第214話 ほーりゅう
脳天気だと自覚しているわたしだけれど。
お城から出発したときのような陽気なテンションは、さすがに戻らなかった。
それでも、塔のあるお城へと続く、緩やかな登り道のてっぺんへ着くと、その景色に息を呑む。
いい意味でも悪い意味でも声をあげるような、緑の大自然風景。
見渡すと、目の前にくだる一本道が続き、広大な山が連なる手前、そんなに遠くないところに、目指すお城がある。
湖へ辿り着く前にあったような広い森の中心を道が貫き、途中に見える部分は、崖の上も通っているのだろうか。
たしかに道は、あるにはある。
でも、もう何年も、人が行き来することに使われていないケモノ道の感じがする。
それに、こうやって見ると一本道に思えるけれど、ここを辿って、無事にお城まで到達できるのだろうか。
「あの城って、城主がいなくなって数年経つような言い方だったよな。そのあいだに、化け物の棲みかになってんだよな。ってことは、現在は外部と交流のない城だから、やはりこの目の前の道以外、新たな道が作られていないってことになるか」
京一郎の言葉に、じっと道を見据えたジプシーが答える。
「地図上でも、これが最短距離の道だった。遠回りを含めても、ほかのルートは目につかなかった。――地図上に描かれていない抜け道は、ないだろうか……」
そうつぶやくように言って、ジプシーは空を仰ぎ見る。
わたしもつられて、空を見上げた。
空は相変わらずのぴーかん。
わたしの心には、もやがかかっているのに。
――我龍、絶対助けるから、待っていてね。
なんてことを考えていたら、空を眺めていたジプシーが言った。
「やはり、ほかのルートが見当たらない。時間も考えると、この道を進むしかないようだ」
その言葉を聞いて、わたしは気がついた。
なぁんだ。
ジプシーは、空に放っていた偵察用の式神を視ていたんだ。
乙女チックな感傷に浸っていたのは、わたしだけか。似合わないことをしちゃったよ。
誰も、わたしの心の中を知るはずもないけれど。
ちょっと照れたわたしは、心の中の話題を切り替えるために、目の前の道へ視線を戻して言った。
「なんだかやだなあ。この道の先って、最初に化け物と出会った森と同じようなところを通っているよ。また変なのがいるんじゃない?」
わたしの言葉に、ジプシーはなにかを考えながら返してきた。
「――いるね。道に沿って三、四体ずつ、数か所に。――前と違ってばらばらに待ち伏せってことは、最初に十二体で待ち伏せして瞬殺されたことが、連中のあいだで伝わっているのだろうか……」
あっさりと口にしたジプシーの言葉を聞いて、わたしは身体が硬直した。
それって、とってもまずいのでは?
道の先を睨みつけながら、無言で左手をあげて手招いたジプシーに反応して、京一郎がそばに近づいていく。
男ふたりの打ち合わせがはじまるようだ。
「――たしかに、式神を通して塔の中に赤いキャリスが置かれているのが視えるな。おそらく本物だ。ってことは、話自体は嘘じゃない。それに、城の周囲に化け物の姿も確認できる」
式神から送られてくる情報を確認するように、ジプシーは京一郎へ告げた。
「さすがに、城までのこの道全体を結界で覆うには広すぎる。範囲の広さのぶん、力が分散されて弱くなりそうだ。電撃術を先に使って倒れたふりをされても嫌だな。連中は知力がありそうだから、あいだを抜けるときに襲いかかられそうだ。――進む一か所ずつに強力な金縛りの結界を張り、確実に足止めだけはした連中のあいだを、ぶっちぎっていこうか……。朝に皆の首すじにそれぞれ描いた陣で、俺たちへの金縛り術は無効化されるから、それでいけるはず……」
うなずく京一郎へ、ジプシーは言葉を続ける。
「――いや。やはり、全員が通り抜けたあとは時間稼ぎのために、金縛り術をしたうえで意識を奪うくらいの強さで電撃術をそれぞれ施していくか。それを目的地まで繰り返していけば……」
「ちょっと待て。おまえ、繰り返すって、この距離で何回やる気だ? 連続で術発動って、おまえが持たねぇだろう?」
さすがに聞いていた京一郎が、声をあげたけれど。
「やる。体力と集中力の限界ぎりぎりでも、絶対やる」
腕を組んで道を凝視したまま、ジプシーは言い放った。
「プロは一週間以上、ほかの術者相手に呪詛返しの攻防をする例もあるんだ。あの城までの距離と時間くらい、ぶっ通しでやってやる」
目がすわっているジプシーを見て、言いだしたら、なにを言われても自分の決意を変えない意思を感じたらしい。
はいはいと言って、すぐに折れた京一郎はため息をついた。
そして、京一郎はわたしのほうへ振り返る。
「わるい。俺らふたりは、たぶんおまえらの防御に回れない。ほーりゅう、自分の身は自分で護って欲しいんだ」
京一郎の言いたいことはわかった。
表面上、各自で自分の身を護れって言っているけれど、おそらく夢乃もわたしが護らないといけないんだ。
わたしには杖がある。
攻撃はどうかわからないけれど、防御くらいならできるはず。
いや、やらなきゃいけない。
「大丈夫! わたしにまかせてよ」
不安を隠してわたしは、ジプシーと京一郎に、わざとへらっと笑顔を向けた。
京一郎も、手にしていた刀を目の高さへ持ちあげ、しばらく眺める。
そして、我龍のカディアの石が変化したその刀へささやくように、京一郎は口を開いた。
「殺生はなし。足止めのためだけで命をとらず、抵抗や攻撃を受ければ、足を切るってことで。――意思を持っているんだろう? このあいだだけ、俺の相棒になってくれよ」
その様子を、じっとジプシーは見つめる。
視線をあげた京一郎とジプシーが、お互いに目配せをして。
そして、森へと続く道を歩きだした。






