第46話 ほーりゅう
そのとき、教室のドアが静かに開いた。
ひとりで入り口に姿を見せたのは、全校朝会で何度か見たことのある、この学校の生徒会長となる二年生だった。
会長は、なんだかそこに立っているだけで存在感を感じる、威圧的でありながら華やかさというものを持っている。
そして、険しい表情の会長の視線は、一直線にわたしたちのほうを向いていた。
ということは、用事があるのは、わたしたち?
生徒会長が、いったいなんの用だろう?
なんて、ぼんやりと思ったわたしだけれど、すぐに気がついた。
会長の姿を確認したとたんに、京一郎とジプシーのふたりに緊張が走ったのだ。
それでも、いつもの無表情で、ジプシーが口火を切る。
「先輩、一年の教室に、なにか御用ですか?」
余裕をみせるかのように、ゆっくりと教室のなかへ入ってきた会長は、そんなジプシーにじろりと一瞥をくれてから口を開いた。
「貴様の用件はあとだ。そちらの茶髪、貴様が城之内だな」
なんか、場の雰囲気が怪しくなってきた。
殺気立っているという感じがする。
わたしと夢乃がこわばった表情で見つめていると、会長の言葉が微妙に癇に触ったらしい京一郎が、ゆらりと立ちあがった。
貴様の用件はあとだなんていわれたジプシーは、相変わらずの無表情で、けれど生徒会長を冷ややかに凝視する。
立ちあがった京一郎は、おもむろに会長の正面へ身体を向けると、真っ向から眼光鋭く睨みつけた。
そんな京一郎に臆する気配もなく、居丈高に、会長は言葉を続ける。
「貴様、何名かの三年と組んで、後夜祭のライブにでるそうだな」
ふぅん。
京一郎とジプシーは、三年生と組んで後夜祭にでるんだ。
わたしも夢乃も、後夜祭の詳しい話に加えてもらえなかったから知らなかったよ。
「それが、なにか、問題でも、あるんです、か」
半眼で、挑発するように頭をかしげながら、わざと区切って口にする京一郎。
まったく、よけいなことをするよね。
けれど、その挑発には乗らず、会長は言葉を続ける。
「メンバーのなかに、千葉隆志という名のクラスメートもいるようだが、いつから貴様らの仲間になったのかと思ってな。確かめにきたのだ」
――千葉隆志?
わたしは、自分の記憶を探る。
その人ってたしか、このクラスにいる男子だよね。
でも会長、きっと勘違いしてるよ。
千葉くんってフィギュアオタクという噂で、その話題を振ると嬉々として延々と語るというたぶんクラス内では、もっとも京一郎と相性の悪そうな男子だ。
京一郎が今回バンドで組んでいる三年生たちは、おそらく全員が暴走族つながりだろうから、絶対間違いだって。
なんて心のなかで思っていたわたしだけれど。
「俺が誰とダチになろうと、会長には、関係ないことっすよねぇ?」
会長の顔をのぞきこみながら、揶揄するような笑みを口もとに浮かべて、京一郎は返事をする。
でも、それって肯定っぽい言い方だ。
かわいそうに。
千葉くんは無関係なのに、これから会長の暴走族ブラックリストに載っちゃったよ?
「まあ、たしかに。それは個人の自由だな」
そう告げると、次に会長は、ジプシーへと視線を移した。
わたしは詳しい事情を聞いていなかったけれど。
前にも会長と、乱闘になりかけたことがあるらしい。
いまもジプシーは、会長の一挙一動すべてに神経を尖らせているのがわかる。
「そう気色ばむな。今日は貴様とやりあう気はないのだから」
意外にも会長はそう口にすると、制服の上着のポケットへ手を差しいれる。
そして、数枚の写真を取りだした。
さらに、それらを見せつけるように扇状へと広げながら、ジプシーの目の前でひらひらと振ってみせる。
「江沼、この写真をバラまかれたくなければ、貴様の正体を吐いてもらおう。――変な術は使うなよ?」
わたしと夢乃は、思わず身を乗りだした。
視線が、会長の手にある写真へ釘付けになる。
それって、さっきの舞台の写真だぁ!
