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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第七章】巫女編 『ヴェナスカディアの巫女』
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第248話 京一郎

 最初にジプシーが飛びだした。

 俺との打ち合わせのあと、続けて我龍も、しばらくこの地を離れるために出ていってしまった。


 ほーりゅうの叔母さんが用意してくれた夕食を、俺は夢乃と食べ、現時刻は夜の十時。

 夢乃が叔母さんと交代で、眠っているほーりゅうのそばについていた。

 そして今、俺はひとり、ほーりゅうの家の静かなリビングで考えこむ。


 我龍は、今回ジプシーをあてにできないと言った。

 たしかに、ジプシーのあの様子を見たら、冷静な判断が望めないかもしれない。

 俺としては、もうひとり、相談ができる味方が欲しいところなのだが……。


 夢乃の信頼できる人は夏樹さんだ。

 その夏樹さんに俺が頼れば、夏樹さんの負担が増えるだろう。

 夏樹さんは、陰で護衛をしてくれると言っていたから、そちらの面で手助けを願おう。


 俺のチーム先代のリーダーである泉さんは、所詮他人だ。

 とても頼りになるが、損得で動く割り切った部分がある。

 我龍に信頼されて任された限り、少しでも俺は、不安要素を取り除きたい。


 そうなると、完全に信用ができて頼りになり行動力もある、できれば、ほーりゅうと同性であることを考えたら。

 ――俺としては非常に不本意なのだが、俺の姉貴なんて、どうだろう?


 そんなことを考えていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。




 こんな時間に、ほーりゅうの家へ訪ねてくるのは、彼らしかいないだろう。


 玄関のドアを開けると、そこにひと組の男女が立っていた。

 まず目が向いたのは――男のサガだよな、女のほうだった。


 俺よりも十歳ほど年上か。

 細身の、グレイのスーツを着こなした美人だ。

 見つめる俺の眼を、そらさず見つめ返してきた隙のない視線と動きで、相当デキる女とみた。

 ただの侍らすだけの花じゃない。

 俺の直感では、男の護衛者か。


 我龍に聞いた話から、ハイ・プリーストはもっと優男やさおとこのイメージだったが。

 次に視線を移した男のほうは、体格の良い体育会系だった。

 二十歳には思えないほど、こちらも上等なスーツに見劣りしない自信にあふれた態度と、上に立つ者が持つ貫録がある男だ。


 ただ、どちらも表情が硬かった。


 俺が黙って無遠慮に観察していると、女のほうが進みでてきて口を開いた。


「はじめまして。夜分に失礼いたします。こちらにいらっしゃる宝龍紫織さまに関して、お話にあがりました」

「玄関先で立ち話ってのもなんだ。中へどうぞ。ハイ・プリーストさん」


 俺の言葉に、女のほうは表情の変化がなかった。

 こちらはポーカーフェイスで、社交的に融通のきかないジプシータイプか。

 だが、男のほうは、途端に表情を緩めた。


「私のことを知っているのか? 彼女から聞いたのだな? なんだ、話が通っているのであればありがたい」


 嬉々とした雰囲気をあからさまに醸しだし、ハイ・プリーストは俺に導かれて、あっさりと玄関へ足を踏みいれる。

 その男の様子を、ため息をつくような態度で女があとに続く。

 俺は彼らを、とりあえずリビングへと通した。


 ソファへと促すと、まず女のほうが包装された大きな箱らしきものを、俺に両手で差しだした。


「どうぞ」

「――あ、ご丁寧に」


 手土産持参とは。

 ――これ、こいつらの一族が住んでいる国の特産品だろうか? なんだろう?

 気になりつつも俺は、テーブルの上に包みを置くと、彼らに聞いた。


「飲み物はなにがいい? こちらの世界の飲み物は口に合っているのかな」

「いや、結構。我々の目的は、彼女に会って話をすることなのだから」


 ここへ来るまでは怖かったが、来てしまえば昼間のほーりゅうの態度の不可解さを解消するために、一刻も早くほーりゅうとのご対面を果たしたいってのがミエミエだった。


 だが、そういうわけにはいかない。

 ほーりゅうには記憶がない上に、いまはぶっ倒れている。

 俺は、別の方面から話の口火を切ることにした。


「ヴェナスカディアって一族の代表で来たんだろう? なんでアンタたち、違う世界から来ているのに、こっちの言葉が話せるんだ? 聞いた話では、それぞれ国の言葉も違うらしいじゃん。おかしくねぇ?」


 俺の質問に、ハイ・プリーストは当たり前のように返してきた。


「私は一族のハイ・プリーストであるシ=ホンだ。隣にいる彼女はア=マラ。彼女は私の護衛者でもあるが、一族との連絡や異世界間の移動を主に担当する。我々の素性を理解してもらえているようで、話がしやすいな。我々ヴェナスカディアは、異世界間をつないでの召喚の儀も多く執り行う。その立場ゆえに異世界の言葉にも精通している」


 厳かに、自信たっぷりに告げたハイ・プリーストへ、俺は容赦なく言った。


「俺は京一郎。ほーりゅうに用があるってのなら、悪いが俺を通してもらえるかな? たぶんこっちの世界において彼女に近い人間で、おそらく彼女以上に、俺が一番状況に詳しい。――昼間、ほーりゅうと会ったんだろう? 彼女の反応は、あれが正しい。彼女はアンタたちに関する記憶が、一切ない」


 勘違いなどが起こらないように、俺ははっきり言い切った。


 俺の言葉を理解するのに、ふたりは時間がかかっているようだ。

 女のほうは無表情のまま、ハイ・プリーストは笑顔を浮かべた状態で、どちらもしばらく黙りこんだ。


 ようやく困惑した表情に変わったハイ・プリーストが、口を開く。


「――えっと。それは、どういう意味、だろうか?」

「そのままの意味。ほーりゅうはヴェナスカディアの記憶や知識がない。彼女が全くの別人だからか、あるいは、そちらの最長老が彼女に伝え忘れたのかもね」



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