第2話 プロローグ 後編
男の子の姿を見つけたわたしは、片側へ寄せていたカーテンへジリジリとにじり寄る。身体を隠しながら、そっと興味本位で彼を観察した。
身長は、それほど高くない。
わたしより年下なのだろうか。
見た目の印象は、真面目そうな中学生って感じだ。
手ぶらだから、塾帰りってわけでもなさそう。
遠目に見る限り、顔はけっこう整っている。
闇夜に溶ける黒髪は短くはないが、そんなに長くもない。
白っぽい上着に濃い色のジーンズ……。
でも、もっと細かく観察するには、街灯の頼りない明かりだけじゃ足りない。
見つめながらそこまで考えていたとき、街灯の下で、おもむろに彼が上着を脱いだ。そして裏返すと、黒っぽい色を表に向けて袖を通しなおす。
夜だから安全のために、いままで上着を明るめの目立つ色にしていたに違いない。
なのに、なぜわざわざ見えにくい色へと変えたのだろう……?
納得がいかないわたしは、ぼんやりと彼の行動を眺め続ける。
けれど、それだけだった。
特別、印象に残る顔でもなんでもないから、やがてわたしは我に返る。
わたしってば、なにやってんだろう?
いつまでも、知り合いでもないただの通行人を見つめていても仕方がないよね。
そう考えたわたしは、窓際から離れようとした、――その一瞬。
上着を着なおした彼の首にかけている鎖とペンダントトップが、揺れた。
街灯の明かりを反射して、鈍く光を放つ。
そのペンダントトップに、わたしの目は釘づけになっていた。
そして、驚きのあまり、無意識に肌身離さずかけている自分のペンダントトップを握りしめる。
わたしが呆然と眺めているあいだに、こちらに気づいた様子もない彼は、また足音をたてずに暗がりのなかへと、姿を消した。
――一瞬だったけれど。
彼がかけているものは、間違いなく自分と同じペンダントトップに見えたのだ。
その場から、わたしはしばらく動けなかった。
言葉が通じないからという理由だけで、両親とともに海外へ行かなかったわけじゃない。
このわたしのペンダントは――中央に緑の石がはめこまれた十字架のロザリオは、物心がついたときには、すでにわたしの首にかかっていた。
わたしの危険なときには、何度も常識では考えられない力で助けてくれたのだ。
そして、ロザリオを見つめるたびに、この日本から離れてはいけないという声が、どこからか聞こえているような気がしていて……。
両親に聞いてもあいまいだったロザリオの出どころと理由、それがわかるまで、わたしは日本にひとりで残ってでも調べてみようと思っていた。
その矢先の偶然だ。
この街に着いたとたんに見つけた糸口に、今夜は眠れそうもないくらい、わたしは期待を膨らませた。
とはいっても、手掛かりは、一瞬だけ目にした彼の姿だけだ。
離れていたし暗かったうえに、とくに特徴がある顔立ちだったわけじゃない。
せいぜい、手ぶらで徒歩だった彼が、このあたりが校区となる中学校の生徒だろうと見当をつけるくらいだ。
眠れないと感じた興奮を利用して真夜中まで引越しのダンボールをあけながら、わたしはどうやって、この街で彼を探しだそうかと考え続ける。
けれど、まったく思いつかないまま、わたしは次の日の朝を迎えてしまった。