表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第二章】 文化祭編
32/286

第32話 ジプシー

 俺は、職員室の前を通過して生徒会室の前までくると、立ち止まった。

 気分的に、眼鏡をかけなおす。


 自分自身、いまは精神が不安定になっていることくらい、わかっている。

 ほーりゅうとの先ほどの会話のせいだということも。


 俺は、しばらくドアの前で佇み瞳をつむって、じっと平常心が戻ってくるのを待った。


 あのとき。

 ほーりゅうが転入してきた次の日の屋上で、賭けのように、みずから話を振って口にだし、そして誰もが気づかず聞き流すことを祈っていた言葉だった。

 実際、あの場では誰も気にとめなかったから、すっかり過去のこととしていたのに。

 ほーりゅうは、俺の言葉をしっかりと覚えていた。

 油断していたからだろうか、精神的にここまで動揺するのは久しぶりだ。

 ほーりゅうにしてみれば、単なる無邪気な質問だったのだろうが。

 やはり、あの女には警戒する必要がある。




 俺は、ゆっくりと深呼吸をした。

 思いきり息を吐く。

 どうにかいつもの調子が戻った感じがしたため、生徒会室の扉をノックした。

 かすかに「どうぞ」との声が聞こえて、俺は、その扉を開ける。


 だが。

 まだ俺の感覚は、本調子ではなかったらしい。

 扉を開けると、なんと生徒会長がひとりで机に向かって、視線を手もとに向けていたのだ。

 校内では、いま、もっともふたりきりで顔を合わせたくない相手だというのに。

 普段なら読みとることができる他人の気配を、俺は感じることができなかったらしい。

 仕方がない。


「――あの、文化祭のクラスの出し物の詳細の書類を、持ってきたのですが……」


 ささやくように口にした俺へ、生徒会長は顔をあげずに、持っていた鉛筆で壁際近くの机のほうを指し示した。


「ご苦労。文化祭関係の書類は、そちらの机の上の箱に入れておいてくれ」


 その言葉に、小さな声で返事をした俺は、できるだけ会長の注意をひかないように、控え目に動いて箱へと近寄った。


 文化祭関係の書類は全部ここか。

 だったら、ついでに後夜祭ライブ出場のための書類もだしておくか。


 会長に背を向け、俺は、持ってきた書類を入れた。

 そして、このまま気づかれずに部屋を退出したいところだったが。

 ――残念なことに、突き刺すくらいに強い視線を、背中へ感じた。


 会長が、俺だと気がついたのだろう。

 校内である上に、ここ生徒会室は向こうのテリトリーだ。

 前回の事件のことを言及されるだろうが、俺は、徹底的にしらばっくれる覚悟を決める。

 あのとき、会長が屋上で俺たちの会話を立ち聞きした以外に証拠はない。

 当事者となる会長の妹は、俺との約束を守ってくれたようで、事件に俺の存在はないはずだ。

 もっとも、他人を疑うことなど知らなさそうな彼女は、俺のことを高校生だとは思っておらず、いまだに警察のなかの人間だと信じているだろう。 


 椅子から立ちあがる音がした。

 だが、しらばっくれる予定の俺は、慌てて逃げるなんて動きができない。

 そして、近づいてくる気配がしたかと思うと、後ろから右肩に手が乗り、引っぱられた。

 振り返ると同時に両手で胸倉をつかまれ、俺はそのまま、背中から近くの壁へと叩きつけられる。


っ!」


 思っていた以上の力があり、思わず声が漏れた。

 会長の鋭い視線が、顔をそむけている俺の頬に突き刺さる。


「貴様、――いったい何者だ?」

「何者って? ただの一年です」

「嘘をつくな!」


 会長の、俺の胸もとをつかんでいる両手に力がこもる。


「本当に、先輩がなんのことを言っているのか、さっぱりわからないんですが……」


 俺のとぼけた態度のせいで会長の怒りが頂点に達したのか、いきなり右の膝蹴が俺の鳩尾に食いこんだ。

 とっさに腹筋をしめてガードするものの、この近距離で的確な急所をとらえられて、かなり効いた。

 膝が崩れかけるところだが、壁に押しつけられている力が強くて許されない。

 空手有段者相手にしらを切り通すのはきつそうだ。


 ――この会長相手に一方的に痛めつけられても、声はあげたくないと思っているのは俺のプライドか、などと関係のないことを考えて意識をそらす。

 そして、上段への攻撃にも備えて、俺は会長から目をそらさずに歯を食いしばった。


 そのとき、ふいに生徒会室の扉が開いた。

 入ろうとした生徒会員らしき女生徒が、状況をみて小さな悲鳴をあげる。

 ハッと顔をあげた会長の力がゆるんだ。


 その意識をそらせた一瞬の隙に、俺は、会長の腕から滑り落ちるように振り切ってのがれる。


「あ! 待て!」


 慌てて叫んだ会長を背に、俺は、口もとを押さえて入り口で立ち尽くす女生徒の脇を、するりとすり抜けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a0139966_20170177.jpg
a0139966_20170177.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