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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第182話 ほーりゅう

 気を取り直したわたしは、暗くなった二月の街へでるために、夢乃とコートを着こむ。

 そして、まず京一郎の家に向かうことにした。


 わたしって京一郎の家に行くの、初めてだなぁ。


 じつはバレンタインデーの今日、不思議なことに京一郎は突然、学校での六時間目が終わる直前に立ちあがった。

 そして、教師に「頭痛で早退」とひとこと告げると、さっさと教室を出ていってしまった。

 隣の席の夢乃も変な顔をしている。

 早退する理由については夢乃も、なにも聞いていなかったんだ。


 窓際のわたしは、まだほかの生徒の姿がない校門をひとり抜ける京一郎の姿を、不思議に思って見下ろした。


 そんなことがあったので、夢乃が歩きながら京一郎の携帯に電話をかけるのを、ドキドキして待つ。

 電話にでた京一郎と少しやり取りをして切った夢乃は、わたしに笑顔を向けた。


「家の門の前まで京一郎がでてくるって。機嫌は良さそうよ」


 そして、走る車のライトと通りに面したお店の電気で明るいバス通りを、夢乃とふたりで歩いていった。




 少し細い住宅街への道に入ると、とたんに街灯の明りが道を照らすだけになった。

 この辺りの住宅は、どの家も一軒ごとの敷地が大きい。

 壁が高く、どこまでも中が見えないように囲っている。


 ――あれ?

 なんだかこの雰囲気、ちょっと懐かしい気もするけれど。

 はて、どこで味わったのだろう?


 そして、ある曲がり角で夢乃が立ち止まった。

 わたしも同じように立ち止まり、その先に見える家の門を見つめる。

 城之内と書かれた表札以外は、背丈以上ある門もぴったりと閉まり、中がまったくうかがえない。


 あれが、京一郎の家なんだ。


 ほどなく、その大きな門が開いて、京一郎が姿を現した。

 京一郎がこちらへ歩いてくる姿の向こう側に、その開いた門から庭園と呼べるような広い庭が少しだけ見えた。

 池があり、その上に渡る橋。石灯籠。


 そこでようやく気がついた。


 わたしがこの街へきて、初めてジプシーの仕事に乱入したときだ。

 あのときに忍びこんだ暴力団の組長の家があった住宅街の雰囲気が、ここにはあるんだ。


 わたしは改めて、京一郎の家が極道所縁の家だと実感した。


「わざわざ悪いね。持ってきてもらっちゃってさ」


 京一郎はそう言って、わたしと夢乃からの包みを受け取る。

 その、いつもと変わりのない京一郎の態度に安心して、わたしは思わず訊いてしまった。


「京一郎ってば、なんで今日は中途半端な帰りかたをしたの?」


 わたしの疑問に、京一郎は笑って答えた。


「ああ。俺にとってバレンタインデーは決して楽しいものじゃねぇのよ。親のせいか、いままで受け取るものはたいてい気分の良くないものでね。あるいは、俺が族に入っているせいか、傾向として手に負えないほどの気持ちストレートな女からとか。だから、この日は毎年逃げ回っているんだ」


 笑顔でそう屈託なく告げた京一郎の後ろに、ひとりの女性の姿が現れた。

 わたしの視線に気がついて京一郎が振り返る。

 そして舌打ちをした。


 いくつくらいの年齢だろうか。

 大人の雰囲気のとても綺麗な女の人。

 腰まであるウエーブのかかった長い髪。響くハイヒールの音。

 薄化粧だけれど、そこだけは目をひくはっきりとした口紅。


 華やかな香水の香りを漂わせて、わたしたちのそばまで近よってきたその女の人に向かって京一郎は言った。


「なんで姉貴まで、ついてくるんだよ」

「こういう機会じゃないと、あんたの友だちに会えないでしょう? あなたがほーりゅうちゃん? 噂では聞いているのよ。はじめまして、姉の今日子きょうこです。これからもこいつと仲良くしてやってね」


 唖然と見つめているわたしに向かって、京一郎の肩に手を置いたお姉さんは微笑んだ。

 その意外と親しみやすそうな笑顔につられ、思わずわたしは口にした。


「聞いていた通り、京一郎のお姉さんって美人ですねぇ!」


 そのわたしの言葉で、お姉さんは驚いたように目を見張った。


「なぁに? 聞いていた通りって、こいつ、そんなことを外で言っているの?」

「言うわけねぇだろ!」


 慌てて京一郎が、わたしとお姉さんの話に割りこんだ。


 赤面した京一郎のこの動揺の仕方は、初めて見た気がする。

 実のお姉さんには弱いんだなぁ。


 わたしはすぐに、助け船をだした。


「京一郎から聞いたんじゃなくて。ジプシーが前にそう言っていたから」

「ああ。彼もいい男よね。育てがいがありそう」


 薄く妖艶に笑ったお姉さんの顔を、わたしは見つめた。

 そして、なんとなく考える。


 このくらいの大人の余裕がないと、ジプシーの相手はきっとつとまらないだろうなぁ。


「いまから島本さんのところへいくんだろう?」


 京一郎が素早く話題を変えた。

 うなずいた夢乃とわたしを見て、京一郎は続ける。


「暗いから、俺もついていってやるよ」

「野暮な男ねぇ」


 お姉さんの言葉に、むっとした表情で見返す京一郎へ、わたしと夢乃は口をそろえて言った。


「ジプシーにも言ってきたし、ふたりで行動するから大丈夫よ」

「あ、言ったうえで奴はついてきていないんだ」


 そして、ちょっと考えこんだ京一郎は、笑顔で手をあげた。


「まあ、奴が納得しているなら大丈夫か。気をつけていってこいよ」



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