第19話 暴力団組長
ちょうど監視カメラの映像を管理している部屋の前へと到着し、まさに扉を開けようとしたところだった。
突然、内側から扉が勢いよく開かれる。
中から慌てて飛びだしてきた部下のひとりとぶつかりそうになった俺は、思わず怒鳴りつけた。
「客人の前でなんだ! 騒々しい!」
「すみません! 失礼しました!」
頭を大きくさげた部下は、すぐに続けて報告してくる。
「いまそちらへうかがおうと思っていたのです。例の中学生がふたりとも逃げだしまして!」
俺は、おおげさに顔をしかめた。
「なに? ちゃんと鍵をかけていなかったのか?」
「それが――あとから捕まえた男のほうが、どうやら銃を持っておりまして」
「なんだと? 最近の中学生は……。こんな事態を予測してモデルガンでも持ってきていたのか。――それとも、見張りの誰かが拳銃を奪われでもしたのか?」
やっかいごとが増えたとばかりに、俺は怒鳴り続ける。
なんてことだ。
失態を見られたばかりか、女を逃がしてしまったとなれば、せっかくの客人の機嫌を損ねてしまうじゃないか!
すると。
さらに言葉を重ねようとした俺の目の前へ、話をさえぎるかのように、素早く杖が振りあげられた。
驚いた俺と部下の注意が、杖を振りあげた老人のほうへと向く。
皆の視線を集めたことを確認した老人は、杖を静かにおろした。
そして、俺にではなく部下の男のほうに向かって、笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと穏やかに言葉をかける。
「あとから捕まえた男というのは、どんな中学生かな?」
「え? あ、はい。でも顔がはっきりとは……。監視カメラで確認した限りでは、こちらの誰かから奪ったものではなく持参した銃のようでして。扉の鍵を壊されたので、見せかけのモデルガンではなく本物か、あるいは改造したエアガンではないかと思います。あと、わかる特徴といえば……。首から十字架のネックレスを提げていました」
かなり昔から俺に仕えていた部下は、老人の身体から発する威圧感に呑まれたように震える声で、だが丁寧に返事をする。
そして、報告を聞き終わった老人の顔色が一瞬で変化した。
その表情のひとつは確信。
さらに、そこに混ざっている感情は――驚愕か恐怖か。
実際は一分も経っていないのだろうが、老人のその異様な気配に、俺は、かなりの長い時間を感じた。
やがて、老人はゆっくりと俺へ顔を向けると、先ほどまで浮かべていた笑みとは比べものにならないほどの満面の笑顔となって、厳かに、そしてきっぱりと告げた。
「これからの取引――いや、これまでのお付き合いも、すべて白紙とさせていただこうかの」
「なんだと?」
突然の老人の言葉に、俺は慌てた。
「ど、どういうことですか? いったい、なにが理由で」
老人は、あとからついてきていたボディガードの男たちに、素早く帰りの車の指示をだして、杖を持ち直す。
そして、俺へ向かって言葉を続けた。
「わしは素人と付き合うほど、まだまだこの世界では困ってはいないということなのだよ。ジプシーの噂もご存じないとはなぁ」
「ジプシーだと……?」
老人は、少し憐れむような表情をみせたあと、まるで置き土産とでもいわんばかりにつぶやいた。
「まあ、きみも自分がどんな相手に引導を渡されるのかくらいは、知っておいたほうがよいかの。わし自身も、この場に遭遇するまで都市伝説かと思っておったくらいだからな」
そして老人は、その場にいる全員へ語って聞かせるように言葉を続けた。
見た目は幼く、実際の年齢もわからない。
証拠がなく、警察が公然と動けないときや最後の決め手を欲しがっているとき、法律を無視して暗躍する警察の協力者がいるという。
密かにジプシーと呼ばれているその男の目印は、左右逆に造られた357マグナムと、そして、いつも身につけているというロザリオだと言われている……。
くわばら、くわばらとつぶやきながら廊下を歩み去っていく後ろ姿を、俺は引き止めるすべもなく、恨めしげに見送った。
「それは、そういう奴がここに現れたことで、この俺の組が時間の問題だという意味だというのか? 警察に目をつけられているという証拠だというのか……?」
老人の姿がすっかり見えなくなったとき、ようやく俺は、この場の成り行きを不安そうに眺めている数人の部下の視線に気がついた。
このままで終わってたまるか。
あのジジイにも、そしてそのガキにも。
馬鹿にされたままで終わってたまるものか!
俺は、その場にいた部下全員をぐるりと睨みつける。
そして、屋敷に響き渡るような大声で怒鳴りつけた。
「ガキを逃がすな! 必ず捕まえろ! この屋敷は正面の門以外は高い壁で囲まれているんだ。ほかに逃げ道はない! 絶対に仕留めろ! 生きていようと死んでいようと構わない。捕まえた者には金をだすぞ!」






