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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第七章】巫女編 『ヴェナスカディアの巫女』
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第254話 ほーりゅう

 今日は卒業式で特別に学校が休みでも、明日は午前中、授業がある。

 散歩から戻ったわたしは、お泊りセットとともに、学校へ行く用意も持って、夢乃の家へと向かった。


 予定通りの三時ごろ、夢乃とジプシーの家が見えるところまでくる。

 すると、ちょうど玄関のドアを開けてジプシーが出てきた。

 リュック型の小さなカバンを肩にかけ、細身の濃紺ジーンズに同じ生地のジャケット姿だ。


 あれ?

 わたしの予測が外れて、卒業式のお手伝いは早く終わったらしい。

 そして、戻ってきて私服に着替えたジプシーは、これからどこかへ出かけるところなのだろうか?


 それなら、危うくすれ違うところだったと安堵しながら、わたしはジプシーのそばへ、いそいそとと近づいていった。




 一瞬、わたしに視線を向けたジプシーは、すぐに表情を変えることなく、目をそらして歩きだす。

 てっきり声をかけてくれるものだと思っていたわたしは、なんとなく当てが外れた。

 慌ててジプシーのあとを追いかける。


「待ってよ、ジプシー。あのね……」

「行きたきゃ、行けばいいだろ」


 突然、わたしのほうを見ずに、ジプシーが歩きながら言った。

 わたしは、自分が聞き間違ったのかと思って、思わずジプシーのそでを後ろからつかむ。


 結果的に引きとめる形になったせいか、仕方がなさそうに足を止めたジプシーが、わたしのほうへ振り返った。


「行くかどうか、自分で決めろよ。俺が指図することじゃないだろ? ――友だちだ? 知り合いだ? おまえと今ここで別れて二度と会わなければ、お互いに生きようが死のうが、別の世界にいたらわからないし、もう関係がない。それでいいじゃないか」


 いつもの無表情じゃない。

 それ以上に冷たい眼で、突き放す言い方をする。


「これから仕事なんだ。明日の昼まで戻らない。邪魔するな」


 そう告げると、つかんでいたわたしの手をはずし、背を向けて歩きだした。


 きつい言葉を浴びせられたけれど、それ以上に顔に血の気のないジプシーのほうが、わたしには気になった。

 立ち止まったまま、わたしはジプシーの背中へ向かって、小さく声をかける。


「――ジプシー、顔色が悪いよ。もしかしたら体調が悪いんじゃないの? そんなときに仕事だなんて、危ないよ」

「構うな。――俺は、いままで仕事のときは理性と感情を切り離してきたんだ。それが、おまえと出会ってからは、俺のペースが崩されっぱなしだ。おまえさえいなけりゃ、俺に失敗や危険などない。もう俺に近寄るな」


 声に感情を乗せることなく返してくる。

 でも、ふと足を止めたジプシーは、振り返らずに、はっきりと告げた。


「ああ。いま別れたら、もう会う機会がないかもな。いま言っておくよ。――さよなら」


 そして、歩きだしたジプシーの背を、わたしは呆然と眺めるしかなかった。


 角を曲がって彼の見えなくなるころ、わたしは、そっと声をかけられる。

 我に返って振り向くと、夢乃が立っていた。


「ほーりゅう。――その、家の前で声がしたから」


 いまの会話、たぶん初めから聞いていたんだろう。

 心配そうな表情を浮かべている夢乃に向かって、わたしは明るく、一晩お邪魔しまぁすと言った。




「聞いたわよ、ほーりゅうちゃん。ご両親のいる海外へ来なさいって言われているんですってねぇ。急な話よねぇ」


 夢乃のお母さんは、とっても残念そうに言った。


 そうか。

 ここではそういう風に伝えているんだ。


 そして、夢乃のお母さんは、わたしの浮かない顔に気がついているようで、それ以上深くは聞いてこないのがありがたかった。


「こんなときに聡へ仕事を入れるなんて。あの人も聡も無粋よねぇ。あ、病みあがりなんだから、遠慮せずにたくさん食べて栄養をつけるんですよ」


 不在の男どもに文句を言いながら、夕食にたくさんのおかずをすすめてくれる。

 わたしは遠慮なく、たくさん食べようと思った。


 ――もし向こうの世界へ行ったら、美味しい夢乃のお母さんの料理も、もう食べられなくなるんだなぁ。




 昼間に自分の家でお風呂に入ってきたわたしは、夢乃がお風呂に入っているあいだ、夢乃の部屋から廊下へと出た。

 ジプシーがいないことはわかっている。

 だから、ノックなしでジプシーの部屋のドアを開けた。


 当然、電気もついていない真っ暗な部屋の中。

 すっかり見慣れた殺風景な部屋のベッドの上で、自分の棲み家のように、やまねちゃんのぬいぐるみが鎮座している。

 わたしは近寄ってベッドによじ登ると、やまねちゃんを抱きしめた。


 夢乃は友だちだ。

 これからも、わたしがあちらの世界へ行っても、いつまでも気持ち的にはつながっていると思う。


 初めてジプシーと話をした日。

 わたしは、中の石の色が違うとはいえ、自分の持っているものとそっくりなロザリオを持っていたジプシーに興味を持った。

 そして、ジプシーの持っていたロザリオの秘密を、知っていたら教えてほしいと言った。

 あのときジプシーは、手に入れたときのロザリオの詳細を思いだすまで、自分のそばでうろうろしていていいって言い方をしてくれた。


 そうか。

 その言葉に甘えて、本当にずっとジプシーの周りをうろうろとしていたわたしは、いい加減、鬱陶しいと思われていたのかな。


 そして今回の件で、わたしのロザリオの秘密はもちろん、ジプシーのロザリオの意味まで、我龍から教えてもらったことになる。

 そうすると、もう、わたしがジプシーの近くをうろつく必要性がなくなった。




 いつのまにか、わたしは、やまねちゃんのやわらかな身体に顔を押しつけて嗚咽をもらしていた。


 ジプシーのそばにいる理由が、もうわたしにはない。


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