第259話 ほーりゅう
「相手は誰かさんと一緒で、触れた者の思考を読みとれる接触テレパシストだそうよ」
突然今日子さんに耳打ちされた言葉の内容に、わたしは一瞬身体を固くする。
今日子さんは、超能力の存在も信じているんだ。
――そりゃあ、京一郎を通してジプシーと付き合いがあるんだったら、特殊能力というモノに対しても理解があるんだろうけれど。
わたしは、今日子さんから、眼の前に立ち止まったハイ・プリーストへと視線を向ける。
いまは事情もわかっているし、なんていっても今回の待ち合わせ相手だ。
笑顔を浮かべたその顔に、おはようございますと、わたしはおそるおそる頭をさげて朝の挨拶をした。
「先日は、驚かせてすまなかったな。記憶がないとは思わなかったものだから」
両手を広げながらそう言って、ハイ・プリーストは懐かしそうにわたしを見た。
「しかし、本当にそっくりだ。年のころも同じだし。髪の色が違うだけなのだな」
その言葉に、わたしは黙って曖昧に笑い返す。
ハイ・プリーストは、わたしにとっては初対面に近いけれど、これからお世話になる人だ。
悪印象があってはいけない。
はっきりとは覚えていないけれど、ハイ・プリーストも一緒にいる女性も、前に会ったときと違うスーツだ。
こちらの世界ではどのように滞在していたのだろうか。
言葉も話せるくらいだし、こちらの生活様式に精通している感じだから、普通に旅行者としてホテルなのかな?
わたしがそんなことを考えているあいだに、ハイ・プリーストは、わたしの後ろに立っていた今日子さんへ目を向けた。
その視線に臆することなく真っ向から受けとめると、今日子さんは朝っぱらから妖艶に微笑む。
「私は、ただの付き添いですから、気になさらないで」
「――ただの付き添いとはいえ。その、きみと、その後ろの方々は」
「後ろの者も、ほーりゅうちゃんを見送りにきた、ただの付き添いですから。なにも手出しはいたしませんわ」
そう告げると今日子さんは、車内に残っているヒデさんへ流し目を送った。
「――いや。無関係の者が見ている前でというのも、私はどうかと思うのだが。どこまであなた方は、こちら側の事情をご存じなのかと」
「大丈夫ですわ。あなた方が目の前で霧のように消えようとも、それはスケールの大きな野外のイリュージョンと理解しておりますから。ご心配なく」
今日子さんは、すごいことをにこやかに口にする。
ふたりの会話に入れず、わたしは黙ってそばで聞いていた。
そんな中で、ハイ・プリーストと一緒にいた女性がひとりで離れた場所へ移動すると、平らな土の上に図を描きだした。
手持無沙汰のわたしは、彼女の行動へ視線がついていく。
描いているモノは違うけれど。
――その姿を見ていると、なんだか陣を描くジプシーを思いだしてしまった。
黙ったまま彼女を見つめているわたしの視線に気がついたのだろう。
ハイ・プリーストが、説明をしてくれる。
「こちらでは瞬間遠隔移動、テレポーテーションといえばいいのだろうか。確実に思った場所へ命を削ることなく空間を移動するために、こちらとあちらの術者のタイミングを合わせて術を行うのだ。ア=マラは、神殿に待機している者と連絡を取りながら、それを行うのだ」
ハイ・プリーストの言葉を聞きながら、なんだか部分的に聞いたことのある内容だなと考える。
どこで似たような話を聞いたのかな?
――そうだ。
前回キャリスを手に入れるために、ハイ・プリーエスティスが術で強制的にわたしを呼びだしたんだっけ。
あのときは、たぶんハイ・プリーエスティスが一方的に術を行ったから、なかなかわたしひとりに狙いが定まらず、長いあいだ呼べずにいたんだ。
きっと呼べるまで、何度も毎日儀式を行っていた感じがするものね。
それともうひとつ、我龍の言葉かな。
我龍は単独で瞬間遠隔移動ができるけれど、たしか命を落としかけたことがあるから、あまりしたくないって話を聞いた気がする。
我龍の場合も、協力者がいての移動じゃなさそうだものね。
わたしは、ア=マラさんの用意を眺めながら、ちょっぴり不安になった。
無事に迷わずあちら側へ辿りつけるのだろうか?
その不安が表情に出たのか、ハイ・プリーストが笑顔で言った。
「なにも心配することはない。ヴェナスカディアは全員が能力者だが、それぞれが特に得意とする能力があり、能力に沿った役割を一族の中で担うのだ。ア=マラは一族きっての空間移動のエキスパートだ。今回は確実に行うため、あちら側でサポートも付くから安心だよ」
ハイ・プリーストは、なかなかのおしゃべりさんのようで、関係のなさそうなことも続けて話した。
「そして、彼女の属性は長剣。闘いの腕に関しても右にでる者はいないから、私の護衛も兼ねて彼女がこちら側へ共に来たのだ。私の属性は短剣。見ての通り、短剣を使用して儀式を取り仕切る司祭長だ。そなたの属性は、昔と変わりなく護りを主とする杖だったな。だからそなたは国へ戻ったあとは、他のことを気にすることなく、巫女としての役割を全うすることだけに集中すればよいからね」
ハイ・プリーストの説明を聞いているうちに、わたしは、あれ?っと思った。
とすると、空間を行き来するには、それ専用の能力がいるってことになるのではなかろうか。
わたしひとりで自由に行き来できなきゃ、里帰りしにくいじゃない。
いちいちア=マラさんの手を煩わすことになっちゃう。
「巫女の資格とか瞬間移動とか闘う能力とか儀式を行う能力とか、いろんな能力を全部持って、同時に使える人っているの?」
わたしは、素朴な疑問をハイ・プリーストに向ける。
すると、ハイ・プリーストは即答した。
「それは一族の中でも、よほどの能力者になるな。さすがに巫女の資格はないが、現在そのようなことができるのは、最長老だけだろうか。あのお方ならば、すべての能力に秀でている。おかげで単独自由行動も多くて、我々も困っているのだが」
最後のほうは、苦笑しながら口にする。
ハイ・プリーストの言葉をうなずきながら聞いていたけれど。
ふと――我龍を思った。
彼はヴェナスカディアの一族の人間じゃないけれど、瞬間移動も念力も精神感応も、すべてこなせるんだよね。
もしかしたら、最長老に匹敵する能力者ってことになるのだろうか。
考えこんだわたしへ、ハイ・プリーストが続けた。
「いま、あちらの世界へ戻るのは、私とそなただけだ。ア=マラは、我々がこちらへ来た痕跡を消すなど後始末があるために、このまま残ることになる」
痕跡を消すんだ。
――ちょっと待って。
痕跡を消すって、どういうことだろう?
違う世界から来たハイ・プリーストたちだけれど、見た目は普通の人間と変わりはない。
だから、ただの旅行者を装っていれば、別になんの問題もないと思うんだけれど。
なぜ、わざわざ消すのだろう?
わたしの中で少しだけれど、急に言い知れぬ不安が湧きあがった。






