第218話 ほーりゅう
ジプシーの頭上から襲いかかる敵の影を見て。
杖を握りしめたわたしは、ジプシーと京一郎へ向かって駆けだそうとした。
とたんに背後で、大気をつんざくような音が響く。
その轟音と同時に、敵が弾き飛ばされた。そのまま大きな弧を描いて崖下へ転落していく。
振り返ったわたしが見た光景は……。
持っていたアーリーマスターで撃ち、その反動で後方へ吹っ飛ばされた夢乃の姿だった。
ジプシーは京一郎の手首をつかんで素早く引っ張りあげたあと、すぐにわたしと夢乃のほうへ駆けてきた。
「俺が悪いわけじゃないんだぜ。この嬢ちゃんが俺で撃ちたいと願ったから撃ったんだ。代償がいるから俺の独断で撃つ撃たないは選べない。――たしかに持ち主が撃つ気になれば、その時点で俺に撃つかどうかの選択権が生じるんだが」
威力が強すぎて支えきれなかったためか、反動で夢乃に放りだされたアーリーマスターが、転がった地面の上で言い訳がましく喋り続ける。
殺気を隠さないジプシーだから、いまは痛烈な彼の怒りが感じられるのだろう。
「――アーリーマスターは、撃たないという選択をすることができたんだよな……」
横たわる夢乃の傍らに膝をついたジプシーが、確認するようにアーリーマスターを睨みつけた。
「だから、その嬢ちゃんは撃ちたかったんだって! ここで撃たなきゃ、嬢ちゃんの心に一生の後悔が残るぜ? 俺は嬢ちゃんのために撃ったんだ。俺はカタギの女と可愛いモノと食べ物は的として撃たない主義だが、俺を扱う人間には、女でも代価を強いることになっちまう。だが、いま撃った相手は息の根をとめる致命傷にはなっていないし、その程度の代価しか嬢ちゃんには求めていないはずだ。嬢ちゃんに、あんたは直接生き物を殺していないって伝えてくれよ。あの敵が死んだのは、ただ崖から落ちたからさ。誤解されたままだと、俺の夢見が悪いからねぇ」
そんなアーリーマスターの様子を冷たく一瞥し、ジプシーは夢乃へ視線を移す。
「――右腕の骨折……右肩の脱臼。背後の岩壁にぶつけたか、左肩に打撲。――頭も打った可能性がある。――動かさないほうがいい」
周囲へ警戒の目を光らせる京一郎のそばで、ジプシーは素早く夢乃の状態を確認する。
精神のバランスを崩していた夢乃は、ジプシーと京一郎を助けるために、アーリーマスターのトリガーを引いたんだ。
「――わたしを置いていって。これ以上、足手まといになりたくないから。――たぶん命を落とした時点で、現実の世界で目を覚ますことができるんでしょう? だって、――これは夢なんだから……」
無言で今後の行動をどうすれば良いかを考えるわたしたちへ向かって、瞳を閉じたまま、顔に血の気のない夢乃がつぶやいた。
それを聞いたわたしは、思いついたことを、そのまま勢いで口にだす。
「そうだよ! これって夢でしょ? 皆で見ているのか、わたしがひとりで見ている夢かわからないけれど。あんがい先に抜けた我龍は、もう現実世界で目が覚めているのかもしれないよ。ひょっとしてわたしが見ている夢なら、わたしと別行動になった時点で夢から覚めたりして!」
だからといって、動かせない夢乃ひとりをこんなところへ残していくわけにはいかないけれど。
でもわたしは、傷ついた夢乃の苦しむ姿を、これ以上見たくない。
すると。
さらなる沈黙が場を包んだ。
考えこんでいた男ふたりの表情が、わたしの言葉のせいなのか、よけいに曇った気がした。
ジプシーと京一郎の様子に、そこまで場にそぐわない楽天過ぎる言葉を言っちゃったんだろうかと、わたしは口を閉じて黙りこみ反省してしまう。
しばらくしてから、京一郎が右手に刀を持ったまま、夢乃のそばへ膝をついた。
ジプシーに向かって提案する。
「夢乃をひとり、置いていくわけにはいかない。だが、先へ進んでキャリスを手に入れなければ、どうしようもない。二手に分かれよう。俺が夢乃とふたりでこの場に残る」
京一郎の言葉を聞き、苦渋の色を浮かべていたジプシーは足もとの地面へ視線を落とす。
それから、いつもの無表情に戻ると、京一郎の言葉で決断したように告げた。
「わかった。ほーりゅうと俺のふたりで先に進む。京一郎と夢乃は、ここで待機だ。――京一郎、その刀の刃をこっちへ向けろ」
続けたジプシーの言葉で、訝しげな表情を浮かべつつも、京一郎は刀を向ける。
その刃に向かって躊躇いもなくジプシーは、浅く右手の薬指の腹を添わせた。
鋭利な刃物によって指は傷つけられ、すぐに鮮血が溢れて滴り落ちる。
わたしも京一郎も予想外のことに目を見張った。
「俺の血を媒体にすれば、最短時間で最強の防御結界陣を描ける。ほーりゅうと俺がキャリスを手に入れるまでのあいだ、ここに強力な結界を張る。俺の式神も偵察型から攻撃型に変更して見張らせる。アーリーマスターも一緒に残れ」
ジプシーはそう続けざまに言うと口をはさむ時間を与えず、夢乃と京一郎を中心とした円陣を素早く地面へ描きはじめた。
そして印契を結び、長い真言を淀みなく唱える。
陣を敷き終わると、ジプシーはつかの間、瞳を閉じたままの夢乃を名残惜しそうに見つめた。
「自ら陣を出なければ敵にも姿が見えず、誰も踏みこめない強力な防御結界だ」
そうつぶやくと、ジプシーは京一郎へうなずく。
ふたり双方の拳を軽く合わせると、ジプシーは陣からでた。
口を挟まず、その様子を見つめていたわたしは、ジプシーのあとに続いて円陣の外にでる。
わたしは歩きながら、新たに決意した。
キャリスのところまで、頑張って辿りつかなきゃ。






