第37話 夢乃
わたしは入り口で失礼しますと声をかけてから、職員室のなかへと入った。
まっすぐ校内放送用の機械が置いてある場所へと近づく。
すると、わたしを放送で呼びだした女性教師が気づいた。
「あ、佐伯さん。いま、おうちから電話が入っているのよ」
「ありがとうございます」
教師へ向かってお礼を口にしてから、わたしは電話の受話器を受けとる。
「夢乃です。――あ、お父さん?」
警視庁に籍を置く父からだった。
そして、父の話を聞くうちに、わたしの表情がみるみる強張る。
同時に、職員室の片隅に置かれていたFAX機が受信音をたてた。
わたしは、電話の途中で先ほどの教師を振り返り、声をかける。
「先生、急ぎの用があるので、わたしが校内放送で呼びだしをして構いませんか?」
教師がうなずくのを確認してから、わたしはふたたび電話へ向かう。
「お父さん、いま呼ぶから、このまま保留をお願い」
受話器を置くと、すぐにわたしは、校内放送のマイクの電源を入れる。
『一年の江沼聡くん、至急職員室まできてください』
じりじりと待つこと数分。
職員室の前からざわめきが聞こえた。
職員室に残っていた数名の教師が、何事かとドアのほうへ注目する。
すると、職員室の入り口に、ひとりの少女が姿を現した。
クラシックなドレスに身を包んだ、ロングヘアーの可愛らしい女の子だ。
その可愛さに思わず、職員室の内外からため息と感嘆の声まであがった。
その少女の瞳が、なにかを探すように、ぐるりと職員室のなかを見回す。
そのとき、一年の学年主任をしているひとりの教師が、ハッと気づいたらしい。
「――おまえ、一年の江沼じゃないか! なんて格好をしておる!」
その言葉に、職員室とドアの付近にいた生徒が、驚きざわめいた。
わたしの姿を確認して職員室のなかへ進みながら、ジプシーは、姿に似合わない低音の声で返事をする。
「すみません。舞台の衣装合わせの途中で至急と言われたものですから」
そばまでくると、わたしの表情に気がついたように、ジプシーの表情も一変する。
無表情だった顔に、かすかな緊張の色が走った。
わたしが口を開く前に、事態を把握したようだ。
「お父さんから電話が入っているわ」
ささやくわたしの言葉にうなずいて、ジプシーは受話器をとった。
「代わりました」
そのあいだに、わたしは教師に確認して、届いているであろうFAXを受け取りに移動した。






