第23話 ジプシー
だが、俺は成り行き上、ほーりゅうを家まで送り届けることにした。
道中こちらから訊きたいこともあるし、おそらく彼女のほうも、俺になにか用があるに違いない。
じゃないと、ここまで執拗に追ってはこないだろう。
足早に歩く俺のあとをついてきながら、ほーりゅうが先に口火を切ってきた。
「ねえ。あんた、高校生じゃなくて、本当は警察官なの?」
「いや」
否定のひとことだけでは当然納得できないだろうと思い、俺は少し考えて言葉を続けた。
「俺はただの高校生だ。だが、警察の手助けをするだけの力がある。あとは――もうクラスの誰かから、俺のことについて話を聞いているんだろ? 俺は夢乃の親父さんにも世話になっているし……」
そこで、俺は口をつぐんだ。
俺は叔父に連れられて、はじめて夢乃の父親と会ったとき、自分から「生きる理由が欲しいため」に力を利用してくれと願いでた。
そう言わせたその当時の感情を、いまは彼女に伝える必要もないと考える。
この説明でどこまで納得したのかわからない。
だが、ほーりゅうは大きくうなずきながら、深い意味を考える様子もみせずに口を開いた。
「そうそう、クラスで聞いたよ。夢乃のお父さんって警察の人なんだってね。だから、あんたは拳銃を持っていて、他人の家で乱闘したり壁を破壊したりしても、警察が揉み消してくれるってわけなんだ?」
「あの壁を壊したのは俺じゃない。おまえだろ?」
「あ。――そうでございました」
照れたように頭をかいて屈託なく笑った彼女を、俺は横目で流し見る。
そして、言葉を続けた。
「俺は今回、招待された形であの家へ行ったんだ。誰かさんの不法侵入とは違うね。閉じこめられていた扉以外に壊した物はないし、もちろん人も殺していない。今回、警察に迷惑をかけるようなことはなにもしていない」
そこまで口にしたとき、俺たちは、小さな公園の前を通りかかった。
急に歩く方向を変えて、俺は公園のなかへと入っていく。
ちょっと戸惑ったようだが、ほーりゅうも俺のあとをついてきた。
そこは、ブランコと鉄棒しかないような公園だった。
ベンチも見当たらなかったので、俺は指をさして促し、ひとつだけのブランコに彼女を座らせる。
「さて」
俺は、ブランコの柱に寄りかかり、腕を組んで見おろしながら口を開いた。
「ここまで俺を追いかけてきた、おまえの執念には脱帽するよ。訊きたいことには答えられる限り教えてやる。いったい俺に、なんの用があるんだ?」
すると、いままで押しの一手だった彼女が黙りこんだ。
しばらく、ほーりゅうはどう切りだそうか考えているようだ。
やがて、おもむろに自分のうなじへ両手を回すと、首の後ろに見えていたチェーンの留め金をはずした。
そのまま無言で、俺のほうへ、握った手を突きだしてくる。
促されるままに手のひらにそれを受け取った俺は、その瞬間、思わず目を見開いていた。
「――俺と同じロザリオ?」
俺は、服の内側へ落としていた自分のロザリオを引っ張りだすと、両方を近づけて見比べてみた。
暗闇のなかで目を凝らす。
「大きさも重さも形も――材質も、ほぼ同じだな。違うのは、中央の石の色だけか」
俺のロザリオのなかに填まっている石は青色だが、彼女のほうの石は緑色だ。
じっと見つめる俺へ向かって、ほーりゅうは口を開いた。
「じつはさ、あんたが同じロザリオをしているところを、昨日の夜、偶然見かけたのよ。それに、わたしが両親についていかずに日本へ残ったのは、そのロザリオの出どころを知りたかったからなの。あんたのそれ、どこで手に入れたの?」
ロザリオに気を取られていた俺は、うっかり無防備に答えていた。
「――俺のロザリオは、母親から形見で受けとったものだ」
「お母さんから? くれるときに、お母さんはなにか言っていなかった?」
勢いこんで、ほーりゅうは俺に訊いてきたが。
「――普通、形見って亡くなったあとに、もらわないか?」
「あ。そっか! ごめん……」
俺の言葉に、たちまち神妙な面持ちになった彼女は、うつむいて黙りこんだ。
ほーりゅうは謝罪の言葉を口にはしたが、俺はまだ、彼女のことをそれほど知っているわけではない。
悪いことを訊いてしまったと思ったのか、手がかりが途絶えたと落胆したのか。
彼女の落ちこみようは、そのどちらの理由であるのか、いまの俺には判断できなかった。
静かになったほーりゅうを横目に、俺は、幼きころに母親から聞かされた話を、うろ覚えに思いだした。






