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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第二章】 文化祭編
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第30話 京一郎

「あのさ、いままでジプシーに確かめようと思って、訊けなかったことがあるんだけれど? いま訊いてもいいかなぁ」


 ほーりゅうのその言葉に、俺は少なからず驚いた。

 この女に、いままで訊くに訊けなかったなどという、そんな慎ましい気持ちがあったとは。

 なんでも気になったことは考えもなく口にだし、さっさと行動する女だと思っていたのだが。


 彼女のその言葉は、ジプシーにとっても心外だったらしい。

 思わず俺たちは、全員で注目して、ほーりゅうの次の言葉を待つ。

 彼女はおもむろに、口を開いた。


「ねえ。以前にジプシーが言っていた、わたしと同じ超能力を持つ知り合いって、誰?」


 ――ほーりゅう。こいつは遠慮をしていたんじゃない。

 この話題を、絶対いまのいままで忘れていたんだ。


 彼女のすこぶる無邪気な表情から、俺はそう確信した。

 そして、視線を向けられたジプシーのほうへ振り返ってみると……。

 奴は、露骨に嫌な顔をしていた。


 普段から表面上の浅い付き合いの表情しか浮かべない奴を見慣れている俺は、ここまではっきりと感情を顔にだしているところを、あまり見たことがない。

 そのために俺は、この話題をそらすタイミングを、うっかりと逃してしまった。

 同時に、思ったことをそのまま素直に言葉として出せるほーりゅうが、ちょっとだけ羨ましく思った。

 あくまでもちょっとだけだ。

 相手が話したがらないとわかっていることを、俺は無理やり訊けねぇよ。




 ほーりゅうの放ったこの質問に、なにか考えがあるのか、普段はさえぎるであろう夢乃も口をはさまない。

 だが、ジプシーは、さすがに自分がなにか口にしなければ、この状況が終らないと感じたらしい。

 そして、適当にごまかしても、ほーりゅうという女は自分が納得するまで繰り返し聞いてくるであろう性格だということも、これまでの経験でなんとなくわかる。

 ジプシーは嫌そうな顔をしたまま、どうにも気がすすまないという感じで口を開いた。


「一度だけしか会っていない。――我龍がりゅうという名の男だ」

「どんな超能力を持ってる人?」


 ジプシーはすぐに返事をしない。

 その顔は、不機嫌だというよりも苦痛に耐えるかのような表情にさえ見える。

 それでも、しばらく言葉を探すように、彼は眉をひそめて瞳を閉じた。

 傍から見ていると、この状況における奴の心の動きがよくわかる。

 いかに少ない言葉や説明で、このほーりゅうを納得させることができるかを考えているのだろう。

 それだけ、我龍って男のことを口にしたくないってことか。


「――あれは、サイコキネシスか。日本語でいうところの念力だな。能力の制御ができないおまえと違って、時間の溜めもなく正確でパワーもあった……」


 そう口にしたあと、ジプシーの表情が、ふっと、いつもの無表情に戻った。


「ああ、そうか。なるほど……。前に、ほーりゅうの力を見たとき、どこかで体験した感覚だと記憶していたのは、奴の能力と種類が同じだったからか……」


 それを聞いたほーりゅうが、思いついたように勢いこんで言った。


「能力もだけれど、わたしと名前も似てるよね? 龍つながり! なにか親戚関係とかもありそうかな?」

「奴は下の名前だ。おまえは苗字だろ。――たしか母親違いで兄がいたはずだが、いまの奴の親戚関係に十代の女はいない。あと、奴の背中には龍の刺青いれずみがあると聞いたくらいだ」


 淡々と無感情に応えるジプシーの様子を横目に、俺は、心のなかで考える。


 おそらく、ファッション的なタトゥーではない、龍の刺青。

 ってことは、一般市民は、そうそう入れないものだ。

 妥当な線で暴力団関係者かと思ったが、俺は口にしない。


 もういいだろうという感じで、話を切りあげようとしたジプシーの気配に、だが、ほーりゅうはさらに一歩踏みこんだ。


「ジプシーと我龍、どんな関係なの?」


 俺は、ジプシーの無表情の瞳のなかに、憎しみの炎の揺らめきを見た。

 それは、どんなにポーカーフェイスで隠しても、隠しきれない憎悪の色だ。


「――それは、おまえには関係のないことだ。話す必要はない。――生徒会室に文化祭の書類を提出してくる」


 取りつく島もなく、ジプシーは身をひるがえす。

 そして、足早に扉のほうへ向かうと、屋上から姿を消した。


 そんなジプシーのあとを、ほーりゅうが追いかけようとしたとき。

 いままで黙って成り行きを見ていた夢乃が予告もなく、ほーりゅうの襟首を、むずっと後ろからつかんだ。


「夢乃、なにすんのよ!」


 絞まる首を押さえたほーりゅうが、振り返って文句を口にする。

 だが、夢乃は無言のまま、ほーりゅうと俺へ向かって、その場に座るようにと合図をした。

 その普段と違う様子に気づいたのか、ほーりゅうは不服そうにしながらも、促されるままにその場でしゃがみこむ。


「ほーりゅう、本当はわたしが話すべきではないことなんだろうけれども。この調子なら、いつかはあなた、ジプシーの地雷を踏んじゃうわ。だから、わたしの知っていることを先に話しておこうと思うの。それは、まだ京一郎にも言ったことがないんだけれども」


 そう口にしながら、夢乃が俺のほうへ視線を向ける。


 あのジプシーの顔をみたら、すでに先ほどの会話で充分奴の地雷を踏んでいそうなのだが。

 いまの夢乃の言い方は、ほかにも地雷があるということか。

 それなら、聞けるときに聞いておくべきだろう。

 回避のために先手を打てる場合もある。


「俺は、いままであえて訊かなかったから奴の過去は知らねぇが、その過去が、いまの奴を作ってんだろう? 言葉で奴の過去を聞いたところで、現在の奴がなにかしら変わるわけじゃない。だから、俺と奴とのいまの関係も変わらねぇよ」


 夢乃が心配していることは、俺と奴との関係が崩れることだ。

 その関係は、話を聞いただけでは揺るがないと伝えておくべきだろうと考えて、念を押すように断言する。

 うなずいた夢乃は、どこから話そうかと、しばらく考える表情を浮かべた。

 その様子からほーりゅうも、ジプシーのあとを追いかけることはすっかり忘れて、夢乃の話を聞く気になったようだ。


「もうジプシーには、いろいろ聞かないでね」


 そう、ほーりゅうに釘を刺してから、夢乃は話しだした。


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