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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第七章】巫女編 『ヴェナスカディアの巫女』
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第231話 ほーりゅう

「やっぱり、試験勉強は、夢乃の家でするほうがいいなあ」


 わたしは、教科書をかばんに入れ、帰り仕度をしながら言った。


 明日から始まる学年末テストの勉強で、この三日間、頭に詰められるだけ詰めこんだ。

 ちょっと衝撃を与えたら、公式や単語が、耳からポロポロこぼれ落ちそう。


「昨日と一昨日、ジプシーがわたしの家に来て教えてくれたけれど。確かに教え方はうまくても、いままでにないくらいスパルタだったのよ!」

「そりゃ、今回おまえの順位が落ちたら、職員室で俺が何を言われるか」


 何をいまさらとばかりに、ジプシーは当たり前のように返してくる。

 でも、勉強ばっかり。

 夢乃の家で試験勉強をしたら、京一郎も夢乃もいるから、もう少し冗談も出て和やかなんだけれど。

 わたしの家でジプシーとふたりっきりで勉強だなんて、厳しい教師の前にずっといる感じで気が抜けないし、美味しいものも出てこない。


 さすがに三日目は頼みこんで、夢乃の家で勉強をさせてもらった。

 ついでに、三時の美味しいおやつと豪華な夕食付。

 そして、あまり遅くならないうちにと、わたしと京一郎は帰る準備をしていたところだった。


「それじゃあ、明日学校でね!」


 門のところまで、夢乃とジプシーが見送りに出てくる。

 すっかり日も暮れて、住宅地の通りは人の気配もなく、とても静かだ。

 京一郎が遠回りをして、わたしを家まで送ってくれることになっていた。


 わたしは二人に手を振って、京一郎と歩き出そうとした、そのとき。

 急に後ろからジプシーが、わたしの右手首をつかんだ。




「え? なに?」


 振り返って、つかまれた手首と、いつもながら感情が読み取れないジプシーの顔を交互に見つめる。

 数秒後、京一郎がこの場にいる皆に、聞こえるかどうかの小さな声で言った。


「――ふたり」

「だな」


 同じく小さな声でジプシーが、すぐに京一郎へ言葉を返した。

 なにが起こったのかわからず、わたしは怪訝な表情を、男ふたりに向けた。


「夢乃、俺も一緒にほーりゅうを送ってくる。おまえはこのまま家へ入れ」


 ジプシーの言葉に、夢乃はなにかを感じたのだろう。

 黙って頷き、わたしにもう一度手を振ってから、玄関へ向かう。

 夢乃が家の中から鍵をかけたのを確認してから、ジプシーはわたしの手を離し、京一郎と頷きあって歩き出した。


「――なに? なにかいま、夢乃に聞かせられないような、都合の悪いことでも起こったの?」


 わたしは、京一郎とジプシーのあいだに挟まれる位置で歩いていく。

 ジプシーは、まったく答える気がなさそうだったので、わたしは視線を横の京一郎へ向けて聞いた。

 京一郎はわたしを見ずに、周囲に視線を走らせながら答えてくれた。


「えっと。――本当は、おまえにも言いたくないが、自分で身を護ってもらう可能性が出てくるから仕方なく言うとね。殺気ではないが、監視をするような視線を感じたんだ。ちょうど俺らが帰ろうとしたくらいから」


 京一郎の言葉を聞いて、わたしは急に緊張する。

 でも、それって殺気じゃないんだ。

 おもわず辺りを見回しそうになって、わたしはジプシーに頭をガシッとつかまれた。


「すぐ態度に出すな」

「だって、気になる……」


 ジプシーが無表情のまま、わたしをひと睨みした。

 たちまち、わたしは黙りこむ。


 付き合いが長くなってきて気心が知れてきても、やはりこんなときの、殺気全開のジプシーは怖い。

 ジプシーこそ、殺気をおさえる練習をしたほうが、いいんじゃないの?


 わたしたちの様子がわかったらしく、京一郎が苦笑いを浮かべながら続けた。


「夢乃が家に入って、俺たちが歩きはじめたら、その視線は俺たちについてきている。俺たち三人のうちの誰かが目的だろうな。ほーりゅうが敵の目的だとは思わないが、絶対に違うとも言えないし、用心するに越したことはない」


 丁寧に説明してくれる京一郎へ、今度はジプシーが、声を落として聞いた。


「京一郎、敵の心当たりは?」

「俺? 襲われる心当たりがあり過ぎて、さっぱり見当がつかねぇ。おまえは?」

「同じく」


 まったく、この男どもは!

 頼りにはなるけれど、それ以上に他人を巻きこむことも、ちょっと多過ぎるんじゃない?


 前を見て視線を交えず、歩きながら男ふたりの相談は続く。

 わたしの意見を聞く気はないらしい。

 まあ、わたしに特別な案もないけれどさ。


「敵が殺気のないふたりってのは確かだ。ほーりゅうのマンション前で、俺ら二手に分かれるか。ジプシー、おまえはほーりゅうを部屋まで送れよ。俺はそのまま自分ちへ向かう。もし俺が襲われても、二人くらいなら素手でも大丈夫。捕まえられる」

「拳銃などを持つやからなら、どちらかというと京一郎ではなく俺狙いだろうしな。じゃあ、それで」


 勝手に決めて。

 もし、敵がジプシー狙いだったら、わたしが巻き添えになっちゃうってことじゃないの?




 まもなく着いたわたしのマンション前で、京一郎と別れた。

 予定通り、わたしは二階の部屋へと帰ると、一緒に入ってきたジプシーは、まっすぐベランダへ向かい、外の様子をうかがった。 

 すぐに、京一郎からジプシーの携帯へ連絡がくる。

 言葉を少し交わしたジプシーは、携帯を切ったあとにわたしへ向き直り、考える顔になりながら口を開いた。


「京一郎のほうへは、ついて行かなかったらしい。こちらも今は気配がない。このマンションの前で尾行が消えた。どう考えるべきかな……」

「でも、もう狙われることがないんでしょ? ――なら大丈夫じゃない? しっかり家の中から鍵も掛けるし」


 わたしはそう言いながら、本当は、言い表せない不安を感じていた。


 なんだろう。

 少し前は、眠るときに変な夢をみたりしたけれど。

 今は、その夢の中の変な空気が、この現実の世界へ入りこんできているような、妙な感覚。

 でも、根拠のない心配だから、誰にも言わない。


 それでも、わたしの、そのに気がついたのだろう。

 わたしの表情を見つめていたジプシーが言った。


「――心配なら、今夜は俺がここに泊まるか」

「なんでそうなるかなぁ!」


 心配してくれているのはわかるけれど。

 簡単に男の子を泊められるわけないじゃない!


 我ながら、ひどい仕打ちだと思いながらも、部屋から追い出すように、わたしはジプシーを玄関の外へ押し出した。



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