第233話 足立生徒会長
書記が、お客さまだと生徒会室へ招きいれた女子を見て、おもわず私は笑みを浮かべながら言葉が出た。
「おや、これは珍しい。我が高校まで千早御前が来られるとは」
三条院千早。
わが校と交流ある高校の二年、生徒会副会長さまだ。
彼女は誰が最初に名付けたのか、千早御前という呼び名が気に入っていると聞く。
習ってそう呼びかけると、満足そうに、彼女は微笑み返してきた。
学生連盟の仕事で来たという彼女に、いい加減書類の山にうんざりしてきていた私は、担当の副会長を園芸部まで迎えに行こうと誘った。
そのとき、副会長に先日のバレンタインデーで、年下の彼女ができたことをほのめかす。
残念そうな表情を、ただ浮かべただけの彼女に、私は安堵した。
今回は、獲物を狙う眼をしていない。
彼女は、高校二年生でありながら、恋愛ハンターの異名を持つ。
小顔に、力を感じさせる眼。形の良い鼻と唇がおさまり、肩を緩いウエーブのかかった艶やかな髪がおおう。
適度な身長、武道で鍛えたバランスの良い肢体。
身分の高い肩書きの父親を持つ御令嬢。
容姿端麗、頭脳明晰。
その上をいく自由奔放な性格で恋愛好き。
困ったものだ。
我が生徒会の有能な副会長を、彼女の餌食にはしたくないなと、前々から案じていた。
そしていま、彼女ができたことを話したが、一瞬残念そうな表情を浮かべるも、特にこだわっている様子がなかった。
彼女の標的から外されただけのようだ。
安心した私は、当たり障りのない会話で、穏やかに彼女をエスコートしていたつもりだった。
だが、偶然にも職員室前で、一年の江沼と出会ってしまった。
江沼は、入学式の日に初めて見たとき、彼の中に潜むトラブルメーカー的な何かがうかがえた。
私の直感だ。
実際に彼は、いくつか事件を起こしてくれたが、いまは、彼の事情や崖っぷちの精神が呑み込めてきたせいか、フォローを入れつつ絡んで反応を見ることが楽しく思えるようになった。
そして、今日もうっかり、いつもの調子で彼に声をかけてしまったのだ。
まさか、千早御前が、彼に興味を持ってしまうとは。
「江沼、貴様の彼女はいつ見ても、ワンテンポずれた発想と行動をしているな。付き合っていて疲れないか?」
千早御前に彼を諦めさせようと、私は江沼に話しかけた。
もちろん彼は、いまさら急に何を聞くんだと言いたげな顔で見返してくる。
そして、勘のいい彼は、私の言葉に含まれる意図に気がついたようだ。
江沼は確認するように、ちらりと千早御前の表情を読む。
きっと普段の彼なら、決して口にしない言葉だろう。
だが、自分の答える内容によっては波乱の気配を感じたらしく、やむを得ず回避できそうな答えを、江沼は一呼吸おいて、無表情で返してきた。
「好きになった相手が手のかかる子なら、世話をするのも、また楽しいものですよ」
「貴様も言うなぁ」
仕方がなさそうにしながらも、私の願った言葉で江沼が返してきてくれたおかげで、予定通り笑い飛ばした私だが、少しわざとらしかっただろうか。
これで、千早御前が、二人のあいだに入る隙間がないと感じてくれればよいのだが。
そして、この話題から逃れるために、すぐに私は違う話を江沼に振った。
「ところで江沼、ものは相談だが。実は、次期生徒会長を」
「お断りします」
最後まで私の言葉を聞かず、江沼は即答してきた。
「貴様! 他人の話を最後まで聞かんか!」
「先輩の話は、俺にとって良い話だったことがありませんので」
相変わらずの冷ややかな視線と物言いで返してくる。
だが、こういう奴だと慣れてしまえば可愛いものだ。
「四月から二年だろう? 一年を通す仕事の都合上、めぼしい次の生徒会メンバーを決定しておきたいのだ。私は貴様を推したいと考えているのだが」
「先輩。俺は人前に出ることが嫌いなんですよ。それに、夏休み行事である旧生徒会バーサス新生徒会が狙いでしょう? 先輩の企みがみえています」
学校側黙認、我が校の夏休み恒例行事。
一学期最後に選出される新生徒会率いる二年と、旧生徒会率いる三年との、泊まりがけで校内を使った、お祭り行事であるバトル大会がある。
江沼の上に立つ能力を買っているのもあるが、ぜひともこの行事で、江沼を先方のトップに引っ張り出したかった。
なぜなら、楽しめそうではないか。
「先輩、強引に話を進めたら、校舎を破壊しますよ」
「いや、それは困る」
この男は、本気でやりそうだから曖昧に返せない。
私が言葉を続ける前に、軽く頭を下げて、さっさと江沼はその場から立ち去った。
その気になれば、信頼できる仲間を集めて、良い指導者になれそうな男なのだが。
本人にその気がないと、こればかりはどうしようもない。
そばで、今の会話を黙って聞いていた千早御前へ向き、苦笑を浮かべて私は言った。
「フラれてしまったな。――奴は、自ら望んで排他的な奴だったが、あれでも年明け頃から、その印象が薄れてきたんだ。いま、奴と付き合っている彼女のおかげだな」
彼女の存在を強調した私の言葉を、どう受け取ったか。
千早御前は、しばらく考えるそぶりを見せてから、にっこりと優雅に微笑んで言った。
「時間をとられたわね。足立会長も仕事に戻らないといけないというのに。急いで副会長のところへ、行きましょうか」






