第244話 京一郎
「今回いうところのその神は、こちらの世界で言われている神や仏と同じで、視界にはとらえられない信仰上の存在だ。その世界には、数多くの大小さまざまな国がある。それぞれ考え方や言葉や生活習慣が違うけれど、ほとんどの住人は、こちらの世界と同じような、寿命も容姿も似たり寄ったりの普通の人間だ。ただ、こちらのように宗教が多数あるのではなく、神の存在だけはどの国でも共通しており、ほぼ全員が同じ神を信仰の対象としている。――ここまではOK?」
我龍が、俺に視線を固定して話を進めてくる。
そうだ。
ジプシーはいつも会話に混ざらず、俺と他者の会話を聞いて考え事をするタイプだ。
だから奴にとって、俺と我龍が対話している、この状況は望ましいはずだ。
俺は、我龍にうなずいた。
「ただひとつ、ヴェナスカと呼ばれる国があり、そこに住むヴェナスカディア一族だけは、全員が特殊な能力を持っている。こちらの世界で言うところの、念力や透視、精神感応などの超能力だね。先祖に偶然能力者が現れ、その力を維持するように一族の中で保ってきた結果らしいけれど。能力者集団である彼らは、能力ゆえに周りの国々から一線を引いた存在となっていて、いつの間にか周りの国々に神のお告げを伝える立場の一族となっていた。各国の王は、手に余る困りごとが起きるとヴェナスカディアに神託を乞う。一族の代表が神からの言葉として、それに答える。それが、千二百年も昔から続いていた」
そこで我龍は言葉を切ると、どう続きを話そうかと考えるように間をおいた。
神という存在、ヴェナスカという国、そしてその他の国々。
我龍が次の話へ移る前に、俺は、勢力的な位置関係を頭の中に描く。
「以前、紫織には少しだけ話したことがあるんだ。現在ヴェナスカディアは、二十七人。彼らはまず、両親ともにヴェナスカディアでないと、その子もヴェナスカディアだとは認めない。そのために千二百年ものあいだ、一族は血縁内の婚姻だけで維持してきた。ヴェナスカディアは生まれたときに、力の結晶とされるカディアと呼ばれる緑色の石と共に生まれてくる。一族以外の者と交わると、その子にカディアの石は現れない。それを基準にヴェナスカディアかどうかを判断している」
我龍が、ここまではOK?と目で問いかけてくる。
そのたびに、俺は小さくうなずいて先を促した。
「一族は普段、神託を与える以外では、各国の儀式を仕切ったり繁栄を願う祈祷を行ったりしている。その際に代表して執り行うのが、一族の中でそれなりの力を持った妙齢の男、司祭長だ。そして、神託を授ける者も一族の代表として存在するのだが。――ハイ・プリーストと違って、神の言葉をてんでばらばらに伝える者が何人もいたら、おかしい気がするよね。そのためなのか、一族は総じてブラウンの髪なのだが、神託を与えることのできる、神に選ばれたひとりの女性『ヴェナスカディアの巫女』だけは、自然と銀髪なんだ」
そこで、我龍は言葉を切った。
千二百年の歴史を持つ二十七人。
おそらく衰退一直線の、神にもっとも近い一族。
黙って話を聞いている夢乃やジプシーの表情は変わらないが、俺は我龍の話に、どこかしら物悲しさを抱いた。
「そこで『ヴェナスカディアの巫女』の条件だが、年齢は特に決まっていないらしい。八歳くらいの子どもが巫女だった代もあるし、三十歳、四十歳のときもあった。こちらの世界でいうところの巫女は、未婚の処女に限定されるそうだが、ヴェナスカディアの基準では、当てはまらない。結婚していても巫女に選ばれた女性が過去にいたらしいし」
頭の中で考えながらゆっくり話していたらしい我龍は、ああ、という表情になった。
「あっと、そうだ。巫女に選ばれるときの条件は特になくて、ただ神の一存なのだが、逆に巫女の資格を剥奪される場合が、三つあるんだ。一つ目は、他種族と交わった場合。だから一族内での婚前交渉や婚姻、出産では問題はなくて、巫女の資格は剥奪されない。二つ目は、巫女が死亡した場合。三つ目は、巫女として非常に大きな役割を果たした場合。このうちのどれか一つが当てはまったときに、その者は銀髪から茶髪へと変わって巫女の資格をなくし、銀髪の新たな巫女が、一族の中で誕生する。だから『ヴェナスカディアの巫女』は、常に存在するし、常にひとりだけなんだ」
