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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第五章】日常恋愛編 『きみがいるから』
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第175話 京一郎

 俺とジプシーは、夢乃との待ち合わせ場所へ時間ちょうどに着いた。


 急な夢乃からの呼びだしだった。

 だが、会ってから呼びだしの理由を話すと告げられ、わけのわからないまま図書館から直接、薄暗くなりはじめた街の、携帯で連絡を受けた一角にきた。


 待ち合わせた場所は、あるマンションの前だった。

 その前の、歩道と車道を分けているガードレールに寄りかかって立っていた夢乃が、気配を感じたように顔をあげる。


「急に連絡してごめんなさい」


 そう告げると、すぐに夢乃は俺たちの前に立って、目の前のマンションの入り口に向かった。

 ショルダーバッグの中からカードを取りだし、マンションの入り口の所定の位置に差しこんで自動扉を開く。

 そして、カードを抜いて入っていく夢乃のあとを、俺たちは無言でついていった。


 エレベーターの前に立った夢乃に、俺が口火を切る。


「夢乃、どこへ向かう気だ? 第一、いま使ったカードは、このマンションの入り口を開くカードだよな。そんなものをいままで持っていたのか? どこから手に入れた?」


 俺の立て続けの質問に、エレベーターに乗りこみ止める階のボタンを押しながら、夢乃が返事をした。


「ここ、夏樹さんのマンションなのよ」


 え? っと俺とジプシーは、夢乃を見つめた。

 俺たちの視線のためか、夢乃は赤くなりながら、弁解をするように小さく言った。


「カードはマンションの入り口を開けるだけよ。長時間マンションの前で、ひとりでいるのは危ないからって。玄関の鍵は、また別よ。もらっていないわ。それに、前からカードは預かっていたけれど、使うのはいまが初めてだし。――夏樹さんに、ふたりと一緒に急いできて欲しいって連絡が入ったから」


 俺とジプシーは、顔を見合わす。




「いらっしゃい」


 扉を開けながら、そう口にして微笑んだ島本さんは、最後に別れたときの笑顔、そのままだった。

 この温和な雰囲気は、もともと彼が持っているものらしい。


 夢乃が照れたように笑う。

 今日は会える予定ではなかった島本さんに会えたことで、夢乃は嬉しそうな表情を隠しきれないようだ。


 俺たちを中へと招きいれ、そのままリビングに通すのかと思ったら、廊下の途中にある部屋の前で、島本さんは立ち止まった。

 そして、言いにくそうにしながらも、俺たちに告げる。


「先に、どういう様子かを、見てもらったほうがいいかな」


 それはどういう意味なのかと、訝しげな顔をしている俺たちに、島本さんは、その部屋のドアを開けた。

 暗闇の中に廊下の電気の光が入る。

 大きなベッドだけが置かれている部屋を俺たちがのぞくと、ベッドに誰かが寝ているのが、輪郭でわかった。


 俺が、まさかと思った瞬間、隣で同じように目を凝らしていたであろうジプシーが、急にひとりで部屋へ入っていった。

 ベッドの脇で立ち尽くすジプシーの後ろ姿を、俺は黙って見つめる。


「我龍の使いの者が、この状態の彼女を連れてきた時点で、すぐに夢乃さんへ連絡しました。私が見た限り、我龍になにもされていないと思います。もう少ししたら、目を覚ますと思いますよ」


 島本さんが話し終わるかどうかのタイミングで、ジプシーはドアのところまで戻ってくると、いきなり島本さんの胸倉をつかんだ。

 そのまま廊下の壁に、彼を背中から叩きつける。


「ジプシー! 相手が違うだろ!」


 俺は、殺気だったジプシーと、無抵抗の島本さんのあいだに身体ごと割りこんだ。

 そのために、島本さんから手が離れたジプシーは無言で横を向く。


「リビングへ移動しましょうか。彼女の目が覚めるまで、なにか飲み物を淹れながらできる説明をしますね」


 島本さんは、ジプシーの行動に気を害した様子もなく、穏やかに言った。




「皆さん、珈琲で良いですか?」


 細口のケトルを火にかけた島本さんが、珈琲豆の缶を手にして訊いてきた。

 ソファに座った俺や夢乃はうなずいたが。


「キリマンは嫌いだ」


 俺の隣で、つっけんどんに言葉を返したジプシーを、俺は肘で小突いた。

 嫌な顔をせずに、島本さんは笑顔でジプシーに答える。


「それは良かった。酸味が口に合わないらしく、我龍もキリマンは嫌いなので、ここには置いていないのですよ」


 不機嫌そうな様子でソファに深く座りなおしたジプシーは、コーヒーミルに豆を入れていく島本さんの手もとを横目で眺める。

 普段は無口なくせに、こういうときには余計なことを言いそうなジプシーの前に、俺は島本さんに声をかけた。


「そのミルって、電動じゃないんだ」


 島本さんは、顔をあげた。


「そう。珈琲豆は熱を持たさないほうが美味しいからね。ゆっくり手で挽くのが好きなのですよ」


 和やかな空気が流れているところなのに、ジプシーがそれを断ち切った。


「ほーりゅうのいまの状態がどういうわけか、説明してもらえますか。ほかに、あなたのことも。東条ツバサの姉の出身校で、あなたの名前が卒業生の名簿の中にはなかった。嘘をつく必要がどこにある? 夢乃にも同じように言っているんだろ?」


 喧嘩腰のジプシーと、不安そうな表情を見せる夢乃を見て、島本さんは溜息をついた。


「そういえば、私が前回の仕事に着手しているあいだに、ツバサと我龍が彼女に会ったと聞きました。ツバサと彼女が再会して私のことを話題にする可能性も、あらかじめ考えるべきでしたね」


 そういうと、島本さんはジプシーの表情をうかがう。

 それを真っ向からジプシーは睨み返す。

 俺と夢乃は為すすべもなく、黙ってふたりを見比べた。


 諦めたように苦笑して、島本さんが折れた。


「聡くん、きみのその完璧主義は、そのうち歪みを起こすと思いますよ。適度に肩の力を抜くことを覚えたほうがいい。表面上の性格は違うけれども、きみと我龍は好んで崖っぷちを走るところや内面の構造がよく似ています。私からは、ふたりはひとつのコインの表と裏に見えますね」


 静かな物言いなのに、島本さんは適度に挑発する言葉を選ぶ。

 我龍と普段一緒にいるだけあって、やはり一筋縄ではいかない男に思えた。


 無言で睨みつけるジプシーを見て、島本さんは続ける。


「私はツバサに、とくに嘘は告げていません。高校三年間、ツバサのお姉さんのクラスにいたのも本当です。ただ、私はそのクラスにいたという事実だけ。生徒としての登録をしておりませんでした。なぜなら、私の目的は学業を修めるためではなかったので」



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