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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第二章】 文化祭編
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第41話 ほーりゅう

 最初に男に捕まったときに、わたしが思ったこと。

 それは「やばい! ミスった! 絶対ジプシーに怒られる!」だった。


 本当のことをいえば、突きつけられたナイフが視界に入っても、わたしはパニックになるほどの恐怖感がなかった。

 あとでジプシーに怒鳴られるほうが怖いくらいだ。

 なぜなら、わたしを捕まえている男の見ている先は、常にジプシーだったからだ。


 だから、わたしに全然注意を払っていない男の腕に噛みついて、逃げだそうかとも考えたくらいだった。

 けれど、失敗するのも嫌だし、なによりジプシーに「また勝手によけいなことをする」と、もっと怒られるかもしれない。


 そこまで考えたうえで、わたしはおとなしく、されるがままに人質となっていた。

 小さいころからの経験上、この状態のままでは、わたしのなかに危機感があまりないので、わたしの超能力と呼べるものは、なかなかでてこないだろう。


 以前、京一郎に向けて力を爆発させちゃったときには、単純に彼が怖かったから。

 ジプシーの前で力を爆発させたときも、彼が明らかにわたしへ一発入れてやろうと近づいてきたから。

 もっとも、ジプシーにぶつけるつもりで放った力は、わたしの思惑通り、周囲の壁を軒並み破壊した。

 壁を破壊するために、あえてジプシーを狙うだなんて、わたしって頭がいい!


 なんて自画自賛は置いといて。

 その危機感が、いまはまったくないのだ。

 う~ん、困った。

 自分のなかの力をあてにしようにも、どうしようもない状態。

 ジプシー、助けてくれないかな。

 京一郎も夢乃も、助けてくれ……る状況じゃないよなぁ。


 けれど。

 ――こうやって真正面からじっくり眺めてみると、本当にジプシーって女装が似合うよなぁ。

 舞台のジュリエット役に、彼を選んで当たりだったなぁ。

 いやいや、この状況でこんなことを考えているだなんてバレたら、あとでまた、なんて言われるか……。

 自重、自重。


 ということをつらつらと考えていた、そのとき。

 ジプシーが、わたしに向かって口を開いた。


「――ほーりゅう」


 やばい。

 いまの状況で、まったく違うことを考えていたってバレたら大変だ。


 わたしは慌てて顔をあげ、意識を集中して彼の顔を見る。

 すると。

 いつもの無表情に輪をかけて、恐ろしいほどの冷たい眼。


 ――絶対怒ってる!

 あ~ん、怖いよぅ!


 ジプシーは、あげていた両手をゆっくりとおろすと、怯えた目をしているわたしに向かって言葉を続けた。


「ほーりゅう、おまえは俺の仲間になると言ったときに、自分の身は自分で守ると言ったよな」


 言った。

 たしかに言った。

 言いました!

 だって、そう言わないと、あの場では、とりあえず仲間に潜りこめないかもって思ったんだもの。

 本当に、自分自身も守れるかなぁとは思ったし。

 たとえ、いまのこの状況でもでてこない、制御不能な超能力でもさ。


「なにをごちゃごちゃ言っている? ――そこのドレスのお嬢さま、手を勝手におろすんじゃねぇ! もう一度、手をあげろ! この女は、脱出までの人質としてこのまま連れていく。おまえらはそのまま動くなよ」


 わたしを捕まえている男はそう叫ぶと、正面に立つジプシーを睨みつけながら、廊下を少しずつ移動しはじめた。

 そんな男と引きずられていくわたしの様子を眺めたまま、ゆっくりジプシーが、自分の胸もとで両手のひらを組んだ。


 ――拝むの?

 「待て」っていう懇願のため?


 なんてバカなことを考えたら。

 彼が指を絡めた手のなかに、先ほどわたしが屋上でもらい損ねたものが握られていた。


「オン」


 ――なぁに?

 まさか……?


 わたしは、続けて真言しんごんを口にするジプシーを、唖然と見続ける。

 彼が言葉を言い終わった瞬間。

 ジプシーと夢乃、京一郎を頂点とする三カ所で、ぐにゃりと空間がゆがんだ。

 同時に、三人の持っているものが共鳴する音が低く響く。

 そして。


「きゃあああっ!」


 思わずわたしは叫んでいた。

 身体中に激痛が走る。

 それはまるで、足もとから膨大な電流が身体を貫き、突き抜ける感じで……。


「うわぁぁぁっ!」


 わたしを捕まえていた男も、同じような目に遭っているらしい。

 わたしを突き飛ばして電流から逃れようと、両手を振りまわす。


 自由になったわたしは、悲鳴をあげながらよろめいて廊下に膝をついた。

 そして、なおも続く痛みに耐えかねて、ついに、わたしの内側のなにかが振り切った。

 お腹の底に響くような爆発音とともに、頭を抱えて座りこんだわたしの周りで、爆風が吹き荒れた。

 もちろん、力の制御なんてきかない。

 連続してガラスの割れる音が、廊下に響く。


 でもそれは、――時間にすれば、ほんの短い時間の出来事だった。

 身体を貫く電流の感覚がなくなると、わたしは床に両手をついて、ためていた息を大きく吐く。

 そして、顔をあげたわたしが見たものは……。


 台風が通り過ぎたような廊下の窓の残骸。

 そして、その開いた空間から爆風に煽られて空中へと押しだされ、四階の高さから落下していこうとする男の姿だった。


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