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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第七章】巫女編 『ヴェナスカディアの巫女』
241/286

第241話 叔母

 高校生の終業式が近い三月半ば。

 姪の紫織がお昼ごろに高校から帰ってくる予定なので、今日は一緒に買い物へ出かけようと考えていた。


 一族が経営する大きな総合病院。

 そこで外科医として勤める私は、いつ病院から緊急の呼び出しがあるかわからない。

 また、四十歳独身の身軽さもあり、自らも今までは夜勤などを率先して仕事を入れてきていた。


 けれど、同じ医師である姉夫婦が、仕事で海外へ数年間行くことになり、日本を離れたくないと言った紫織の保護者代わりを、九月ごろに私は買ってでた。

 迷惑をかけられないと断る姉に、反対に懇願する形で、強引に紫織を引き取った。

 なぜなら、私と紫織のあいだには、ロザリオに関するつながりがあったから。


 紫織は、ロザリオの秘密を探すために日本に残りたいと言った。

 私は、ロザリオには何かしら秘密があるという確信があった。

 姉は、またその話なのと呆れた顔をしたが、最後は、私たちの希望を通してくれた。

 それから半年。


 たいして面倒をみていると言えない私だが、たまの休みの今日は、姪のために時間をとる気になっていた。

 普段、仕事に追われている私は、休みだからと言って時間をかけて料理の腕を磨く気はなかった。

 紫織が帰ってきたら、一緒に外へランチに行こうと企む。

 遊んだり飲み歩く習慣のない私は、先立つものだけ裕福にある独身貴族。

 ランチのあとは、たっぷり紫織とショッピングを楽しもう。


 ただ、朝から天気は悪いなと思っていたけれど。

 この突然の豪雨はどうしようか。

 すぐにやむ、通り雨なら良いのだが。


 そんなことを呑気に考え、そろそろカットに行くべきショートカットの髪をかき上げながら、自室のソファにのんびりと座って膝の上の雑誌のページをめくりつつ、紫織の帰宅を待っていた。




 その瞬間。

 私は吐き気をもよおす頭痛と気分の悪さでめまいを起こし、座っていたソファの背もたれに慌ててしがみついた。

 雑誌が膝から床へ、滑り落ちる。

 そして同時に『情報』が、頭の上から降ってきた。




 ほんの数秒のことだった。

 私は、めまいがおさまるにつれ、状況を理解する。

 そして、この特殊な現状を当たり前のように受け止めていた。

 ――いつか来る日だと、思っていたからだ。


 『情報』をもとに、とるべき行動を素早く頭の中で整理する。

 引き出しから乾いた数枚のバスタオルを取り出し、紫織の部屋の合鍵を持って飛び出した。

 マンションのエレベーターのほうを見ると、今は一階で止まっている。


 『情報』の通りならば、エレベーターを譲るほうが良いはずだ。

 それに自らの足を使うほうが、エレベーターが上がってくるのを待つより早いと判断し、一気に五階から紫織の部屋がある二階まで、階段を駆け降りた。


 予想通り、二階へ着いた途端に、眼の前で一階からあがってきたエレベーターが開いた。

 思わず悲鳴を上げそうになる。


 仕事上、血などは見慣れたものだが、それが身内のものとなれば話は別だ。

 しかし、抱きかかえていた紫織と共に全身血まみれの彼は、エレベーターから降りつつ私の姿を認めると、私の動揺を見越したように言った。


「さっき情報を送った通り、紫織はかすり傷ひとつない。これはすべて俺の血だし、雨でにじんでひどく見えるが深い傷じゃない。紫織は、精神的なショックのために意識を失っているだけだよ」


 思いがけず落ち着いた声を聞き、私は我に返る。

 呆けている場合じゃない。


 持っていた合鍵で、紫織の部屋の玄関を開け、彼を部屋に通した。

 そして、フローリングの上にバスタオルを広げ、意識のない紫織をおろしてもらった。


 彼の態度から、自分の怪我の程度や状態を、楽観的にではなく軽度だと把握しているようだ。

 私は初対面のこの彼に聞きたいこともあったが、紫織の手当てを優先に考えさせてもらうことにして、手首の血管に触れ、自分の腕時計で測って心拍数をチェックする。


 普通はハサミを使い雨に濡れてまとわりつく衣服を切るところを、制服だということを考慮して、脱がすことに決める。

 力のいる作業だが、さすがに女の子の服を脱がす手伝いを、彼にさせるわけにいかない。

 苦労して紫織の上着を脱がしながら、私は彼に告げた。


「状況はわかりました。とりあえず、あなたは自分の血を洗い流してきなさい。あなたの傷の手当はそれからでも大丈夫よね」


 彼は一瞬迷ったようだが、うなずいて素直にバスルームへ向かう。

 彼の足取りがしっかりとしているところを後ろから確認して、私は紫織に意識を向けた。


 耳もとで名前を呼び、頬を叩く。

 閉じたまぶたは動かなかった。


 反応のない半こん睡状態。

 通常、意識のない状態は、酸素の欠乏からくる症状だ。

 気道確保を最優先に考えながら横向きに寝かせ、外傷の有無を確認していく。


 彼の言った通り、紫織に外傷は全くなかった。

 彼から送られてきた『情報』から、意識のない状態は、先ほど聞いたようにショックのためだろうと判断する。


 この状況で、なぜか彼の言葉を信じることができた。

 この状態だからこそ、信じることができるのだろうか。


 肺炎を起こさないように乾いたタオルで包みこみ、紫織をベッドの上へと連れていく。

 一通りの手当てを素早く終わらせたあと、彼がバスルームから出てくる前に、私はいったん五階の自室へ戻った。


 紫織に向かって大きな声では言えないが、男物の新品の下着を全く用意していないわけではなかった。

 彼のために、着替えを用意しておかねばならない。

 それと、深くはないと言っていても、全身にあった傷のための救急セットを持ってくる。


 脱衣所へバスタオルと着替えを置き、怪我の様子を訊ねようとしたとき、私の気配がわかったのか、中から彼の声が聞こえた。


「もう傷は全部ふさがっているから、そこで待っていなくていいよ」


 本人がそう言うのだ。

 そんなにすぐふさがるわけがないと思ったが、私は、彼の言う通りにリビングへ戻る。




 しばらくして、バスタオルで長い髪を拭きながら、彼はリビングに入ってきた。


「信じてくれるかどうかわからないけれど。俺のこの怪我は、紫織のロザリオの中の石がやったんだ。俺は紫織の石に嫌われていてね。こちらが助ける気で手を出してもお構いなし。向こうは手加減する気がないだから、完全防御に回ってもこのざま。深い傷にはなっていないけれどね。それに即死するような傷でなければ、ある程度は自分で止血できるよ」


 彼の言葉を聞きながら、私は半袖のTシャツから伸びる彼のしなやかな腕を確認した。

 確かに複数ある裂傷は、驚いたことに彼の言う通り、全て出血が止まっている様子だ。


 いろいろなことに動揺する気持ちをおさえて、向かいのソファに座った彼へ、私は言った。


「はじめまして、紫織の叔母です。あなたの噂は、紫織からかねがね聞いているわ。我龍くん、詳しい話をさせてもらってもいいかしら?」



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