きれいに撮れているジプシーの女装、ジュリエット姿のピン写真。
会長ったら、もう現像したんだなぁ!
わたしは、妙なところで感心した。
まったく予期せぬ写真だったらしい。
先ほどまでの無表情から一転、ジプシーの顔に羞恥のための動揺が走る。
そのジプシーの反応で充分満足したのだろうか。
会長は、さっさと写真をポケットに戻すと、高らかに笑いながら、すばやく身をひるがえした。
そして、そのまま教室から足早にでていく。
「待て!」
慌てて立ちあがると、会長のあとを追いかけるように、ジプシーは教室を飛びだしていく。
残されたわたしたちは、唖然とその後ろ姿を見送った。
「――あの舞台、会長に限らず、皆に写真を撮られていると思うんだけれど……」
「というか、リアルタイムで舞台を丸々観られて――いるどころか、学校側に動画も撮られていると思う」
「そんなに女装が嫌だったんだ。ジプシー、会長から写真を取り戻せたかな?」
「いや、奴は校内では普段、病弱で体力なしのフリを通しているから、大勢の他人の前で会長から写真を奪うという芸当は、見せられねぇだろ。そのうち手ぶらで戻ってくるじゃねぇかな? 今回の会長はどうやら、奴をからかうことが目的だったみたいだし」
拍子抜けしたように頭をかきながら、京一郎はそう告げる。
そして、そのまま腰をおろさずに荷物を持った。
「先に三年の先輩たちと合流しとくわ。待たせるわけにいかねぇし。奴が戻ってきたらそう伝えといてくれ。場所はもう伝えてあるから」
それを聞いたわたしは、先ほどの話を思いだす。
「千葉くんには? もう連絡済みなの?」
わたしの言葉に、ちょっと不思議そうな顔をしたあと、すぐに京一郎はニヤリと笑った。
「千葉は名前を借りただけだ。どうしても、ジプシーは表舞台に名前をだしたくないっていうからさ。舞台では髪型とか変えたりして誰も奴だと気がつかないようにするし、あとで調べてもパンフの名前は印刷ミスってことだ」
作為的に名前を騙られて。
会長のブラックリストに載って。
千葉くん、とってもかわいそう。
でも、もし後夜祭のライブが好評だったら。
明日から千葉くん、本人はなぜだか理由がわからないままにモテモテさんかもね。
なんてことを、ニヤニヤと笑いながら考えていたわたしは、ふと、とあることを思いつき、なにげなく口にした。
「たぶんさぁ、今回の舞台の写真って、わたしたちの卒業アルバムに載るよね?」
わたしの言葉を聞いた京一郎が、呆れたような声をあげた。
「おまえ、そんな先の話を……。俺らまだ、一年だぞ?」
そういいながらも、なにを思ったか京一郎は、視線を窓の外へと移して。
そして、ふっと遠い目をした。
「――そうだな。卒業のころにはジプシーの奴、懐かしくアルバムの写真を眺めることができるようになっていたら、いいよな……」
京一郎は、いったい何に対して何を思いだし、そして何が言いたいのかなと思ったけれど。
そのすべてが象徴的過ぎて、わたしには、まるっきり理解できなかった。
なので。
「それってジプシーが、女装を恥ずかしいって思わずに写真を見ることができるってこと? それとも、自分は美人だなあって写真を眺められるようになるってこと?」
口にだして訊いたわたしを、京一郎は、びっくりしたように見つめてきた。
そして、急に声をたてて大笑いながら、座っているわたしの頭の上に手を置く。
そして、返事をしてくれないままに、くしゃくしゃっと頭を撫でて、教室からでていってしまった。
見えなくなった後ろ姿へ向かって、わたしは、頭を押さえながら心のなかで叫ぶ。
ちょっと、なにすんのよ!
髪が乱れたじゃん!






