジプシーはすばやくいくつかボタンを押す。

 それから二つ折りに携帯を戻し、テーブルの上へと置いた。


「俺も夢乃も持っているが、普段は、そう必要に迫られることがないし。今日は用事で遠出したからね。それに俺の携帯には、夢乃と京一郎の連絡先しか入っていない。京一郎のほうは、普段からずっとスマホを持ち歩いているけれどね」

「携帯もスマホも持っていないわたしが言うのもなんだけれど。なんで最新のものを持たないのよ。あんたなら情報収集なんかで、より必要なんじゃないの?」

「そうなると逆に、こちらの情報も取られるだろ? 俺にとっては最小限のものでいいんだ」


 そんなことを言っているあいだに、パフェと珈琲が運ばれてきた。

 わたしの視線と興味は、たちまちパフェへと移る。


 わぁ~い!

 どこから突き崩そうかなぁ!

 上手に食べないと、名前通り上に高く斜め気味に絞った生クリームが崩れてくるぞ。


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