第201話 ほーりゅう
翌朝、わたしはすっきりと目覚めた。
大きく伸びをしながら、これだけ熟睡したのは久しぶりだなぁと考える。
けれど、起きあがって周囲を見渡し、たちまちわたしは、がっくりと肩を落とした。
状況が変わっていない。
わたしは、わけのわからない変な夢の中に入りこんだままだった。
ってことは、ハイ・プリーエスティスと呼ばれる女の人の言う通り、わたしが化け物退治をしながら、キャリスを取りに行かないと戻れないんだ。
それでも、寝る直前までいろいろ悩みながらも、ベッドに入ったとたんに、あっさりと寝入ってしまったわたしって、本当に緊迫感がないなぁ。
とりあえず、心配なことや悩みごとをひとつずつ、解決していくことにしよう。
さすがに夢乃は、環境が変わりすぎて、あまり眠れなかったらしい。
目をこすりながら起きてきた夢乃と一緒に、わたしは昨日まで打ち合わせで使っていた隣の部屋へ向かうために、廊下へでた。
昨日の夜は、たとえ隣りでも知らない場所は危ないからと、部屋のチェックを兼ねて、京一郎が送ってくれた。
今日は、朝から空は晴れ渡り、たくさんの窓からまぶしい陽が射しこんでいて、廊下は光であふれていた。
明るいというだけで、異国の楽しさを感じる。
月明かりだけで満たされて、ちょっとばかり感じていた、昨夜のおどろおどろしい雰囲気がない。
窓の外を眺めると、はるか彼方に、昨日は暗くて見えなかった山が連なる。
そして、山の中腹に、この国を仕切るような高い城壁のようなものが横に繋がって見えた。
ふもとには、このお城とは違った小さな家屋が建ち並んでいるらしい街の様子もうかがえる。
昨晩は、大きな丸い月だけを映していた湖だったけれど、今日は空の色と同じように、自ら青く澄んでいた。
これで、わけのわからない、キャリスを取りにいくという目的さえなければなぁ。
部屋の扉をノックしようとして、手を振りあげたところでわたしは止まる。
そういえば石の扉だと思いなおし、扉の向こうへ声をかけてから、わたしは夢乃と引っ張り開けた。
すでに集まっていた男性陣三人の様子を確認して、わたしと夢乃は入口で朝の挨拶を交わす。
それからわたしはひとり、ジプシーに向かって黙って手招きをした。
部屋の中へ入っていった夢乃とすれ違うように、無表情で不機嫌そうな気配が漂うジプシーを、扉の外へ呼ぶ。
昨日の今日で、視線を合わせ辛いところだけれど。
扉の陰で、わたしは、一生懸命ジプシーの目を見つめるようにしながら口を開いた。
「いつもの冷静沈着で計算高く、腹黒いあんたはどうしたのよ」
機嫌の悪そうなオーラをだしていたジプシーが、わたしの言葉で、さらにむっとするのがわかった。
だから、わたしは慌てて言葉を続ける。
「我龍は我龍、あんたはあんたなんだから。頑張ってよ。皆がそろって無事に帰れるように。その……わたしはジプシーに、期待しているんだから」
わたしが自分の感情で、いつまでもジプシーに腹をたてていても事態が好転するわけじゃない。
ここはひとつ、わたしが譲歩して和解するべきだと考えたのだ。
わたしって大人だなぁ。
なんて思いつつ、短いながらも真面目に口にしたわたしの言葉の中の、真剣な気持ちが伝わったのだろうか。
わたしの顔を見つめて聞いていたジプシーが、不意に目を伏せて溜息をついた。
「――わかった。たしかに、俺は俺なりのやり方で進むしかないだろうな」
そして、ジプシーはわたしの頭に片手を置き、引き寄せるようにして瞳をのぞきこんできた。
「奴と争うわけじゃないが、俺がおまえを護ってやる」
――この男は、照れることを正面から真顔で口にする。
