第248話 京一郎
最初にジプシーが飛びだした。
俺との打ち合わせのあと、続けて我龍も、しばらくこの地を離れるために出ていってしまった。
ほーりゅうの叔母さんが用意してくれた夕食を、俺は夢乃と食べ、現時刻は夜の十時。
夢乃が叔母さんと交代で、眠っているほーりゅうのそばについていた。
そして今、俺はひとり、ほーりゅうの家の静かなリビングで考えこむ。
我龍は、今回ジプシーをあてにできないと言った。
たしかに、ジプシーのあの様子を見たら、冷静な判断が望めないかもしれない。
俺としては、もうひとり、相談ができる味方が欲しいところなのだが……。
夢乃の信頼できる人は夏樹さんだ。
その夏樹さんに俺が頼れば、夏樹さんの負担が増えるだろう。
夏樹さんは、陰で護衛をしてくれると言っていたから、そちらの面で手助けを願おう。
俺のチーム先代のリーダーである泉さんは、所詮他人だ。
とても頼りになるが、損得で動く割り切った部分がある。
我龍に信頼されて任された限り、少しでも俺は、不安要素を取り除きたい。
そうなると、完全に信用ができて頼りになり行動力もある、できれば、ほーりゅうと同性であることを考えたら。
――俺としては非常に不本意なのだが、俺の姉貴なんて、どうだろう?
そんなことを考えていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。
こんな時間に、ほーりゅうの家へ訪ねてくるのは、彼らしかいないだろう。
玄関のドアを開けると、そこにひと組の男女が立っていた。
まず目が向いたのは――男のサガだよな、女のほうだった。
俺よりも十歳ほど年上か。
細身の、グレイのスーツを着こなした美人だ。
見つめる俺の眼を、そらさず見つめ返してきた隙のない視線と動きで、相当デキる女とみた。
ただの侍らすだけの花じゃない。
俺の直感では、男の護衛者か。
我龍に聞いた話から、ハイ・プリーストはもっと優男のイメージだったが。
次に視線を移した男のほうは、体格の良い体育会系だった。
二十歳には思えないほど、こちらも上等なスーツに見劣りしない自信にあふれた態度と、上に立つ者が持つ貫録がある男だ。
ただ、どちらも表情が硬かった。
俺が黙って無遠慮に観察していると、女のほうが進みでてきて口を開いた。
「はじめまして。夜分に失礼いたします。こちらにいらっしゃる宝龍紫織さまに関して、お話にあがりました」
「玄関先で立ち話ってのもなんだ。中へどうぞ。ハイ・プリーストさん」
俺の言葉に、女のほうは表情の変化がなかった。
こちらはポーカーフェイスで、社交的に融通のきかないジプシータイプか。
だが、男のほうは、途端に表情を緩めた。
「私のことを知っているのか? 彼女から聞いたのだな? なんだ、話が通っているのであればありがたい」
嬉々とした雰囲気をあからさまに醸しだし、ハイ・プリーストは俺に導かれて、あっさりと玄関へ足を踏みいれる。
その男の様子を、ため息をつくような態度で女があとに続く。
俺は彼らを、とりあえずリビングへと通した。
ソファへと促すと、まず女のほうが包装された大きな箱らしきものを、俺に両手で差しだした。
「どうぞ」
「――あ、ご丁寧に」
手土産持参とは。
――これ、こいつらの一族が住んでいる国の特産品だろうか? なんだろう?
気になりつつも俺は、テーブルの上に包みを置くと、彼らに聞いた。
「飲み物はなにがいい? こちらの世界の飲み物は口に合っているのかな」
「いや、結構。我々の目的は、彼女に会って話をすることなのだから」
ここへ来るまでは怖かったが、来てしまえば昼間のほーりゅうの態度の不可解さを解消するために、一刻も早くほーりゅうとのご対面を果たしたいってのがミエミエだった。
だが、そういうわけにはいかない。
ほーりゅうには記憶がない上に、いまはぶっ倒れている。
俺は、別の方面から話の口火を切ることにした。
「ヴェナスカディアって一族の代表で来たんだろう? なんでアンタたち、違う世界から来ているのに、こっちの言葉が話せるんだ? 聞いた話では、それぞれ国の言葉も違うらしいじゃん。おかしくねぇ?」
俺の質問に、ハイ・プリーストは当たり前のように返してきた。
「私は一族のハイ・プリーストであるシ=ホンだ。隣にいる彼女はア=マラ。彼女は私の護衛者でもあるが、一族との連絡や異世界間の移動を主に担当する。我々の素性を理解してもらえているようで、話がしやすいな。我々ヴェナスカディアは、異世界間をつないでの召喚の儀も多く執り行う。その立場ゆえに異世界の言葉にも精通している」
厳かに、自信たっぷりに告げたハイ・プリーストへ、俺は容赦なく言った。
「俺は京一郎。ほーりゅうに用があるってのなら、悪いが俺を通してもらえるかな? たぶんこっちの世界において彼女に近い人間で、おそらく彼女以上に、俺が一番状況に詳しい。――昼間、ほーりゅうと会ったんだろう? 彼女の反応は、あれが正しい。彼女はアンタたちに関する記憶が、一切ない」
勘違いなどが起こらないように、俺ははっきり言い切った。
俺の言葉を理解するのに、ふたりは時間がかかっているようだ。
女のほうは無表情のまま、ハイ・プリーストは笑顔を浮かべた状態で、どちらもしばらく黙りこんだ。
ようやく困惑した表情に変わったハイ・プリーストが、口を開く。
「――えっと。それは、どういう意味、だろうか?」
「そのままの意味。ほーりゅうはヴェナスカディアの記憶や知識がない。彼女が全くの別人だからか、あるいは、そちらの最長老が彼女に伝え忘れたのかもね」






