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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第七章】巫女編 『ヴェナスカディアの巫女』
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第275話 ほーりゅう

 身体中に広がるけだるさを感じながら、目が覚めた。

 ベッドの上で直接素肌に触れるあたたかいシーツに包まれ、わたしは、ぼんやりと心地よい充実感を味わう。


 ゆっくり部屋の中を見渡すと、我龍の姿はなく、わたしはホッとした。

 姿が見えなくて寂しいなんて感情より、目覚めたとたんに明るい場所で我龍と目が合ったら、恥ずかしさのあまりに、どうしたらいいのかわからなかったところだ。


 思いだしてひとり、わたしは照れながらも顔がゆるむ。

 そして、なにげなく壁にかかっている時計へ視線を向けた。


 時間を確認したとたんに、わたしは現実へと意識が引き戻される。


「ヤバい! 学校に遅れちゃう!」


 跳ね起きて立ちあがろうとした瞬間、わたしは身体に走った激痛のために、ベッドから転がり落ちた。

 そして、しばらく絨毯の上で、全身を襲う予想外の筋肉痛に悶える。


 ちょっとこれ、どういうことよ!

 こんなことになるなんて、聞いていない!




 どうにか痛さに耐えながら服を着て、ようやく居間へたどり着くと、テーブルの上から我龍のロザリオだけが消えていた。

 わたしは手を伸ばして、指輪ごと、自分のロザリオを手に取る。


 カディアの石は、昨日までと変わりない光を湛えている。

 確認したわたしは、安堵の溜息をつきながら、首にかけた。


 考えたら食べるものがなかったはずなので、お湯を沸かしてココアを淹れることにしよう。


 筋肉痛のために歩く時間がかかることを予想して、わたしは早めに出た。

 すると、マンションの前で、なんと京一郎が待っている。


「な……なんで京一郎が? いつから?」

「学校へ行くって、昨日おまえが言っていただろう? だから、おまえが活動をはじめそうな時間くらいから」


 いつもと変わりのない京一郎の様子から、我龍と鉢合わせた気配は感じられない。

 我龍は、よほど早い時間に出たのだろうか。

 それとも、やって来たときと同じように、窓から帰っていったのだろうか。


 まともに京一郎の顔を見ることができないわたしは、さっさと歩きだした。

 筋肉痛を耐えて、素知らぬ顔で歩いていたわたしだけれど。

 その場に立ち止まったままの京一郎に、後ろから見つめられている気配がする。


 そして、ついに京一郎から突っ込まれた。


「どうしたんだ? おまえ、様子がおかしいし。――歩き方も変だな。ぎこちない」


 やっぱり。

 目ざとい京一郎には隠せない。


 思わずわたしは、道の真ん中でへたりと座りこんでしまった。


「え? おいおい、ちょっと待てよ。なにやってんだ? せめて通行の邪魔にならねぇところで座れよ」


 おかしな叱られ方をしながらも、京一郎に腕をとられたわたしは、筋肉痛の身体で、よろよろと道路に面した家の壁際まで移動する。

 逆ギレしたわけじゃないけれど、呆れた表情の京一郎へ、わたしは照れ隠しで怒鳴るように叫んだ。


「はっきり言ってよ! わたしって変? どこか変わった?」


 そんなわたしの様子に、京一郎は、わたしの顔を凝視して黙りこんだ。

 そして、さすがに言いにくそうにしながらも、京一郎はずばりと口にする。


「そのさ。――はずしたら悪い。ジプシーが入院していることを考えたら、もしかして――例の奴が、おまえの家に泊った?」


 男である京一郎にどう思われるのか、なんて言われるのか。

 恥ずかしさと後ろめたさと恐怖、いろんな感情が渦巻いていたわたしは、座りこんで頭を抱えるしかなかった。


「――俺は」


 そんなわたしに、京一郎は、穏やかな声で続けた。


「俺はおまえの友人として、奴を殴りに行くべきか? それとも、おまえは納得済みなのか? 俺には、どういうシチュエーションだったとか、女のおまえの気持ちがわからないからさ」


 予想外の言葉に思わず、わたしは、真剣な顔をした京一郎を振り仰いだ。


 京一郎は――本当に優しい友人だね。


 わたしは、恥ずかしさで視線をそらせながら、もじもじと口にする。


「――合意の上」

「そうか」


 そう言って京一郎は、考える顔をしながらも小さくうなずいた。


「現在のこの状況でのことだから、あちらの世界へ行くか行かないかという問題と無関係じゃないよな。俺も一応は思い浮かんだが、おまえの頭では考えつかなくて、絶対選ばないと思っていた実力行使の選択肢のひとつだった。でもまあ、これで、あちらには行かないとおまえが選んだんだ。だったら俺は、おまえに協力するしかない」


 そして京一郎は、わたしに背を向けて、さっさと歩きだしながら手を振った。


「じゃ、そういうことで」

「え? ちょっと待って! そういうことってどういうこと? それに筋肉痛がひどくて立てないんだけれど!」

「病気じゃねぇし。違う筋肉を使ったせいもあるが、普段からおまえは運動不足なんだよ。ジプシーの代わりについていてやろうかと思ったが、そんな変な歩き方のおまえと一緒に歩きたくない。見る奴が見たら俺レベルでわかる奴に、相手が俺だと誤解されたくねぇからな。自力で学校まで来い」


 ひどい!

 さっきは優しい奴だと思ったのに!

 とんでもない意地悪だ!


 その場に置き去りにされたわたしは、恨みがましい目で、小さくなる京一郎の背を見送った。




 どうにか遅刻寸前で学校へたどり着き、わたしは教室へと入った。

 すると。


「聞いたわよぉ! ほーりゅうったら!」


 カバンを席へ置く暇もなく、ふいに明子ちゃんから羽交い絞めされるように拉致された。


 誰からなにを聞いたというのだろう?

 さっと血の気が引いたわたしに、明子ちゃんは、おかしくて仕方がないという表情で続けた。


「ほーりゅうったら。昨日は学校を休んだと思ったら、転校前の学校まで行ってバレーボール大会に出たんだって? 普段から真面目に体育なんてしていないくせに、妙に一日張りきったせいで、今日は全身筋肉痛だなんて。朝から城之内に笑い者にされていたわよ」


 明子ちゃんの大きな笑い声を耳もとで聞いて、貧血を起こしそうなわたしは、そのまま無言でよろっと机に倒れこんだ。


 ――やっぱり京一郎は、いい奴なんだと思う。



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