第229話 プロローグ 我龍
静寂の中の映像は、そのために色彩が際立った。
透き通る青空に浮かんでいるかのように、ほかの国を見おろす高い位置で、石造りの城がそそり建っていた。
神にもっとも近い一族、ヴェナスカディア。
その一族が集う神殿だ。
神殿の中心となる祭場では、いままさに行われていた儀式が失敗したことを告げるように修羅場と化していた。
円陣が描かれた床が割れて崩れ落ち、四散する祭壇。
儀式用の燭台が倒され、現場で巻き起こっている風はかき消すどころか、さらに炎を広げ大きくする。
なすすべもなく逃げまどう祭列者たち。
中央で儀式を執り行っていた若い司祭長が、どうにかして場を治めようとするも、逆に円陣の亀裂に呑みこまれていった。
その様子を、斜め上空から見つめ続ける映像。
急にその目が、消えたハイ・プリーストから、開かれた神殿の扉近くで集まっている女性たちへと移った。
飲みこまれたハイ・プリーストのもとへ駆け寄ろうとする、十代半ばのひとりの銀髪の少女を、側近らしき女性たちが数人でひきとめている光景。
音はない。
だが、銀髪の少女が手を伸ばし、おそらくハイ・プリーストの名前を叫んだであろう瞬間。
俺は目が覚めた。
「――はっきりとした、彩色豊かな映像でしたね。未来予知夢ですか? それとも過去見ですか?」
ベッドの上で上半身を起こした状態で額に手をあて、丑三つ時をさす時計をぼんやりと見つめていた俺は、急にかけられた声で我に返る。
部屋の扉を開き、すぐそばの壁に寄りかかっていた夏樹が、俺をじっと見ていた。
「勝手に部屋へ入るな」
土足で頭の中へ踏みこまれた気分のためか、怒鳴りたいくらいに気が高揚している。
それを押し殺して、俺は無感情に告げた。
「あなたの夢が、私のほうにも流れてきたので。――リビングで珈琲を淹れますね。あとできてください。――頭の中で考え続けるより他人に説明するつもりで口にだしたほうが、考えがまとまることもあります。それに」
意外にも、今回は俺から事情を聞くまで引きさがらないという気配を漂わせ、夏樹は言葉を続けた。
「それに、いまの映像の中に、私の知っている顔がありました。我龍、今回は私にも聞く権利があると思いますよ」
夏樹がリビングのほうへ立ち去る気配を感じながら、さてと、俺は考えた。
超能力者である俺が無抵抗で、一方的に映像を送りつけられる状態が、彼にとっては奇異に思えたのだろう。
先ほどの様子を見にきてくれた夏樹の、母親が子に向けるような心配のまなざしを思いうかべる。
この世界では、二十六歳の夏樹は未成年とされる俺の保護者的立場だが、俺は、夏樹が心配するほど子どもじゃない。
そんなことを考えているあいだに夢からの時間が経過し、俺は徐々に、いつもの冷静さを取り戻した。
俺が持っている能力は、送りつけるテレパシーと読み取る接触テレパシー、念力、めったに使わない瞬間移動。
夏樹が口にした予知夢や過去見の能力は、俺にはない。
だが、夢の中の映像で、亀裂に飲みこまれたハイ・プリーストの顔は、以前資料で見たことがあった。
あの顔はたしか、十数年前に儀式の途中で術に失敗し、行方不明となった二十歳ほどの年齢の男だったはずだ。
となると、夢で見たあの場面は昔の出来事であり、誰かが俺に送りつけてきた、実際にあった過去の映像テレパシーとなる。
そして今回、その場面の一部始終を見て気がついた、銀髪の少女の存在。
俺が生まれる前の出来事であり、以前にこの話題がでたとき、無関係の事件だと深く調べなかったことを思いだす。
この時間だが緊急のような気がしたため、おそらく一番ヴェナスカディアの一族について詳しいであろう爺に、早急にこの事件の仔細を調べあげるよう、俺はテレパシーで指示をだした。
目覚めた直後は、一方的に映像を送りつけられて不愉快だったが、普段はテレパシーだけとはいえ、自分が相手にやっている行為だと気がつき苦笑する。
送りつけられる側は、慣れないと、かなり感じが悪いものかもしれない。
少し反省しつつ、次に、それでは誰が俺に映像を送ってきたのだろうかと考えた。
映像に音がないこと、神殿での儀式の祭列者、上から見おろす位置、ピンポイントで俺に送ってきたことを考えると、俺と一度でも会ったことのある人物。
そして、この俺に送りつけることのできる力のある者。
これらの情報を合わせると、すべてが符号する人物はただひとり。
この一糸乱れぬ映像の送り主。
力において唯一俺以上だと認めざるを得ないほどの能力者。
おそらく、間違いはないだろう。
「――俺がヴェナスカディアではないと知っているうえで、いったいなにをさせる気だ? あのヴェナスカディア一族の最長老は」






