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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第181話 ほーりゅう

 夢乃のチョコレートケーキが焼きあがる。

 オーブンから取りだすと、キッチン中に美味しそうな甘い香りが広がった。


 先に作っていた胡桃がたっぷりのチョコブラウニーも冷め、四角く切り分けたブラウニーをひとつずつ手際良く、そしておしゃれに丁寧に、夢乃はラッピングしていく。


 夢乃が島本さんへ渡すバレンタインデーに、わざわざ不器用なわたしが手をだすこともないしと、切り落としたブラウニーの端を味見がてら食べつつ、その様子を眺めていたけれど。


 そうだ。

 この待っているあいだに、ジプシーにだけでも、わたしのトリュフチョコを先に持っていって渡してきたらいいじゃない?


「夢乃は、外出から帰ってきてから夕食後に、パパさんやジプシーとチョコケーキを切り分けて食べるんだよね? なら、いまのあいだにわたしのチョコをジプシーに渡してくるよ。夢乃の用意ができたら呼んでね」


 そして、夢乃がうなずいたのを確認して、わたしはリボンで飾った箱をひとつ、手に持った。


 階段をあがり、ジプシーの部屋のドアをノックする。

 返事を待たずにドアを開けて、中をのぞいた。


「あれ? 今日ってなにか宿題ってあったっけ?」


 わたしは、机へ向かっているジプシーの背中に声をかけた。


「――おまえなあ。試験前と宿題以外、家で勉強をしたことがない言い方だな」


 ジプシーは、呆れたような声で振り返る。

 本当に試験前と宿題以外に勉強をしたことがないわたしは、照れ笑いを浮かべながら部屋へ入っていった。


「これ、バレンタインのチョコなんだけれど」


 椅子に座ったまま、わたしが目の前へ差しだした箱を一瞥すると、ジプシーは言った。


「これって、おまえが作ったの? 監修は夢乃?」

「そうだよ。なんで?」


 首をかしげたわたしに、ジプシーは左手をだして受け取りながら続けた。


「それじゃ、味は保障済みだな」

「ちょっと! それ、どういう意味よ!」


 睨んだわたしの視線を、いつもの無表情で受け流す。

 受け取った箱を、ジプシーは机の上へ静かに置いた。

 そして、なにげないような感じで言った。


「いまから京一郎と、奴のところにも持っていくんだって?」


 急にその話を持ちだされて、構えていなかったわたしは、ちょっとうろたえた。


「あ、京一郎から聞いたんだ? うん。ほら、我龍には何度か助けてもらったことがあるし。そのお返しだよ。義理というか、お礼というか。ほかの意味は全然ないから!」


 誰からみても、いまのわたし、焦っているのがわかるだろうか?


 わたしの表情の変化を読み取るように見つめてくるジプシーから、思わず視線をそらせた。


「――もう外は暗いから、俺もついていこうか?」


 突然、つぶやくような小さい声で、ジプシーが言った。

 予想外の言葉にわたしは驚いて、ジプシーへ視線を戻すと、両手を目の前で大きく振った。


「いいよ。京一郎のところも島本さんのところにも、夢乃とふたりでいくし。夢乃とずっと一緒だから大丈夫だって。それに、ほらやっぱり、ほかの人へ渡すのに、どんな意味のチョコでも、男の人についていってもらうのって、おかしくない? ウチの学校へ乗りこんできた麗香さんのときも思ったんだけれどさ」


 わたしがそうジプシーに告げたとき、一階からわたしを呼ぶ夢乃の声が聞こえた。


「それじゃ、これ以上遅くなったら困るから、もういってくるね」


 わたしは、おかしく思われない程度に、足早にドアのほうへと向かった。


 危ない危ない。

 我龍を嫌っているジプシーに、ついてきてもらうわけにはいかないって。

 ジプシーと我龍のふたりが鉢合わせしたら、下手をすると命を落としかねない修羅場が待っている。

 そのあいだに挟まれちゃったら、わたしはどうすればいいのよ?


 そんなことを考えつつ、部屋のドアノブに手をかけたとき。

 不意にわたしは、後ろからジプシーに呼ばれた。


 振り返るのと同時に、いつの間にかそばまで寄ってきていたジプシーに、少し二の腕をひかれて。

 驚いて見上げたわたしの唇へ、ジプシーは軽く触れるような口づけをした。


 一瞬のことで、眼を見開いたまま動けなくなったわたし。

 そんなわたしへ向かって、ジプシーはちょっと笑みを浮かべた。


「ありがとう。チョコをくれたお礼。――気をつけていってこい」


 呆然としているわたしの身体の向きをクルッと変え、ジプシーは部屋のドアを開けると、わたしの背中を押して廊下へとだす。

 そして、わたしが言葉を口にする前に、ジプシーからドアを閉められてしまった。




 夢遊病のように、足が勝手に階段をおりるのに任せて、わたしはぼんやりと関係のないことを考えた。


 そうだ。

 街中で我龍を見かける前に考えていたじゃない?

 喜怒哀楽で、ジプシーの喜ぶところだけ、まだ見たことがないなぁって。


 わたしが渡したチョコに、ジプシーは喜んでくれたんだよ。

 その喜びの表現が、いまのキスなんだ。


 そう思いながら、階段の下までたどり着いたけれど。

 わたしは思わずしゃがみこんで頭を抱えた。


 でも!

 なんだか思っていたのと、喜ぶ表現方法が違う気がする!

 前にされたときとは意味合いが違うけれど、一度ならず二度までもキスされちゃった!


「――なにをしているの? ほーりゅう、変よ?」


 夢乃が、おそるおそる声をかけてくるまで、わたしは階段の下で頭を抱えたまま悶えていた。



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