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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第六章】異世界編 『ダブル・キャリス』
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第191話 ほーりゅう

 キャリスの立体映像が置かれていた部屋から、この部屋へ移動してきても、誰も言葉を発しない。

 丸い、磨き抜かれた石のテーブルの周りに用意された人数分の椅子に、全員が無言で腰をおろしていた。


 まったく予想をしていなかった我龍の登場に、ただわたしたちは困惑するしかなかった。

 我龍の様子をうかがうように、困った表情で黙りこんでいる京一郎と夢乃。

 椅子の座っているところに片足を乗せて膝を引き寄せ、ゆっくり丹念に部屋の中を見渡している我龍。

 そして、逆恨みと頭では理解しているとはいえ、十年ものあいだ憎み続けていた男が突然現れ、目の前の椅子に腰をかけてくつろいでいる状況において、自分の感情をどうしたらよいのか持て余している雰囲気のジプシー。


 わたしは、この重苦しい空気に、なにか言わなきゃと思うけれど。

 でも、なにを言えばいいの? と必死で考えていたら。

 この場の異様な静寂を、あっさりと我龍が破った。


「こんなところで会うなんて奇遇だね。なんだかいきなり、着のみ着のままで呼びつけられた感じがするんだけれど。危なかったなあ。俺、夏樹のように素っ裸で寝る習慣がなくて助かったよ」


 冗談のような言葉でうろたえるわたしと夢乃を、笑顔で等分にみたあと、我龍は言葉を続けた。


「そうだ。俺ってイベントごとを、よく知らなかったんだけれどさ。二月十四日にチョコレートをもらったら、三月十四日にお返しをしないといけないんだって? ツバサから聞いたんだ」


 突然この場にそぐわない話題を持ちだした我龍に、全員が怪訝な表情で注目した。

 元々から持っている我龍に対しての強い敵意のせいか、なんだかいまにも言葉が爆発しそうなジプシーの様子を横目に、わたしはハラハラしながら我龍へ向かって口を開く。


「我龍、それっていま、関係のない話じゃない? ほら。いまは、この異世界からどうやって帰るかって話をしようよ。そりゃま、さっき話を聞いた段階では、化け物退治をしながらキャリスを手に入れるって道しか、ないみたいだけれど」

「いや、関係ありなんだ」


 突き刺さる皆の視線を気にした様子もなく、我龍は座ったまま首をかたむけ、わたしの目をのぞきこむようにして言った。


「俺は、その日に紫織へあげられるものって、なにもないんだけれどさ。こういう状況になっちゃったし。元の世界へ無事に戻れるまで、俺がボディガードよろしく紫織を護り抜くなんて、どうかな?」


 そう告げると微笑み、わたしに向かって綺麗なウインクをする。

 とたんに、わたしは自分の顔が赤くなったのがわかった。


 自分好みの格好良い男の子に、バレンタインデーのお返しで、ウインクつきで「護り抜く」だなんて言われちゃったら……。


 でも、すぐにわたしは蒼ざめた。

 ジプシーの目の前でわたしが顔を赤らめるなんていう場面は、非常にまずいのでは?


 我龍にもバレンタインデーのチョコレートをあげたということは、ジプシーも知っている。

 でも、我龍が初めからわたしを、下の名前で呼び捨てにしているということは言いにくくて、まだジプシーには話していなかったのだ。

 そして、いま――ジプシーはそのことに気がついたみたいだ。


 すると、明らかに気色ばんだジプシーの先手を打つように、急に我龍がジプシーのほうへと振り向いた。

 わたしに向けていた笑顔を、そのままジプシーにも向けて、我龍は言葉を発する。


「俺はいま、貴様とやりあう気はない。だが、そちらさんはやる気なのかな? 売られた喧嘩は、貴様のプライドのために全力で相手をしてやろう」


 そして、その笑顔が微妙に、挑発の表情へと変化する。


「それとも、手加減してやろうか? どのくらい手を抜けば、俺は貴様と長く遊んでいられるかな」


 蹴り飛ばすように椅子から立ちあがったジプシーの前へ、一瞬早く先に立ちあがっていた京一郎が立ちふさがり、ジプシーの肩を抱きかかえて押さえた。


 この場の雰囲気、我龍とジプシーの関係。

 以前、ジプシーの従兄弟のトラから聞いた話の感じと似ていて、とっても不穏な気配。


「なんだ。これくらいの挑発で頭に血がのぼるところは、十年前と全然変わっていないな。進歩のない奴」


 我龍の言葉を最後まで聞かずに、無表情のままジプシーは京一郎を押しのける。

 部屋の扉のほうへ足早に向かうと、石の扉を力任せに押し開けて、でていってしまった。


 わたしは思わず立ちあがり、ジプシーのあとを追いかける。

 いま、ジプシーを連れ戻さないと、なぜだか取り返しのつかないことになりそうな気がしたから。


 急いだせいで、我龍が護ってくれるといってくれた件に対する返事はしていない。

 けれど、この見知らぬ世界で、ジプシーをひとりにさせるわけにはいかないってことのほうが先決に思えたから。


 いろいろなことを頭の中でぐるぐると考えながら、わたしは開きっぱなしになっていた扉を抜け、ジプシーの姿を探して廊下へ飛びだした。



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