第25話 エピローグ ジプシー
「で、どういうことなのかしら?」
次の日の朝早く、申し合わせたかのように昨日のメンバーが校舎の屋上に集まっていた。
そこで俺は、のんきに手すり越しに眼下の風景を眺めていた。
眼鏡をはずして拭いてみたりもする。
俺の隣で、ほーりゅうに詰め寄っているのは、夢乃と京一郎だった。
「わたしたちにも、よくわかる説明をしてもらいたいんだけれど」
そう告げた夢乃へ向かって、ほーりゅうはクルリと一回転をしてみせた。
「ほら、見て見て! ここの学校の、おニューの制服が昨日届いていたんだぁ」
「ごまかさないで!」
「――う~ん。その、なんと言いますか……」
いざ、陽が降り注ぐ明るい場所での説明となると、どうやら気分的に難しいらしい。ほーりゅうは、どうみても困っているようだ。
昨日から、俺は散々彼女に翻弄されてきたんだ。
俺の気持ちとしては、もう少し困っていただこう。
そう考えていたら、言いわけをするように京一郎がつぶやいた。
「まさかこいつが、ジプシーと同じような術を使うとは思わなかったんだよ」
彼にしては珍しく、視線を下に落として、片手で髪をくしゃりとかき乱す。
「俺は女でも容赦はしないから、ツラを張って怖がらせようかと考えて近寄ったんだ。そうしたら、目の前を痛くもない火花が散った。気がつけば、台風が通過したような教室の惨状のなかに、もう彼女の姿がなかったんだ」
京一郎は、そのまま俺のほうへと顔を向けると、申しわけなさそうな表情になる。
「最初からやけに怖いもの知らずで攻撃的だと思ったが、こんな技を隠し持っていたからなんていうのは口実だよな。時間稼ぎにさえもなれずに、俺はおまえに合わせる顔がない」
京一郎を困らせることは、俺にとって思わぬ事態だ。
非常によろしくない。
この話題を変えるためにも、仕方なく俺が、ほーりゅうを困らせることをやめて説明することにした。
まあ、ロザリオの石の力か、本人自身の力かは別にしてとなる。
「京一郎。彼女の持つ力は、俺の術とは種類が違うみたいなんだ。彼女の力は……。一番近いとすれば、超能力だと考えている」
「――うそ?」
当然ながら、夢乃も京一郎も疑いのまなざしとなった。
俺は、できる限り自然な口調で言葉を続ける。
「俺自身が陰陽術を使うということもあるが、陰陽術にしろ超能力にしろ魔法にしろ、根本はそう変わりはしないと思う。超能力は存在する。――実際、超能力といわれる力を持っている奴を、ひとり知っているから……」
言葉の最後は、緊張のあまりにかすれた。
だが、この場にいる者は、誰もそのことに気づかなかったようだ。
人知れず俺は、そっと息を吐く。
夢乃と京一郎は、普段からそばで、俺の陰陽術をみて体験もしている。
彼女ではなく俺からの言葉で、簡単に了解はするだろう。
そう思いながら皆の顔を見渡すと、胸もとで祈るように手の指を組んだほーりゅうが瞳を輝かせて、一番大きくうなずいていた。
どうやら彼女は、説明できる言葉を自分では考えつかなかったらしい。
俺の大雑把な説明に飛びついたようだ。
そして、夢乃は、もう受けいれる表情をした。
隣にいた京一郎を、肘で小突きながら笑顔を向ける。
「よかったわね、超能力者相手で。普通の女の子に負けたなんて、とても言えないものね」
「うるせぇな」
そんな京一郎と夢乃の会話へ、ほーりゅうは真面目な表情となって割りこんだ。
「でさ、昨日の続き。わたしも、あんたたちの仲間に加えてよ。絶対に役に立つと思うんだ」
すると、京一郎も夢乃も黙りこんだ。
そして、俺のほうをうかがうように視線を向けてくる。
そういえば昨夜、俺は彼女に、そばをうろついてもいいと受けいれてしまった。
俺から断る言葉を、いまさら口にはできない。
そのために、俺は、牽制がてら彼女へ確認した。
「仲間に加わるという、その意味をわかって言っているのか? 好んで自ら危険な目に遭う必要もないだろ?」
「わかってるわよ。でも――わたしってば、前の学校では、この力を隠してきたのよ。けれど持っている能力を隠したままって、なんだか不自然だと思わない?」
「なに? 才能を埋没させたままってのが、もったいないって考え?」
京一郎の言葉に、ほーりゅうは嬉々としてうなずいた。
「そう! わたしは、自分の身は自分で護れるし、あんたたちの悪運が強けりゃ強いほど、絶対に損はさせない! お買い得よ。仲間にしてよ」
満面の笑みのほーりゅうを横目に見ながら、いまの彼女の言葉のどの部分かが、俺の頭の片隅で引っかかる。
その部分がどれなのかと、俺が黙って考えこんだとき。
京一郎が思いついたように、ほーりゅうへ向かって口調を変えた。
「そうだ! いまここで、超能力を使ってみせろよ。俺をふっ飛ばしたようなやつを。もう一度目の前で披露してくれたら、それで昨日の件はチャラにしてやるよ」
「あ。それ、――わたしも見たいかも……」
期待いっぱいの目を輝かせた京一郎と、ねだるという行為が恥ずかしいけれども、やっぱり見てみたいという欲望を抱えた夢乃。
そんなふたりに見つめられたほーりゅうは、てへっと照れ笑いを浮かべた。
そして、その笑顔のまま、じりじりと後ずさりしつつ、つぶやくように告げた。
「わたしってば、――なぜか理由がわからないんだけれど、理性が飛んで感情を振り切らないと、力が出ないのよねぇ……。逆に、寝ているときとか静かにしていても、夢遊病のごとく無意識に出たりしちゃって。――うん。まったく制御できないの!」
――沈黙。
目が点になった夢乃と京一郎を見ながら、そこで俺は、なにが頭の片隅で引っかかっていたのかを理解した。
ああ、そうだ。
こいつは狙ったところに力を飛ばせない、完全なノーコン超能力者なのだ。
それで、悪運――当たる当たらないは、運任せってことか。
「――なんだ、そりゃ? それって、いざというとき、役に立たねぇじゃねぇかぁ!」
朝のホームルームがはじまる予鈴とともに、屋上で京一郎の叫びがこだました。
予想通りの展開のなか、両耳をふさぎながら、俺は、屋上から目の前に広がる景色へと視線を移す。
昨日の朝に感じたものは、波乱の予感なのか?
波乱の予感だけなのか?
そうため息をついた俺の頭上には、昨日と同じ抜けるような青空が広がっていた。






