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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第二章】 文化祭編
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第44話 京一郎

「いままで、どこに行っていたのよ! 主役のふたりとも!」


 かなりやきもきしていたであろうクラスの女子に呼ばれながら、俺たち4人は控え室となる教室へ駆け戻った。

 時間にして、11時ジャスト。舞台開演の幕があがるまで、あと20分。

 お昼前のこの時間が、この文化祭一日のなかでも、もっとも活気があふれていると思う。

 その人ごみを蹴散らして、一応急いで帰ってきたのだが。


「悪い悪い、放送で職員室へ呼ばれたの、知ってんだろ?」

「呼ばれたのは、かなり前に委員長と副委員長のふたりだけでしょ! もう! 本当に間に合うかどうかって心配したんだから。すぐ移動よ!」


 たしかに時間がない。俺とジプシーは、通し練習なしのぶっつけ本番で、講堂の舞台にあがることになる。

 だが、俺もジプシーも台詞は完璧に入っているし大丈夫だろうと、アドリブに強い俺は考える。


 先に着替えていたジプシーは、今度は女子に捕まって口紅をつけられている。

 まあ、舞台に立つんだ。

 化粧くらいは仕方がないだろうと、俺も急いで着替えることにした。

 面白いことは基本的に好きだから、俺は舞台衣装というものに着替えることに、なんの抵抗感もない。

 第一、役も男のままだしな。


 想像通り、化粧によって、より美人度があがったジプシーだが。

 照れのためか、いつもよりさらに、むっつりと不機嫌そうだ。

 うまくいくのか、この舞台。

 やっぱりお笑い路線か?




 舞台の袖まで移動した俺たちは、前のプログラムが終るのをじっと待っていた。

 書き割りのように幾重にもおろされた暗幕のすきまから、観客席をこっそりのぞき見る。

 舞台の上は、眩しいくらいのライトで非常に明るかった。

 対照的に客席は、顔の区別がつかないくらいに薄暗い。

 これなら緊張せずに演技ができそうだ。

 俺は、そばのジプシーに小声で話しかけてみる。


「なあ、ジプシー。アドリブでラブシーン入れるか? 濃厚なのをさ。教師どもがびっくりするぞ」

「――冗談。これ以上クラスの女子を喜ばせる気はない」

「でもまあ、今回は恥ずかしがらずに役になりきったほうが絶対いいって。中途半端が一番目立つ。どこから見ても、いまのおまえって女だしさ」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、ジプシーは反応せずに無表情のままだ。

 そこで、俺は悪乗りした。


「さあ、あなたは女優よ。役になりきるのよ。舞台の上ではあなたは江沼聡ではなく、ジュリエット……」


 耳もとでささやき終わらないうちに、俺は、思い切り腹を拳で殴られた。

 そのとき、アナウンスが前のプログラムの終わりを告げる。

 大丈夫だ。

 俺もジプシーも、まったく緊張していない。




 講堂は、立ち見がでるほどの満員だった。

 おそらく半分は、ジュリエットが男だとわかって観にきている在校生。

 もう半分は、男だと知らずに可愛らしい少女が主役だと勘違いした一般客。

 夢乃の考案した宣伝方法は、どうやら功を奏したようだ。


 予定通り、順調に舞台は進む。

 途中、本当に即興でキスシーンを入れてやろうとしたが、組み伏せる前に、あっさりやんわりとアドリブで逃げられた。

 その辺は、やはり奴のほうが上手うわてか。


 最後のロミオが死んだ場面では、俺が驚くくらいに涙を流してジュリエットは泣いた。

 俺たちが出会ってから二年間、――どんな事件に巻きこまれようとも酷い結末に立ち会おうとも、ジプシーは俺や夢乃にさえ、一度も涙を見せたことがない。

 十年前の事件がきっかけで、失くしてしまったかもしれない彼の涙だとしたら。

 舞台の上という場所を借りて、本当に彼の心が流した涙なのだろうか。


 それとも。

 これが感情もなくこなした奴の演技だとすれば、やっぱりこいつは相当な役者なのだろう。

 でもそのおかげで拍手喝采をいただき、舞台は大成功で終わった。




「普段から周囲の人を、だまくらかしているだけあってさ。うまかったよね。迫真の演技だったよね~」


 変な言葉で、ほーりゅうはジプシーをほめたたえた。

 彼女は控えとなる教室の椅子に座って、さっそくどこかの模擬店で買ってきたらしいアイスクリームを食べている。


 舞台が終ったとたんに、講堂から教室へ全力疾走で駆け戻り、ジプシーは素早くかつらとドレスを脱ぎ捨てた。

 制服のズボンにはきかえると、上半身裸のまま、頭から水道水をかぶりにでていく。

 そして、化粧もすっかり落として教室へ戻ってきたジプシーは、ようやくタオルで頭を拭きながら、ほーりゅうを睨みつけた。


「さて、今回の俺の足を引っ張った件、どうしてくれよう」

「それ! そこよ!」


 珍しく、ほーりゅうが強気にでた。


「よくもわたしまで、変な術に巻きこんでくれたわね!」

「その前に動くなと言っただろ。動いたおまえの責任だ」

「あのとき動くなって言ったの、京一郎じゃん! それも夢乃に。ジプシーはなにも言わなかった!」


 まあまあと、俺はふたりのあいだに割って入る。


「ほーりゅう、あれは命を奪うほどの術じゃなかっただろ? その辺の力加減はプロのジプシーを信用してだなぁ」

「だからって、何度もあんなのを食らったら、本当に死んじゃう! 痛かったのよ!」


 ぷんぷんと、ほーりゅうは頬をふくらませて怒っている。

 そのとき、ふと真顔でジプシーがつぶやいた。


「たしかに、今回の術は少し強引だったか……」

「――でしょ? あ、なんだ、ジプシーも反省してんじゃん」


 意外そうに、でもちょっと勝ち誇ったように、ほーりゅうはジプシーを見る。

 すると、もう彼女のほうを見ずに、腕を組んで考えこんだジプシーが、ひとりごとのように続けた。


「まあ、男ひとりだけだったら、偵察用の式神を攻撃用に切りかえて襲わせるか、金縛り術系で動きを止めるだけのつもりだったが……。今回は、おまえの能力を試す目的もあったし。そうだな……。次からは先に結界を張って、周囲への被害を最小限におさまるようにしてから、電撃のような攻撃術を使うべきだな……」

「いま、さらっと酷いことを言ったよ? この男! また同じ状況になったら、絶対同じようにやる気なんだ!」




 教室では、舞台を終えたクラスの皆が戻ってきて、それぞれに興奮おさまらない様子で盛りあがっている。

 その賑やかさのなかで、俺は、ふたりのやりとりを笑顔で眺めていた。


 こいつらも、けっこういいコンビだ。

 昔はもっと、なにを考えているのかわからないほど無口だったジプシーだったが。

 最近は、ほーりゅうのおかげなのか、よくしゃべるようになった気がする。


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