第34話 京一郎
クラス全員を外へ放りだすと、教室に残ったのは俺とジプシーのふたりだけだ。
ほっとした様子で、ジプシーが言う。
「サンキュ、京ちゃん。助かった」
「まあ、そういうフォローをするために、今回も一緒に行動をともにするつもりだったし」
俺はそう言いながら、ハンガーにかけてあったジュリエットの衣装と、ご丁寧にも一緒に運ばれていた姿見をみる。
「でも、さすがに覚悟を決めねぇとな」
続けた俺の言葉に、ジプシーは睨んできた。
「誰のせいだ? 誰の」
そう言いつつも、ジプシーは、仕方がなさそうにジュリエットの衣装へ手をのばす。
それは、長袖の少々クラシックな型で、白色にところどころ金の刺繍をほどこしたドレスだった。
そばには、長い黒髪のかつらが置いてある。
「ジュリエットって、黒髪なのか?」
「――日本人が舞台をするから、わざわざ黒にしてんじゃね?」
「ロミオ役はおまえ、地毛のままだから、いいよな」
文句を口にしながらジプシーは眼鏡をはずし、制服の上着のボタンをはずしはじめる。
その途中で、ふと衣装のそばの小物に気がついたらしく、俺に視線で指し示した。
「なんだ、これ」
「ペチコートっていうじゃないの? ドレスの下に着るやつ。こっちは――コルセットとかなんとかいう矯正下着だと思うが」
「絶対着ない」
「でもさぁ。男がドレスを着るなら、体形矯正しないといけないんじゃね?」
「胸もウエストもない女で、俺はけっこう」
そう言ってジプシーは、さっさと制服を脱ぎ終わる。
いつも首からさげている彼のロザリオが、彼の動作に合わせて揺れた。
そして、覚悟を決めたのか躊躇なく、すぐに頭からドレスをかぶる。
無駄な脂肪はもちろん、彼にとって余分な筋肉もついていない、しなやかできれいなラインの身体が、一瞬にしてドレスに包まれた。
ジプシーは、自分で襟もとを整えながらつぶやく。
「くそ。女の服のサイズが合いやがる。――もう少し身長が欲しいよなぁ」
彼の後ろへと回って背中のファスナーをあげてやりながら、俺は、ジプシーから普通の高校生が口にするような言葉を聞いた感じがして、なぜだかちょっと笑った。
そして、次にかつらへ手を伸ばそうとしたので、俺が先に取りあげて言う。
「こいつは俺が整えてやる。女の髪の扱いには慣れてんだ。ほら、目をつぶってろよ。できあがってからのお楽しみだ」
ジプシーは、ちらりと俺の顔を見てから、とくに他意はないと判断したのだろう。
素直に俺へ背中を向け、目をつむった。
俺は、姿見を奴の前に持ってくる。
それから、かつらの向きを合わせてかぶせた。
長い髪の後ろの毛先から少しずつ、そっと丁寧に櫛をいれていく。
ジプシーはおとなしく待っていた。
これが俺の姉貴だったら、やってもらっているくせに痛いだの手際が悪いだの、たらたら文句をつけるところだ。
やがて髪全体に櫛が通り、ゆるくウエーブがかかる髪のバランスを、指ではじいて整えてから、俺は、鏡越しに瞳を閉じているジプシーの姿を確認した。
そして――口笛を吹きたい衝動にかられる。
クラスの女子連中の目に狂いはなかった。こいつは美人だ。
いや、美人というか可愛らしい、あるいは愛らしいというべきだな。
男にしておくのはもったいない。
道具があれば、いまここで口紅をつけてやりたいところだ。
「ほら、できたぞ」
俺の言葉で、ジプシーは、そっと目をあける。
そして、鏡のなかの自分を確認した。
無言で見つめるジプシーに、俺は笑いながら、見惚れているのかと茶化すために口を開きかける。
だが、すぐに、いつもの奴と様子が違うことに気がついた。
普段から俺たちに見せている、ただの無表情じゃない。
その無機質な感じさえする瞳は、鏡のなかの、さらに遠くの――なにか別のものを、見つめている。
「どうした……?」
異変を感じた俺は、ジプシーの肩に手をかけて振り向かせようとしたが。
奴の言葉に、思わず動きをとめた。
「こんな感じなんだろうな、妹が生きていたら。――俺も妹も、母親似だった」






