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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第七章】巫女編 『ヴェナスカディアの巫女』
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第280話 京一郎

 ハイ・プリーストと我龍の視線が絡み合った。だが、険しい表情のハイ・プリーストに対し、我龍は涼しい顔をしたまま、口もとに笑みまで浮かべている。

 その均衡を破ったのは、ア=マラだった。


 彼女は、ハイ・プリーストの護衛者だ。

 我龍を、危害を加える者とみなし、臨戦態勢に入ろうと考えるのは、当然といえば当然か。


 だが。

 昨日の対ジプシーのときのようにカディアを長剣へと実体化させるためか、ア=マラが自分の右手に意識を移した瞬間。

 ア=マラは、我龍の立っている位置から反対側の柵まで吹っ飛んでいた。


 一瞬のことで、俺から見ても、ア=マラは受け身をとれていないはずだ。

 したたかに頭と背を柵にぶつけ、そのまま意識を失ったように、彼女は崩れ落ちた。


 なにが起こったのかわからない顔をして振り向いたハイ・プリーストは、呆然と、倒れたア=マラを見つめる。

 そんなハイ・プリーストへ向かって、我龍は視線をそらさず淡々と口にした。


「敵意を持つ相手が戦闘体勢に入る時間を与えるほど、俺は優しくないんだ。けれど、あちらの人間は皆殺しがモットーの俺が、今回は特別に殺さないだけ感謝してよ」


 ――ああ、そうだ。

 この我龍の絶対的な強さの前に、俺たちは誰も――神に近い一族でさえ、手も足も出ない。


 口が聞けない俺たちを見ながら、我龍はにこやかに言葉を続けた。


「俺は親切心で教えてやろうと思っただけだよ。紫織を連れていくことは、一族にとって無駄な手間になるだけだってこと」


 ハイ・プリーストは、ア=マラから我龍へと視線を戻し、ようやく言葉を口にした。


「――それは、どういう意味だ? 部外者である貴様が、なにを知っているのだ。彼女が巫女として一族の元へ戻り……」

「だから、紫織は巫女ではないんだって。あやふやな立場でもないよ。例え昨日まで巫女の可能性があったとしても、だ。なぜなら――俺が、紫織の巫女としての資格を剥奪したから。この場合、紫織が行くか行かないかの選択をする以前の問題になるよね」

「――貴様が、なんのことを言っているのか……」


 ほーりゅうから朝に聞いた時点で、俺はそのことに気がついていたのだが、ハイ・プリーストはピンときていないらしい。戸惑ったような表情を浮かべている。


 我龍が詳しく口にするよりは衝撃は少ないのではないかと考え、ハイ・プリーストに向かって、俺が続きを口にした。


「なあ、ハイ・プリーストさんよ。――巫女の資格喪失の条件ってのが、三つあったよな。巫女としての大きな役割を果たした場合、巫女本人が死亡した場合、それと、あとひとつ」


 ハイ・プリーストよりも、ジプシーが先に思い当たった顔をして、驚いたようにほーりゅうへと振り向いた。

 遅れて、ハイ・プリーストが驚愕の表情へと変わる。

 そんな中、ほーりゅうは訳がわからないという素振りで、きょろきょろとジプシーやハイ・プリーストの顔をかわるがわる見つめた。


 皆の反応を確認した我龍が、ハイ・プリーストへと言葉を続けた。


「巫女の資格を剥奪された紫織を、これで連れ帰る意味がなくなったね。けれど、これも悪いことばかりじゃない。ひとつの動きになるんだよ? 紫織が巫女の資格を確実になくしたことで、一族内に新たな巫女が誕生した可能性がある。一族に連絡を取って確認してみたら? 巫女の世代交代は半日ほどだ。タイミングとしては新たな巫女が今頃誕生しているかもね。一族の未来を背負うハイ・プリーストとしての仕事を最優先にしろよ」


 そこで、我龍はうっすらと、意地悪な笑みを浮かべてみせる。


「それともなに? 己のために肩書きを利用して、能天気に婚約者面して彼女を迎えにきただけだったの? 残念ながら、紫織の人格は、貴様の愛した巫女とは別人だ。紫織はハイ・プリーストに対して、一生を添い遂げる愛情を抱いていないよ。貴様自身も本当は気付いているんだろう? いい加減認めろよ」

「――そのさ、我龍。なんていうか、情け容赦のない言葉だな」


 誰も口をきけない状態になり、事前に知っていたために一番この場でショックを受けていない俺が、仕方なく言葉を返した。


「こういうことは、はっきり口にだしてわからせたほうがいいんだよ」


 我龍は俺へ、満面の笑顔になって答えた。




 そのとき、緊張の糸が切れたように、ジプシーの身体が揺れた。崩れるように膝をつく姿に、俺は慌てて駆け寄る。


「起き抜けに走るからだって」


 支えながら、俺は耳もとでつぶやいた。

 だが、俺の言葉が聞こえていない様子で、ジプシーの視線は下に落ちている。


 俺が動いたことで、場に変化が起きたことがわかったのだろう。

 いつの間にか来ていて屋上のドアの向こう側から傍観していたらしい泉さんが、いつもと変わらない調子で、後ろについてきていたヒデに指示を出す声が聞こえた。


「ああ。倒れた人間は合計ふたりか。ヒデ、下へ新しいベッドをひとつ用意するように伝えて担架を持ってこさせろ」


 そして泉さんは、放心したようにア=マラのそばへ近寄り、彼女の傍らへ膝をついたハイ・プリーストに顔を向けた。


「そちらの彼女は保険証がないだろう? 全額負担でよろしく」


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