第54話 ジプシー
高速がすいていたため、俺は予定通り、待ち合わせの時間前に戻ってきた。
さすがに、バイクでの移動中や今日向かった先では、ここ数日の変な視線はついてこない。
こうなると、俺につきまとう例の気配は、学校帰りとそのあとに続く、寝るまでの生活限定ってことになる。
俺にしては珍しい待ち状態だ。
相手の正体がわからず、こちらから先制攻撃を仕掛けられないというのは、けっこう辛いものだ。
近くの駐車場にバイクを置き、伊達眼鏡をかけながら校舎に入ると、授業がない土曜日のはずなのに、やたらと生徒が多かった。
少し考えて思いだす。
そうか。
そういえばテニス部とバレーボール部が、他校との交流試合でコートを使うと言っていたな。
そのせいか。
俺は、待ち合わせ場所に指定した生徒棟一階の階段下に着くと、ちょうど角度的に見えるテニス部の試合をそれとなく眺めながら、壁を背に腕を組んで立つ。
時々、待ち合わせ予定の二時を腕時計で確認しながら待っていると、突然、人の気配を感じた。
なにげなく視線をあげる。
すると、階段上に、この学校の制服ではない女の子がひとり、うつむき加減で立っていた。
その姿に、見覚えがある。
その少女に、どこかで会った気がする。
――ああ、数日前に街で絡まれているところを助けた、あの彼女ではないだろうか?
そう思い当たった、その瞬間。
「お待たっ!」
ほーりゅうが、ふわりと俺の目の前へ飛びこんできた。
急にほーりゅうが視界に入ったため、不意を突かれた俺は、反射的に言葉がでる。
「遅い」
「だってさぁ」
慌てて俺は、視線を戻して階段の上を見る。
しかし、先ほどの彼女は幻だったかのように、もう姿がなかった。
「ジプシー、どうした?」
ほーりゅうより遅れてやってきた京一郎と夢乃が、不思議そうに俺へ声をかける。
「――いや。いまそこに、このあいだ助けた女の子が、立っていた気がしたんだ」
「本当? でも、他校の人でしょう?」
「今日は、テニス部とバレーボール部が交流試合をしている。たぶん、どちらかの応援についてきたんだと思う。――まあ、向こうは俺のことに気がついてもいないだろうが」
ふぅんと、ほーりゅうがうなずく。
そんな彼女を見て、俺は思いだした。
そういえば。
「おまえ、二時の待ち合わせに遅れたな」
「だって……。学校にくる途中に、すてきな喫茶店があって、そこで新作のパフェがでていたのよ! ついついメニューを眺めちゃってさ」
言いわけがましく口にしながら、ほーりゅうは上目づかいで唇を尖らせた。
なるほど。
理由がいかにも、ほーりゅうらしいか。
それに、喫茶店に新作パフェとは、ちょうどいいかもしれない。
「わたしたちも遅れてごめんなさい。かなり待ったかしら?」
夢乃がそう聞いたので、俺は試合が終わったらしいコートを振り返った。
「待っているあいだに、テニス部の試合を見ていた。――うちのテニス部は思った以上に強いな。圧勝だ」
「おまえなあ」
あきれたように京一郎が口をはさんできた。
「このあいだの、俺と市営のテニスコートで待ち合わせをした日、そのテニス部の主将とおまえで互角に打ち合っていたじゃねぇか。なんて苗字だったか――下の名前が、たしかカオルとかいう二年と」
「ああ、そうか。向こうは俺のことを、同じ学校の一年だと気づかなかったようだがな」
そうつぶやきながら、俺は時間を確認した。
予定通りだ。
そろそろいくか。
俺は、夢乃と話をしているほーりゅうへ視線を向けた。
彼女の容姿を、上から下までざっとチェックする。
制服姿のほーりゅうは、ふんわりとした柔らかそうな長い髪を、無造作に背中へおろしていた。
最初に目をひく大きな瞳が、会話に合わせて、くるくると表情豊かに動いている。
俺の視線を感じたのだろうか。
その彼女の瞳が、ふいに俺のほうへと向けられた。
無意識らしく小首をかしげてくる。
そんな彼女に向かって、俺は口を開いた。
「ほーりゅう、付き合おうか」
そのとたんに、ほーりゅうは、瞳をさらに大きく見開いて黙りこんだ。
なにかを警戒でもしているのか、そのあとは眼を細め、俺の様子をうかがうように見つめてくる。
その不審な態度に、俺は疑問の言葉を投げかけた。
「どうしたんだ?」
「それって、どういう意味?」
どういう?
俺は、なにか特殊な言い方でもしたのか?
今度は、俺のほうが首をかしげた。
「変な言い方だったか? おまえがパフェを食べたいなら、いまから付き合おうかということだが。そうだな……。別の言い方で詳しく説明をするなら、いままでまともに、おまえとふたりきりで腹を割って話をしたことがないから、話をしがてら、さっきおまえがメニューを眺めていたという喫茶店へ、これからパフェを食べにでもいこうか。おごってやるから――って意味だが」
「OK!」
俺の説明の途中で伝えたい意味が通じたらしく、とたんに破顔したほーりゅうは即答する。
こういうところは、素直で単純だ。
俺は、京一郎に目配せをしながら、借りていたバイクの鍵を放って返す。
夢乃のほうは心配そうな顔をしたが、京一郎は鍵をキャッチしながら無言でうなずいた。
「それじゃ、いまから、ほーりゅうを借りていく」
ふたりにそう告げて、俺は先に歩きだした。
気持ちがもう、パフェにいっているのだろう。
俺の後ろを嬉しそうに、ほーりゅうがついてくる。






