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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第七章】巫女編 『ヴェナスカディアの巫女』
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第281話 京一郎

 皆のやり取りを、状況を理解していない顔で眺めていたほーりゅうへ、柔らかな声の我龍がささやいた。


「紫織。――きみはいま、自分のカディアを身につけているの?」


 はっと我龍へ振り向いたほーりゅうは、一拍置いてから言葉そのものの意味は把握したようで、うんうんとうなずく。

 そんなほーりゅうへ、ささやくように我龍は続けた。


「あちらの世界へ行く必要がなくなったから、もう紫織はこの件で、なにも悩まなくていい。きみとは関係のないところで、これから一族の話は動くから」


 そのとき。

 怒りのために震えたハイ・プリーストの声が、場に低く響いた。


「――許さん。こんなことをしでかした貴様を、我々は許さんぞ」


 尋常ではない気配を感じた俺は、こちらも驚いた表情のジプシーを支えたまま、ハイ・プリーストを見つめた。

 叫ぶように、ハイ・プリーストは続けた。


「許さんぞ、ガ=リュウ! 父子そろって同じ過ちを犯した罪、決して我々は許さん!」


 ア=マラから顔をあげたハイ・プリーストは、いままで見せたことのない憤怒の形相で我龍を見据えた。


「選ばれしヴェナスカディアの巫女であったソ=ニアを、あろうことか、あの男は略奪した。その息子が、また同じように、次の代に移りヴェナスカディアの巫女となったリ=アラを穢したのだ! この大罪、この屈辱、我ら一族は許さん!」


 ハイ・プリーストの怒りを、端正な顔から感情を消した我龍は、静かに正面から受け止めていた。


 俺が、ハイ・プリーストの言わんとする全ての意味を把握したとき、我龍は吐息をひとつついてから、俺のほうに向かって言った。


「悪いね、京一郎。紫織のフォローも頼めるかな。俺は姿を消したほうがいいみたいだ。この場は最後まで俺自身がかたをつけたかったけれど、結果としてヴェナスカディアのハイ・プリーストを殺したとなれば、父や国へ迷惑をかけることになる」


 そして我龍は、ほーりゅうへ笑みを浮かべてみせると、柵の上からゆっくりと後ろへ倒れた。

 あっと思ったときには、もう彼の姿はなかった。


 憎しみの対象が目の前から消えたことで、少しは落ち着きを取り戻したのだろうか。

 担架が用意され、手早く乗せられたア=マラのそばにつきながら、ハイ・プリーストは静かに俺へ言った。


「――いくら気に食わなくても、私は、あの男が言ったことが事実かどうか、一族に連絡を取って確認をせねばならない。ア=マラのこともある。この場はいったん退くが、後日またきみと話をさせていただきたい」


 俺の返事を聞かず、ハイ・プリーストはア=マラとともに、ドアの向こうへと消えた。




 俺とジプシーも、そのあとに続いて階下へ向かって病室へ戻った。

 泉さんは手まわしよく、ジプシーの意識が戻ったと連絡を入れていたらしい。夢乃のおばさんが病院へ飛んできていた。


 もともと大きな外傷もなかった。さっさと退院したいと口にしたジプシーの意思を酌み、明日の終業式へ行けるように明朝退院に向けて話が進む。

 診察と検査のジプシーを残して、邪魔にならないように俺は病室から出ると、病室の外で待っていたほーりゅうのそばへ近寄った。

 彼女のフォローもせねばなるまい。


 俺は以前図書館で、我龍の恋愛観を聞いた。

 だから、どんなことがあっても、恋愛を利用するような奴ではないと確信を持って言える。

 現時点では、ジプシーの想いより彼女の気持ちを優先させるべきだろう。


 ほーりゅうも、人の思惑の裏を深読みする女ではないと思う。

 だが、なんと言っても普通の女とは違う思考を持つほーりゅうだ。

 少しでも不安を取り除こうと、俺はほーりゅうの正面に立ち、彼女の両肩へ手を置いた。

 そして、瞳を覗きこむようにして口を開く。


「たぶん、巫女の資格剥奪の条件なんてものは、説明を聞いていてもおまえの記憶の中に残っていないと思うけれどね。一族の中での結婚などでは、巫女の資格は消えないんだが、一族以外の人間と交渉を持つと、巫女の資格は剥奪されるんだ。だから俺は、おまえには考えつかないだろう実力行使の選択肢だって言ったんだけれどね。――結果的に我龍と一族の話がでたが、おまえと我龍のあいだにある想いとは関係のない話だ。おまえが巫女とか何とかの話になる前から、我龍の気持ちは変わっていない。変な勘ぐりはやめろよ」


 俺の説明や言葉の意味が、ほーりゅうにはうまく伝わっただろうか?


「やだなぁ、京一郎ったら。その、なんとなくだけれど、わかってるって。結局は、わたしはもう巫女じゃないってことなんだよね、それに――大丈夫。ほら、我龍ってば接触テレパシストだし、その、わたしも直接、我龍の気持ちは聞いているし」


 そう言ってほーりゅうは、躊躇いながら続けた。


「あのね、京一郎。――我龍がさ、先に言っていたんだよ。母親と同じ道を辿らせるかもしれないって。このことだったんだね」


 力なく言ったほーりゅうの言葉に、俺は、どう答えようかと考える。


「我龍の母親は、相手の男――我龍の父親の愛情を一身に受けていた。巫女ではなくなったときに一族から追放されたらしいが、亡くなるときまで幸せだったと聞いているし、俺もそうだと思う。おまえが我龍の愛情を疑わなければ、これからも大丈夫なんじゃねぇの?」


 俺の言葉は、ほーりゅうにとって正しかったのかはわからない。

 その後に浮かべたほーりゅうの笑顔には、いつもの元気がないような気がした。




「ほーりゅうちゃん! 今日の夕食は食べにいらっしゃいよ。聡も今夜は戻れないし。ほーりゅうちゃんも、ひとりよりにぎやかなほうが良いでしょう? ついでに泊まっていきなさいよ。ね?」


 俺と向かい合って話をしていたほーりゅうの背後に、いつの間にか忍び寄っていた夢乃のおばさんが、後ろからほーりゅうに飛びついて言った。

 そのまま拉致するように、ずるずると返事を聞かないまま、ほーりゅうを引きずっていく。


 俺としても、ほーりゅうをひとりで考えこませないほうがいいかと思い、笑いながら手を振った。

 すると、夢乃のおばさんは心外だという顔をした。


「ちょっと京ちゃん、なにをしているの。あなたも今夜は食べていくのよ。ほら、一緒においで!」


 夢乃のおばさんの強引な誘いに、俺は苦笑いを浮かべながら歩きだした。


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