第18話 ジプシー
「運の悪いガキだなぁ。よりにもよって、彼女を知りませんかって声をかけた相手が俺たち組員なんだからな」
「いや、運がいいんだ。彼女に会えるんだからな。命と引き換えにだがなぁ」
「付き合っていたのなら、いろいろと積もる話もあるだろう? 残り少ない貴重な時間だ。有効に使えよ」
そう口々に言いながら、俺を力任せに部屋のなかへと突き飛ばした男たちは、薄ら笑いを浮かべて鍵をかけた。
大げさに転がった俺は、倒れこんだまま振り返り、思いっきりわざとらしく叫ぶ。
「なんだよ、ここは! 冗談だろ? ここから出せよ!」
当然、声は聞いてもらえず男たちの足音は遠ざかり、すぐに地上へと続く階段があるほうへ消えていった。
そのときを見計らって、俺はおもむろに辺りを見渡す。
いまはなにも置かれていないが、普通なら物置として使われそうな部屋だった。
扉を含めて、どこにも窓がない四畳半ほどの広さの地下室。
ときおり点滅する消えかけの薄暗い裸電球。
埃っぽい部屋の片隅の高い位置に、ひとつだけ設置された監視カメラ。
そして。
この地下室の片隅で、膝を抱えてうつむき座っている少女の姿。
なかなか見つからなかったわけだ。
俺の使役する式神は鳥タイプであるため、上空から探していた。
地下に潜られては短期間で探しだすことが厳しくなる。
彼女は、このあたりではお嬢さま学校と呼ばれている、俺の高校から駅ひとつぶん離れた地域にある私立女子中学の制服姿だった。
わずかな光を受けて輝くウェーブの髪が、座りこんだ彼女の身体をおおうように、腰のあたりまでゆるやかに伸びている。
その髪が、かすかに揺れた。
彼女が、少し顔を起こして俺を見たようだ。
俺が黙って視線を向けていると、やがて弱々しい声が聞こえた。
「あなた……。誰? ――わたし、あなたなんか知らないわ……」
俺は立ちあがりながら、ジーンズについた埃を払う。
それから彼女のほうへ、ゆっくりとした足取りで近づいた。
かたわらに片膝をついて身をかがめる。
ここにいる連中は読唇術などできないだろう。
だが、気をつけるに越したことはないと考えた俺は、監視カメラからは口もとが見えない角度で彼女の耳朶に唇を寄せると、そっとささやいた。
「でしょうね。あなたとは初対面です」
監視カメラにはどう映っているのだろうか。
再会できた恋人同士なら、抱擁するという流れが普通かもしれない。
だが、見ていても先ほどの連中だけだろう。
再会シーンを期待している連中に乗るほど、俺はサービス精神旺盛ではない。
いま、目の前にいる彼女は、写真で確認済みの少女だった。
そして俺を見つめる彼女の瞳から、やつれてはいるが、その清純さがまだ失われていないことが見てとれた。
俺は、ほっと息をつく。
自然と俺の口もとに、かすかに本物の笑みが浮かんだ。
間に合った。
話を聞いてから急いだ甲斐がある。
依頼主は彼女の母親であり、娘の純潔を守るため、アンフェアに持ちこまれた話でもあったからだ。
まだ状況を把握していない表情の彼女に、監視カメラからは口もとが見えない角度を保ちつつ、俺は小さな声で続けた。
「見た目が中学生だと身体検査もなにもないんだな。こっちは、一応警戒しながら捕まってやったのに」
訝しげな瞳で見返しながら、こちらの小声につられたのか衰弱のせいか、彼女も小さな声で反応してきた。
「あなた、本当に誰? 意味がわからない」
ここで騒がれたりしたくない。
そう考えた俺は、正しくはないが理解しやすく簡潔に平然と嘘を口にする。
「警察の者です。足立真美さん、あなたを探しだして保護をするためにきました」
放心した顔で警察とつぶやく彼女へ、俺は一方的に説明した。
聞き返されてやり取りが長引く前に、さっさと強引に説き伏せるほうがいい。
「忍びこんであなたを捜してもよかったのですが、誘拐犯の敷地内で長く時間をかけたくなかったものですから。あなたと同年代の中学生に変装して、わざとあなたの恋人と触れこみ捕まれば、まっすぐあなたのところへ案内してもらえると思いましたので。気を悪くされたのなら申しわけございません」
状況がわかってきたのだろう。
ふいに俺の袖を引っ張り寄せると、彼女は俺の顔をのぞきこみ、小さく、だが生気の戻った声で訊いてきた。
「わたしは助かるの?」
俺は着ていたジーンズジャンバーを脱ぎ、彼女の頭からかぶせると、安心させる意味もこめて自信たっぷりに返事をした。
「いまから脱出します。今後の警察や裁判でのいろいろな証言のほう、よろしくお願いしますね」
俺は、彼女が力強くうなずくのを確認した。
その瞳には、先ほどまでなかった光が宿っている。
この様子なら、自力で歩いていけるだろう。
さすが、あの生徒会長の妹だ。
「この上着は重いですが、防弾チョッキを仕込んでいるので、頭から被っていてもらえますか。それから、両手で耳をふさいで壁際にさがってください」
そう俺が指示をだすと、彼女は素直に壁際へと寄った。
怪訝な表情になりながらも、耳を両手でふさぐ。
彼女を発見した。
ここから脱出は、時間をかけたくない。
俺は監視カメラを気にせず、逆に見せつけるように、シャツの下からすばやくリボルバーを引き抜いた。
反動で首から提げていたロザリオが胸もとから飛びだし、空中で淡い光を放つ。
扉の鍵のデッドボルト部分を狙って二発、上下についてある蝶番もそれぞれ撃ち抜いた。
部屋のなかを数度、大音響がこだまする。
そして、振り返った俺は彼女へ手をのばして腕をとると、扉を向こう側へと蹴り倒して走りだした。






