第222話 ほーりゅう
微笑みを浮かべてわたしを見つめるジプシー。
その瞳は、見ているわたしの胸をぎゅっとつかんでくるような、なにかを伝える色を帯びていた。
「この扉に結界を張る。奴らを足止めして京一郎と夢乃の無事を確認したら、きっと戻ってくるから」
そう告げたジプシーは、我龍の刀でつけた右手の薬指の傷へ歯をあてた。
傷口からふたたび床へ血が落ちるのを確認しながら、ジプシーは扉に手をかける。
そして、わたしが跳ね起きて走り寄る目の前で、扉は閉められた。
おそらく、扉が開かれないように、強力な結界が外から張られたのだろう。
どれだけ力をこめて押しても引いても、扉はびくとも動かなかった。
扉を開けることを諦めたわたしは、扉に背をつけるようにもたれると、改めて部屋の中を見渡した。
どうしよう。
たしかにわたしはいま、キャリスへ手を伸ばせば、つかむことができるはず。
でも、願いを叶えるための物質的条件ってなんだろう?
時間的に考えても、わたしが条件を探しだして、さっさとキャリスに願えばいい。
早く願いが叶えば、その時点で全員が元の世界へ帰ることができるんだもの。
でも、条件がわからないままキャリスを手にして、そのあとに結局条件がわからず、もたもたしているあいだに、なにかの拍子に化け物に襲われて奪われちゃったら……。
元の世界へ戻る方法がなくなっちゃう。
条件が先にわからないと、わたしはキャリスに手を伸ばせない気がする。
それに、そうだよ。
わたしが持っているカディアの石が本当に願いを叶える条件だったとしても、まだ、わたしの手の中で杖の形のままだ。
ロザリオの中の石の状態だったら、ロザリオごとキャリスの中へ入れて試せるけれど、杖の形状のままじゃ入らないや。
それに、わたしは石への戻し方も知らない。
わたしは、杖を自分の足もとに置いて、首にかかったロザリオを服の内側から引っ張りだした。
いつも緑の石がはまっていたところには、いまは色の抜けた透明の石の状態でおさまっている。
――へぇ、そうなんだ。
杖の形状になっているあいだは、石のほうはこんな感じになるんだ。
ってことは、やっぱり杖から元の緑の石の状態に戻らないと、キャリスの中に入れても効果がない気がするよね。
一時間も持たないって話だったから、間もなく杖から石へ戻るはず。
カディアの石の状態に戻るまで、待っちゃおう。
だから、――ジプシーが帰ってくるのも、待っちゃおう。
わたしは、自分の中で勝手に理由を作り、ジプシーと、もしかしたら状況が変わって一緒にくるかもしれない夢乃と京一郎を待つことにした。
キャリスの置かれている台のそばへと近づき、扉が見える位置で、石の床に腰をおろした。
そして、変化が起こればわかるように杖を握りしめて膝を抱える。
ジプシーが戻ってきて、扉を開いてくれると信じている。
わたしをひとりにしないよね。
きっと戻ってくるって約束したんだもの。
本当にジプシーが戻ってきてくれるなら、待っていてもいいよね。
そして、ここで一緒に、キャリスに願うんだ。
扉を見つめたまま、どのくらい時間が経っただろうか。
ふと、周りを包んでいた場の気配が変わった。
そう。
これは……たしか、ジプシーが大きな結界を張るときや解くときに感じられる、空間の歪みの変化だ。
この瞬間、わたしは瞳を閉じて、つとめて深く考えないことにする。
きっとジプシーは、分散している力を集めて闘わないといけない状態なんだ。
自分の意志で、ここの結界を解いたんだ。
――術者であるジプシーが殺られて、術が解けたわけじゃない。
けれど。
キャリスの傍らで、杖を握りしめて、いつまで待っても。
扉を見つめて、どれだけ待っていても。
ジプシーが、その扉を開けることは、二度となかった。






