第22話 ジプシー
ほーりゅうの胸もとに集まった力は――しかし、俺に向かってこなかった。
なぜか俺を避け、周囲の地面や横の壁へと向かって複数放たれた光の玉を、張られた防御結界越しに呆然と眺める。
豪快な爆発音が周囲へと響き渡り、爆風が渦を巻くように吹き荒れた。
間違いなく彼女は、こちらを凝視し、俺を狙っていたはずだ。
だが、防御結界に彼女の攻撃を受けた衝撃は感じられなかった。
この女に、顔を向けている方角ではないところを狙う器用さは、持ち合わせていないように感じられるのだが。
かなりの能力者で、器用にわざと俺を避けたか。
あるいは――俺を狙ったうえでのノーコンか。
いまの一撃だけでは、俺には判断がつかなかった。
半ば唖然としながらも印契をほどくと、簡単な結界は、たちまち消滅する。
砂塵の舞う場にやがて静寂が戻ってきた。
だが、いまの爆発音で間違いなく、術が解けた連中はここへ集まってくるだろう。
さすがに普段は無関心を装っている周囲の民家からも、警察へ通報がいくかもしれない。
そして、当のほーりゅうは、と見れば。
なんと、さっさと破壊された壁の瓦礫を踏みしめながら、俺を振り返って手招きをしていた。
「ほら、これくらい壁が壊れたら脱出できるでしょ? こっちから抜けていったほうが絶対早いって。さあ、逃げるわよ」
あまりの手荒さに言葉がでない俺へ向かって、ほーりゅうは勝ち誇ったように満面の笑みを向けた。
「なによぉ。あんたが役に立てって言ったからじゃない? もっとも、都合よく思った場所へ飛ぶとは自分でも思っていなかったから、結局、辺り一面をまるまる破壊しちゃったんだけれどさ」
頭をかきながら、ほーりゅうは言い訳のように続ける。
まあ、たしかに。
逃げだすとなれば早いに越したことはない。
せっかくあけられた脱出穴を無駄にするのも、もったいない……か。
そう考えなおした俺は、お言葉に甘えることにした。
ほーりゅうのあとから足立真美とともに、無言で壁の残骸を踏み越える。
そして、道路へでたあと、ふと気がついた俺は確認するように、そのまま意気揚々と歩きだそうとしたほーりゅうへ向かって声をかけた。
「おい、転入生! この辺りの地理はわかっているのか?」
くるりと振り向いたほーりゅうは、当然のように口を開く。
「全っ然!」
――だと思った。
こいつ、どこに向かう気だったのだろうか。
「俺が先にいく。おまえはあとからついてこい」
俺は有無を言わせずほーりゅうに告げると、彼女たちがついてこられるだろう速さで走りだした。
息を切らせて追いついたほーりゅうは、俺が自動切符売り場で人数分の電車の切符を買う姿を見て、驚いたように文句をつけた。
「ちょっと? なんで逃走に車とか使わないのよ! 用意が悪いんじゃない?」
「なにを言う贅沢者。高校生が車なんか使えるか。交通機関の熟知で、これほど便利な逃走手段はない」
最初に警察だと名乗った手前、俺は足立真美に聞こえないように、ほーりゅうへ向かってささやく。
「そうかなぁ……?」
納得していなさそうな顔のほーりゅうへ、さらに俺は言葉を続けた。
「連中もまさか、俺たちが電車で帰るとは思っていないだろう?」
「でもさぁ」
まだなにか言いたげなほーりゅうと、こちらはおとなしく従順な足立真美を連れ、俺は改札を通る。
連中にとっても予想外の脱出方法だっただろう。
壁破壊にしても交通手段にしても。
現在のところ、追っ手はかかっていない。
しかも連中は、俺たちをふたり連れだと考えているはずだ。
こうやって実際に人ごみへとまぎれこむと、探すべき人数の変わった中学生を見つけだすことは難しいだろう。
ほーりゅうは、まだなにかぶつぶつと文句を口にしていたが、俺は聞こえないふりをして全部をスルーした。
降りた駅の改札口を抜けると、数人の警官を後ろに待機させた顔見知りの刑事が、俺へ手を振っていた。
「お嬢さんのほうから、だいたいの到着時間の連絡があったので迎えにきましたぁ」
少々頼りない印象があるが、普段から俺と警察を結ぶパイプ役となっている桜井刑事は、にこやかに俺たちを出迎える。
あえて打ち合わせをしていなかったのだが、どこかで俺の様子を見ていたのだろう。相変わらず夢乃は手回しがいい。
桜井刑事へ引き渡す直前に、ふと思いついた俺は足立真美へ向き合うと、小さな声でささやいた。
「警察側は当然了解済みですが、実際に助けにいった俺の存在は、たとえ家族でも他言しないと約束してもらえるでしょうか」
生徒会長によけいな詮索をされたくはないという、それだけのことだったが。
彼女は、ちょっと戸惑ったように首をかしげる。
そして、納得したようにうなずくと、口もとへ小さな笑みを浮かべた。
「わかりました。今後のお仕事に支障がでたら、困りますものね。きっと極秘のお仕事でしょうから。――助けてくれてありがとうございます」
そんな彼女を、覆面パトカーのほうへ促し連れていこうとした桜井刑事だが。
ようやく、そのときになってはじめて、ほーりゅうの存在に気がついたようだ。
「えっと……。きみは?」
訝しげな表情を浮かべた桜井刑事に問われたほーりゅうは、そのとたんに、威張るように胸を張った。
俺が口をはさむ間もなく、きっぱりと返事をする。
「わたしは協力者よ。今回の成功の鍵はわたしなんだから!」
俺は、彼女の後ろで大きなため息をついた。
――この方向音痴女。
このまま、この場に置き去りにしてやろうか。