そこまで話をして、我龍は皆の反応をみた。
俺はといえば、一気に話を聞いただけで、理解はしたが、何とも答えようがない。
おそらく夢乃もジプシーも同じだろう。
ここに、ほーりゅうがいたら、頭がパニックになっているところだから、話を中断してでも、別の言い方に変えて、説明に入るところだ。
ただ、いまは、そのほーりゅうがいない。
「さて」
我龍が、淡々と話していた口調を変えた。
眼が、なにかを企んでいるように光る。
訝しげに見た俺を、我龍は口もとに笑みを浮かべて、見返してきた。
「いままで話した内容は、あちらの世界の人間にとって当たり前の知識なんだ。隠すこともないし、子どもでも知っている。いまは眠っている紫織にも、俺があとで情報を記憶の中へ入れておくよ。知恵熱で倒れている状態だから、これ以上の拒絶反応が出ないように、童話のものがたり風にでもしてね。だが、――これから話す内容は、俺も今日、確認できたばかりのヴェナスカディア一族内部の極秘情報となる。他言されないように」
冗談めかして言った我龍へ、俺は気を引き締めてうなずいた。
「いまから十七年ほど前、ヴェナスカディアの神殿内で儀式を執り行っていたハイ・プリーストが、儀式の途中で術に失敗した。当時の年齢は二十歳。将来一族を背負って立つ有能な男だった。だが、術の失敗の際に異空間が開き、ハイ・プリーストは吸い込まれ、姿を消してしまった。そのハイ・プリーストと結婚の約束をしていた当時の巫女は十六歳。事故後は神殿の奥へ引きこもってしまった。ここまでは近隣の国々にも、大きな声では言えない事故として噂は流れている」
噂として、近隣には知られている事故か。
だが、我龍の口調から、噂ではなく、史実として起こった事故なのだろう。
俺は、我龍へうなずいた。
「その後、一族は行方不明のハイ・プリーストの捜索を続けながらも、代わりのハイ・プリーストを立て、他の儀式や祈祷などを通常通りこなしていった。だが」
我龍は、ここで言葉を区切り、一呼吸置いた。
「――一方では神殿の奥で、司祭長としてではなく恋人を亡くした巫女は、悲しみのあまり、自らの死を――永遠の眠りを願っていたんだ。多感な十六歳にはキツい話だものね。そして、なにを思ったか一族の最長老が、その願いを聞き入れ、巫女の肉体を神殿の奥深くにある水晶の中へと封じ込めてしまった。そのときに最長老は、巫女からカディアの石が入ったロザリオを外し、あろうことか、こちらの世界までやってきて、生まれたばかりの赤ん坊にカディアを預けたんだ」
一気に、我龍はそこまで話をした。
俺は、突然現在に繋がった話の内容に、驚くより理解することのほうへ意識が向かった。
いまの最後の部分、赤ん坊ってのは、ほーりゅうのことに違いない。
ってことは、ほーりゅうの持っているカディアは、もともとは巫女の石になるってことか?
「あのさ」
俺は無意識に片手をあげて、我龍に聞いていた。
「カディアの石って、正当な持ち主から離れると消えるって、前に言っていたよな? なんで消えずに、ほーりゅうが持ち歩いているわけ?」
「そこなんだよね」
我龍が、その質問を待っていましたとばかりに、俺へ笑いかけた。
「巫女のカディアは、現在紫織を自分の主と認めているってことだ。意思を持つカディアにおいて、主を変えるということが全くないとは言いきれない。すでに特例として俺が、自分が生まれたときに出現したわけではないカディアを持っているしね。最長老が上手に、カディアのお眼鏡に適う赤ん坊を選んだのか、カディア自身に何か目的があって、紫織を主と認めたのか。そのあたりは俺にはわからない」
そして我龍は、続く言葉が話のメインだというように口調を強めた。
「今回の一件で重大なことは、巫女が水晶の中へ封じ込められたあと、一族の中で新たな巫女が誕生していないんだ。――巫女は、銀髪で巫女の資格を持ったまま、神殿の奥深くで眠ってしまった。いまカディアを持っている紫織は、だが神に選ばれた証となる銀髪じゃない。一族の中では代が移らず、いつまでも他の銀髪の娘が現れない。一族はこの十七年間、巫女が不在のまま、その事実を隠し続けているんだ」