ウインク付きの笑顔で、同じような台詞を言う我龍とは別の意味で、困った男だ。
わたしは赤くなりながらも、昨日からのわだかまりもとけたこともあり、照れたような笑顔をジプシーへ返した。
「わたしだけじゃなくて、皆を護ってよ。頼りにしているんだからさ」
「任せろ」
そう言ったジプシーの瞳の中に、いつもの不敵な光が戻ったように感じた。
これで京一郎の言う通り、ジプシーの調子も戻ればいいけれど。
「朝食の準備が整いました。こちらへご用意させていただいて、よろしいでしょうか」
部屋の中へ戻って待っていると、ほどなくお世話係のラ・ビアさんがそう言いながら、数人の女性と一緒に入ってきた。
石のテーブルの上に、お皿と料理を並べはじめる。
そんなラ・ビアさんに、ジプシーが声をかけた。
「この辺り一帯の地図が欲しい。食事のあと出発までに、あの塔がある城までの道や土地の様子、でるといわれている化け物の情報なども欲しいな。あと、ここには俺たちの扱えるような武器ってあるのだろうか? さすがに素手で化け物退治はきつい」
「わかりました。すぐにハイ・プリーエスティスへ、お伝えいたします」
淡々と告げられたラ・ビアさんは、うなずきながら返事をする。
そのジプシーの言葉を聞いて思いついたのか、京一郎が近くにいた我龍に向かって耳打ちするように声をかけた。
「なあ、根本的な話になるんだが。この国っていうか、この世界に、化け物っているものなのかねぇ?」
「いるよ。京一郎が、頭の中で思い描いているような化け物」
考える間もなく、視線を合わせず外して前を向いたまま、我龍は京一郎に答えた。
「遺伝子的に代々生まれついての異形の種や、人の意が加わって変化したりして、人の能力以上の力を秘めているモノなども、まとめて化け物と呼ぶならば。例外なく、どこの世界にでもいるものだよ。ただ、出没する頻度や人目に触れる機会の多さからくる、周囲への被害の出し方が問題になるんだろうね。――それにさ。考え方によっては、能力者の俺も人の形をした化け物だから」
さらっと、そう告げた我龍は、京一郎が言葉を返す前に、その場を離れた。
ふたりの話をなんとなく聞いていたわたしは、二の句が継げなかった京一郎のそばへ寄る。
そして、食事の用意が続くテーブルの上を見つめながら、話題を変えるように、小声で京一郎に聞いた。
「ねぇ、今日の朝まで、なにも問題は起こらなかった? その、ふたりが喧嘩するとかさ」
一晩、犬猿の仲のふたりが同じ部屋で泊まったのだから、なにかなかったか、やっぱり気になっていたんだけれど。
わたしの質問へ、大きな溜息とともに小さな声で、気を取り直した京一郎は答えてくれた。
「あったあった。ありましたよ、ほーりゅうさん。俺はまさか、この歳でこんなところで、ガキっぽい枕投げを体験するとは思わなかった。俺が全部の枕を取りあげるまで、すげぇ勢いで枕が部屋中飛び交ったさ。そうそう、我龍はフェアに手で投げていたよ」
――殴り合いの喧嘩よりはましだけれど、いったいあのふたり、なにをやっているんだか。
呆れて聞いているわたしに、京一郎は肩をすくめて続けた。
「それと、精神感応者の我龍の近くで寝ると、夢がその場にいる皆へ相互に流れることがあるんだとさ。だから、その後はまるで、この線から自分の陣地へはみ出るな状態で、ジプシーがベッドごとに結界を張って仕切るし。だが、そんなことをされると、よけいにちょっかいを出す我龍だし。おかげで俺ら全員、寝たのが真夜中を過ぎていて、ちょっと寝不足気味」
なんだか聞いていると、修学旅行みたいで楽しそうだなぁ。
――この状況で、そんな風に思っちゃったら、不謹慎なのかな?






